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十和瀬の憂い3

 まあどっちにせよおやじに認められれば仕事が楽になる。なんせ酒造組合では顔が利くそうだ。あとをまかした友人が順調に引き継いでいれば、もっと悦んでもらえそうなのに相変わらず十和瀬は沈み込んでいる。話していても小谷の顔より、ユリカモメが乱舞する鴨川の土手で、パンの切れ端を投げるおばさんを眺める時間の方が多かった。

「またあのおばさんは今年もパンくずをやっている」

 十和瀬の話だと、川向こうのパン屋さんに来ているパートのおばさんで、サンドイッチの切れ端を分けてもらっているそうだ。

「もういい歳だろう」

 川向こうでパンくずを投げている女を顎で示した。

「お袋よりもとうぐらい上だろうか、孫の顔を見るのが楽しみな歳なんだろう、俺のお袋はけしてあの婆さんのようには成れない」

 おやじがそうさせている。あのあばずれ女にうつつを抜かすなんて、とお袋はいつも俺の顔を見るとぼやいていた。何で俺ばかり当たるのか、と想えば兄貴も菜摘未も言えば反感を持たれる。口答えのしない俺は、お袋にとっては、鬱憤うっぷんの捌け口になっていた。話を最後まで聞くとお袋がいつの間にか、今度は希実世さんへの愚痴になり、見事に話題が入れ替わった。

「心配するな、子供が出来ればお前なんかに構ってられないぞ」

「そうかなあ、今度は子育てに行き詰まった鬱憤を俺に向けられそうだ」

 これがあの高校時代は、悪ガキ相手に一歩も引かずに、立ち回った十和瀬とも思えない。此の前も『利き酒』に来た観光客のクレームを、ひと言で引っ込めさせた男が、希実世さんには此のざまか。

「俺は希実世さんとはお前の披露宴で会ったぐらいでよく知らない。だから一度新しいマンションに招待してくれ、そこでじっくり希実世さんと話してみるか」

 十和瀬の顔が豆電球のようにともった。どうやら今日はそれで誘ったようだ。えらい遠回しな奴だ。


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