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香奈子の場合1

 十和瀬兄妹は、お互いの主張を言い合っていては結論が出ないと、小谷を呼び出したようだ。十和瀬兄妹と別れた小谷は香奈子の店に寄った。店のガラス戸には相変わらずカーテンが引かれていたが、隙間から覗くと君枝はカウンターの向こう側に座り、煙草を吹かしていた。ドアの人影に気付いた君枝は、カーテンの隙から小谷を確認すると直ぐに彼を二階へ招いた。

 靴を脱いで二階上がると、香奈子は先ほどと同じ付け下げ着物に柄を描いていた。今日も上前の仕上げに掛かっていた。大きな大輪の花に胡粉を小さい刷毛に付けて花の輪郭に沿って塗り込んでいた。花の中心部に向かって、薄紫から中心部になるほど濃い紫に描かれていた。下地には黒で引き染めされて、白い花弁の大輪の花は見事に着物の上前に咲き誇っている。

「その柄だと一日に二反出来ますか」

「夕方まで詰めてやれば出来るけれど、下のお店を手伝えば無理かなあ」

「じゃあどっちが実入りが良いんです」

「それは断然こっちよ」

「じゃあお店はバイトの子を雇ったらどうですか」

「でも夜まで詰めて描くとちょっと荒れるの、それで下のお手伝いは気分転換になるし、それに此の前みたいに忙しい時だけでしょう。それより今日は十和瀬さんに呼ばれて何かいい話あったの?」

「何かって?」

 最近は来ないのに、急に来た理由を知ってるのか、とわざとらしく聞き返した。

「小谷さんって用事がなければ来ないでしょう。だからなんとなく聞いてみたの」

 これにはぐらっと来た。本当は毎日でも来たいのだが、ストーカーみたいに変に勘ぐられたくない。せっかくコツコツと気持ちを引き寄せる工夫しているのを一挙に悪くすれば、もう伏見には足を踏み込めなくなるのが怖いのだ。未知の人への恋心を掴むのに、四苦八苦する見苦しいところを彼女に悟られないようにしたい。


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