香奈子を誘う1
香奈子と会うのはいつもあのスナック『利き酒』の二階だ。そこを仕事場にして天王町近くに在る奥山工房から依頼を受けて、預かった白生地の反物に頼まれた草稿を見本にして素描き友禅を施している。出来あがった反物は集配の人に渡して、月末に纏めてその月に納品した素描きの代金を受け取る。休日は日曜も平日もない。仕事が空いた時か納期に余裕があるときに不定期で休む。一方の小谷は会社勤めで休日は決まっていた。依って香奈子さんの方で都合を付けてもらわないと、昼休みに伏見の酒蔵周辺を歩くしかなかった。それが最近になってやっと香奈子さんは、小谷の休日に合わせて素描きの手を休めてくれた。
約束は取り付けたが、果たして香奈子さんが時間どおりに指定した四条河原町に姿を現してくれるか。間違いないと確信を持って誘ったが一抹の不安が拭いきれない。すっぽかされはしないが、急用でまた日を改めるとメールが来れば、翌日の得意先回りはドタキャンが気になり受注を他の人に頼むか、それとも真意を確かめに寄るか。この辺になると心臓は破裂寸前だろう。現に今も待ち合わせ時刻が迫ると、胸の高まりは尋常じゃない。出会って半年で最初のデートとは、十和瀬に云わすと遅すぎと言われた。なんせ約束を付ける前に休みの都合が取りにくいのが厄介だ。普通なら頃合いを見て、次の日曜はお暇? と聞けるが、彼女の場合は休みが有ってないようなものだ。相手がゾッコンなら別だが、この場合は当然それに見合うだけの、気持ちが伴わないと中々返事に困るだろう。
時計が約束の時間に近付いてふと顔を上げると、四条大橋を渡り終える人の群れの中に彼女を発見した。仕事では休日以外は、ほぼ毎日注文伺いに来る。二階には頃合いを見て会ってはいるが、これ程の大衆の面前で彼女を見たのは初めてだ。それだけに余計に新鮮に映った。次第に近付くと、彼女の表情にも笑顔が読み取れて、いつもの店の二階で会う表情に変わりはないが、いつもより気持ちが高揚した。
「お待たせ」
「京阪電車か」
「そう、あなたはバス?」
どこへ行きましょうか、と云う彼女の言葉を聞きながら、小谷はもう歩き出すと彼女も付いて来た。




