十和瀬の新居1
駅の改札を抜けて地上へ出ると目の前には貴船行きの叡山電鉄の乗り場だ。彼は駅前を通り越して次の分岐道で左へ行くと、こんもりとした木立の中に三階建てのマンションがあった。中央の階段を挟んで両側に一軒ずつ独立して、全部で六室のマンションだ。しかも十和瀬は三階に住んでいる。
「見晴らしが良いぞ、大文字が直ぐ目の前にあるんだ」
と階段を登りなが自慢する。やれやれ買い物をする奥さんは大変だと小谷は思いを巡らせる。此の辺りの想い違いはどう気付いて、解消しているのやらと思うとゾッとしてくる。
「見晴らしはいいかも知れんが毎日食料を買い出す奥さんは大変だろう。ましてこれからはお腹が大きくなれば尚更堪えるぞ」
「一生住み続けると想えば一、二年ぐらいは何とか頑張れば、そのうちに余り在る景色を毎日眺められると想えば大したことはない」
果たして希実世さんはそれに堪えきれる人なのか、もう直ぐ答えが出て来るかと三階まで上り切った。十和瀬が鍵の掛かったドアを解錠して開けた。
「奥さんは留守なのか?」
「いいや、そう謂う習慣なんだ」
習慣って言うほどたいそうなもんでもない、と思う間もなく希実世さんは玄関にやって来た。なるほど花嫁化粧を落としても見映えは変わらない。少し面長なのは顎が少し張って三角顎で、長い髪を真ん中から分けると、額がよく見えて面長の顔に見えた。長く細い眉は手入れしてあるのか瞼まで細長く見えた。鼻は高くはないが、鼻筋はしっかり通っている。少し怪訝そうな顔付きが、全ての好評価を落としてはいたが、彼女は小谷の顔を見るなり憶えているのか軽く会釈した。その瞬間に笑みが溢れて、顔に対する好評価が戻って来た。瞬時にして回復させた笑顔には、好感を抱けるほど鍛錬されている。おそらく学生時代はチヤホヤされて磨かれた笑顔なのか、それとも元々自然に身に付いたものなのか、今は見極めが難しかった。
「憶えているだろう俺たちの披露宴に来てくれた小谷だ」
「憶えているわよ。菜摘未ちゃんと仲が良かった人ね」
この辺の記憶は怪しいようだが、彼女は奥のリビングルームへ招き入れてくれた。ロウテーブルに向かい合うソファーの片方に勧められて座ると彼女はキッチンに引っ込んだ。向かい側に座る十和瀬はさっそく煙草を吸いだした。




