十和瀬の実家1
伏見は丘陵の山裾から湧き出す良質の伏流水が酒造りに欠かせず、多くの酒造会社が林立していた。実家近辺には余り酒蔵は無いが、数百メートル以内には大小様々な酒造会社の蔵が建ち並んでいる。十和瀬酒造は伏見の酒処の入り口辺りにあった。伏見の酒は甘口が多い中で、十和瀬酒造では初代の好みで、主に辛口の酒を造ってきた。それが最近は受けて、結構売れゆきを伸ばしていた。
十和瀬酒造は大きくはないが、住宅街近辺にあって酒蔵も少ない所為もあって、結構目立っていた。数百メートル南に下がれば、次々と大きな酒蔵が目の前に現れてくる。創業が古くない十和瀬酒造は、大手の酒造から離れて現在の場所に建っている。
入り口も通りに面して、一般の家屋に溶け込むようになっているが、一旦中に入れば間口一杯に置かれた商品である酒の陳列ケースを通り抜けて、家に上がり込むようになっていた。店の奥は事務所のような帳場になっている。そこから奥が住居になり、家族は主に二階の各部屋で寝起きしている。事務所から住居を通らず横の細い路地を抜けると工場になっていた。工場にはもろみや酵母を作る大きな樽が並んでいる。その奥に酒蔵があった。今は米を蒸して発酵させていた。
二人はガラス戸を開けて、酒の陳列ケースが並ぶ間から、奥の事務所に声を掛けた。出て来たのは、近所から来ているパートのいつものおばさんが、おこしやすと店に出てき来た。
「これは幸弘さん、皆さんは奥の工場にいらしゃいますけど」
「判っている。今日は妹に呼ばれて来たんや」
「ほならちょっと待っておくれやす」
そう言うなりおばさんは奥に引っ込んだ。
さっきの店で何の話をしたか気になった。十和瀬はスナックの看板を居酒屋に書き直せと言ったようだ。名前は変わっているが、ああいう中途半端な店が、一軒ぐらい此の伏見の酒処にあっても良いと思った。




