鴈治郎の来店4
時間と共に今日は結構賑わってきた。八席あるカウンター席は埋まって、テーブル席の客も埋まってる。君枝の計らいで殆どのお客が、十和瀬酒造の銘柄の酒を呑んでいる。店を開けた頃は客は疎らで、君枝も煙草を吸っていたが、それが次第にくわえ煙草になった。すかさず香奈子が「お母さんみっともないわ」と煙草を取り上げて灰皿に揉み消した。
「君枝、今日は多いなあ」
鴈治郎は君枝のくわえ煙草を久し振り見て、ひとこと言い添えた。
「初めて呑みに来られた小谷さんは福の神かしら」
香奈子に言われた。
「いやいや香奈子さんの着物姿ですよ」
此処で小谷は初めて見た香奈子の着物姿を、更に印象づけようと再度アピールした。
「ほうー、そうだなあ。よっぽど物珍しいんだろう」
しかし鴈治郎がすかさず香奈子を茶化してしまった為に、小谷のアピールも水泡に帰してしまった。
「お父さん、もうー、何て謂う言い草なの」
この時間になると着物姿の母と娘は、カウンター内に居る時間より、テーブル席を掛け持ちしている。どちらかと謂うと若い香奈子さんの方が出ずっぱりで、カウンター内に居るのは君枝の方が多かった。
「君枝さん、此処はスナックよりも居酒屋にすればそんなにテーブル席に出向くこともないでしょう」
小谷が見るに見かねた。
「そうだなあ君枝、娘も結婚すればお前一人なら居酒屋の方がそんなに頻繁にテーブル席に行くこともなく、客あしらいも減るから楽だぞう」
「でもねえ、あたしはお客さんに出せるような料理なんかやったことがないからね」
店を持たせてもらうまでは、夕方早くにアパートを出て行って、深夜過ぎに帰って来る生活で、殆どが店屋物かレトルト食品で間に合わせている。弁当を作ったのは娘の遠足ぐらいだろうか。此の店を持った丁度その頃に娘が中学生になって給食がなくなった。それで少しは余裕が出来て弁当持参になり、簡単で手間暇が掛からない適当な味付けの料理ばかりをやっと作れた。そんな状態だからとてもお客さんには出せない。




