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スナック「利き酒」1

 今度の新しい仕事に役に立つと香奈子が店に誘ってくれた。真意はどうであれ、さっそく仕事帰りに店の営業時間内に初めて『利き酒』のドアを押した。まだ夕暮れの六時だが冬至を前にスッカリ闇に包まれた。店内にまだ客はいないが、昼間と夜とではこんなに趣が違うのか。昼間の御用聞きで来れば居酒屋かスナックか紛らわしいが、こうして昼間は明るすぎて気付かない仄かな灯りも、目に馴染んで来るとそれらしく見えるもんだ。仄かな灯りに着物姿の香奈子が浮かんだ時はドキッとした。初めて見る香奈子の小紋の着物姿には、更に心をときめかせ斬新に見えた。髪も後ろに引っ詰めでなく上手く纏め上げている。聞けば母の着こなしたお古だが全く新鮮に映った。

 陽の光が差し込む二階の反物越しに見る普通の彼女と、カウンター越しの淡い灯火の下で見る彼女は妖艶に見えた。それでも小首を傾げていらしゃいと陽気に語りかけられると、たちまちいつもの香奈子に戻り、ホッとひと息吐けた。席に座ると鴈治郎さんはいつも此の隣だと言われて、エッ!と思うまもなく勧められてしまった。

 カウンター席の後ろには対面の二人掛けのテーブル席があり。カウンターが途切れた奥には四、五人が座れる席があった。此の時に入って来たアベックは二人掛けのテーブル席に座った。こんな風に伏見界隈の観光を終えたカップルが夕暮れ時に『利き酒』に立ち寄る。香奈子も心得たもので伏見巡りで、気に入った銘柄が分からなくても、建ち並ぶ酒造会社を聞けば、直ぐにお勧めの銘柄が解る。

 着物でお客さんと遣り取りをする姿を見ながら、君枝さんは小谷の耳元で「此の店で着物を着たのは今日が初めてよ」

 と聞かされて興味津々と見つめた。

「店をあける時間に二階から下りて来たあの姿を見てびっくりしたけれど、あなたが来てこれで判ったわ。今日はあなた、あの子に誘われたでしょう」とまた囁くように言われて、思わず彼女に目を向けると、注文を取り次ぐ彼女も、小首を傾げてテーブル席から振り返り微笑んだ。


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