香奈子の場合3
菜摘未が男を振った原因は、十和瀬が小谷に香奈子を会わせてから始まった。が十和瀬にも責任があった。
適当に男ごころを弄んでいると察した十和瀬が、妹にケリを付けさすために、小谷を君枝がやっている『利き酒』に連れて行った。そこで初めて小谷は香奈子を知った。
着物を粋に着こなしている『利き酒』のママが、八人掛けのカウンターの前で、四人のお客さんに愛想良く話し相手になっていた。小さいがテーブル席もあったが、半分空いているカウンター席の一番端に座ると、奥から若い女性が顔を見せた。スナックなら普通はスカートと上着のスーツ姿だが、彼女はジーンズに胸の辺りに、外国のロックバンドが印刷されたティシャツを着ていた。髪は肩から胸の辺りまであって、前屈みになると軽く手を添えて鬣を振り回すようにして髪を戻していた。そして正面に振り返ると、小首を傾げてはにかむように笑う笑顔が気になった。その時に横の十和瀬が、急に妹だと宣言したんだ。しかも妹だと紹介された時は、彼女の顔が少し陰ったのを憶えている。でもそれはあのとき一回切りで、常に笑顔は絶やさないが、途絶えると少しうつむき加減に、知的な眼差しを投げ掛けて来る。此の身のこなしに心が揺れ動かされる。菜摘未にはこんな仕草はなかった。彼女は不敵な笑いと鋭い怒りの表情に二分されていた。極端な菜摘未に対して小谷は特定の感情が湧かなかった。本気で心を寄せていた前の男はさぞかし戸惑っただろう。
戸惑う男のために、十和瀬は小谷をあの店に連れて行き香奈子を紹介した。十和瀬の企みは成功して妹は男を振ってしまった。今、目の前で一心に着物の上前に大輪の花を仕上げようとする香奈子は、此の経緯を知っているのか気になるところだ。




