香奈子の誘い3
「へぇー、十和瀬の家を知るには此の店は貴重な情報源なのか」
店より彼女を知るにも貴重かもしれない。
「どうかしら、お母さんは店で聞いたことは口の堅い人にしか言わないわよ」
そう言いながらも香奈子は、会長の鴈治郎についても喋ってくれた。いつもパリッとした身なりで祇園に良く呑みに来ていた。磊落な性格で奥さんはその反対に堅物な人らしい。
これは口が堅いと彼女が認めた人限定、と云って喋り出した処をみると、小谷もその一人なのか。まあ、これから酒の仕入れで何度もお目に掛かる相手だ、知って損はない。それを見越したのか彼女も、小谷の売り上げをサポートしたいらしい。
十和瀬鴈治郎はいつも酒造業界の連中を誘って祇園に乗り込んでくる。お歴々方の肩書きは全て営業部の部長以上だ。つまり十和瀬酒造で造られた日本酒の売り込みが主体で、片手間で君枝を口説いていた。浮気をなじる妻には、祇園が業界への社交場だと、何度云っても理解しない処か、浮気の証拠を掴むのに奔走されてしまった。
「でも、それが事実なんでしょう」
小谷は語り部の香奈子に向かって抑揚のない言葉で告げた。彼女もそうねと半ば諦めに似た言葉で返したが、妻は浮気の調査も愛の一環だと言い張った。
信頼が愛の全てだとは云わないが、大部分を占めていることは確かなのに。信じないなんて、何が愛の一環だと母は呆れていた。これには鴈治郎も、妻の身分にあぐらをかいているだけだ。だからそんな女房よりお前の方が心根が座っている、と褒められたのか、呆れられたのか解らないと母はぼやいていた。
「鴈治郎さんは此処の常連客だから、酒の仕入れも大事だけれど、下のお店に来ればこんな裏話も聞けるわよ」
香奈子自身も半ば小谷への期待を膨らませた。




