千夏の考え5
「それで切り子細工のお猪口の見積もりはどうなってるの」
そもそも出しているかどうかも曖昧だ。そこをハッキリさせたかった。
「まだ出してないの、九州のメーカーやさかいもうちょっと時間が掛かるらしいの」
やはりそうか。まだ曖昧にしている。
「なんちゅう会社やの?」
「まだ決まってないの。だって幾つかの会社に打診してるさかい」
此処まではなんの動揺もなく淡々と答えていた。それだけに商品を売り出そうとする気迫が感じられない。
「それでなんで急に思いつかはったん」
「急な思いつきやない。あのコップを見付けたときから思ってたの」
お義姉さんは此の話を小谷から何処まで訊いたんか、菜摘未は気になった。
「それはいつ?」
「ちょっとこの前の新京極のアンティークなお店で見付けたんです」
よくよく聞くと、だいぶ前だと白状した。それを時々は綺麗やと眺めていた。ところがある日、思いもよらず境田が何を思ったか訪ねてきた。
「でもあの時はえらい剣幕で追い返されはったんでしょう、でもその後、急に二階の自室に駆け上がらはって境田さんの後を追っかけてからどないしたん」
お義姉さん見てたんや。まあええか。
「いつも眺めていたあの小さいコップが急に頭に浮かぶと、あれを何とかしょうと思って追っかけたんや」
菜摘未が呼び止めると境田は「まだ言い足らん文句をここまで云いに来たのか」と身構えられたそうだ。せっかく訪ねて来てくれたのにゴメンと、あの箱を渡して、中を確かめてから「これを持って小谷さんと商談して欲しい」と頼んだ。
「何でなの? 何で急にうちの店の営業に関わるの?」
「アカンやろうか?」
「そうやのうて、何で境田さんに頼まはったの? しかもその相手に小谷さんを指名してまで……」
「小谷さんが廻る得意先の店舗は、十和瀬酒造の大口の販売先やさかいに」
「何で? 何で急にそんなことするの? 幸弘さんから訊いた菜摘未さんの子供時分は、突拍子もない事ばかりしてはったんでしょう。何でも足のつかない大人の自転車に乗って大怪我したそうやね」




