十和瀬幸弘3
「今日はこれから菜摘未の実家へ行くんだ。独りじゃ行けないだろう」
「行けなくしたのはお前じゃないか」
「だから昨日、電話で頼んだのだ」
別れてから珍しく菜摘未から電話をしてきた。付き合っていた頃はいつも短いメールで遣り取りしていた女にしては、珍しく小さな乱れ声が混じっていた。
「その菜摘未がお前に会いたいって言っているのか? それで何で俺も一緒なんだ」
そんなことで俺を呼び出すなと言いたいが、妹が絡むと思わず呑み込んだ。
「そんなこと知るかよ、さあ行くか」
十和瀬菜摘未は小谷が始めて身近に感じた女だが、直ぐにそれを吹っ飛ばす女性が現れるまでの彼女だった。
いつもこんな風に気の合わない兄と小谷を見て、菜摘未はどうして此の二人が一緒に居るのか最初は不思議だった。
「菜摘未は同類であるお前の顔を見て、俺との違いを今一度見たくなったのだろう」
あの表情の乏しい顔で、どうして奇抜な考えや行動が次々と現れるのか。それは不思議を通り越して奇妙に見えるが誰も云わない。
橋を渡り終えると地下へ降りる階段が駅の入り口だ。昔は四条、五条、七条の交通量の多いこれらの道路を、南北に走る京阪電車の踏切で悉く塞いでいた。それでも鴨川沿いを走る京阪電車は、眺めるには飽きない存在だと、老人からは聞かされ、今は亡くなった祖父からも聞かされた。
祖父が伏見に造り酒屋を開いて十和瀬幸弘の兄、功治が三代目として後を継いで、幸弘は家を飛び出した。祖父の時代は酒造り一筋だったが、後を継いだ二代目のおやじは、妻と三人の子供が在りながら女を作った。更にその女には幸弘と腹違いになる妹、香奈子まで居た。しかも女と腹違いの妹は実家の近くに居るから必ず家の前を通る。小谷は十和瀬の腹違いの妹、香奈子に思い入れが強かった。それで小谷は菜摘未を出汁にして十和瀬を誘ったのは、約束なしに彼女に会える楽しみがあったからだ。




