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鴈治郎の来店1

 鴈治郎の眼がやっと一点に定まると、おもむろに小紋にしては派手な柄だなあ、と先ずは着ている着物を批評した。こうなると同じ着物姿でも君枝は霞んでくる。

「いつも訪問着や付け下げ着物のような格式のある着物ばかり描いているので、こういう平凡な着物が新鮮に映るから気に入ってるの」

 自慢げに鴈治郎に言って、そうでしょうと小谷に同意を求めた。此の店の常連客の鴈治郎には見慣れない男に、思わず不審な顔で「あんた誰や」と言葉を投げ掛けられた。十和瀬酒造会社会長の十和瀬鴈治郎さんですね、と訊ねられて益々凝り固まった。

「此の人誰や」

 今度は香奈子に訊ねた。彼女はうふふと意味ありげな笑いを浮かべて、取引先の人とだけ答えたから、鴈治郎は頭に来たようだ。

「あんたはうちとこの商品を仕入れているのなら失礼な男やなあ」

 そう言いながらも顔は笑っている。これが本妻と妾に注いだ平等な笑顔なのかと暫く眺めた。

「ひょっとしてあんた小谷さん、千夏が最近うちの商品を仕入れる息子の幸弘に代わって仕入れている人っちゅうのはあんたか」

 いつまで見ているの、と、香奈子に呆れ顔をされて小谷は我に返った。

「すいません紹介が遅れました。その小谷です」

「なるほど。君か、ちょっと掴み処の無い男だと千夏から聞いてはいたが……」

「お父さん、千夏さんはそう謂う意味で言ったのではなく、思慮深い人でしょうと想って言ったんでしょう」

「嗚呼、なるほど確かに千夏はそんな意味合いや。それで今、聞いたのは菜摘未からの話やった」

 鴈治郎の頭の中では千夏と菜摘未がゴッチャになってる。

 なんせあの二人から聞いたものは足して二で割れば丁度だ。今は香奈子の評価が合っている。

「これからもうちの商品の販路開拓に頑張ってくれ」

 と極上の酒を君枝に頼んで、ガラス戸の飾り棚から出してもらった。

「これは辛口だが灘の酒とは水が違うから柔らかくても辛口だ」

 君枝から受け取った四合瓶の栓を開けると、新たなグラスに会長自ら注いでくれた。

「これは先代が三十年試行錯誤して仕込んだ酒や。呑んでみー」

 いただきますと先ずは香りを確かめて、暫く舌で味わってから喉を通した。


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