愛人の存在1
十和瀬の実家は伏見に在る酒造の蔵元だ。祖父は亡くなって息子の鴈治郎と孫の功治がやっている。今は経営の殆どを兄の功治に任されて、嫁さんの千夏さんと一緒にやっている。菜摘未は三人兄弟の一番下の妹だ。他に鴈治郎の五十代で愛人の君枝と娘の香奈子がいて、小谷が香奈子を知ったのは最近だ。小谷は幸弘とは高校時代から十年以上の付き合いがあるのに、同じ妹でも香奈子は全く知らなかった。幸弘の母が君枝を毛嫌いして、十和瀬家では母親の前では彼女は禁句になっていた。出入り業者もそこは心得たもので徹底していた。小谷が君枝と香奈子を知る切っ掛けは菜摘未の暴走にあった。彼女が背伸びして癇癪玉を破裂させたのだ。妹がいつまでも根に持つタイプでなくサッパリしているが、一度ごねると家中がひっくり返されるからそこだけが要注意だった。
「菜摘未が呼んだのは多分、希実世から泣き付かれたからだろう」
「それはどう言うことだ」
「あの家には入りたくないが通いで俺を今まで通り専務として雇ってくれって言う話だろう」
「ハア? それは初耳だ。お前あのディスカントショップの店長だろう」
「まあな、取引先からそれで引き抜かれたのだが、売り上げがサッパリ処か落ちこんでこのままだと店を開けてられねえって言われて営業の第一線から退くのだが、俺はそれでも構わないが内の希実世がそれでは先行き不透明でどうなるのかと不安で実家に泣き付いたんだ」
「別に首じゃないのなら良いんじゃないのか?」
「収入が大幅に落ちるんだ。もう直ぐ子供も生まれるのにやってられないって内の奴に言われたが適当に生返事していたら実家へ電話したって訳」
「実家はともかく、子供っていつ生まれるんだ」
「まだ三ヶ月だから来年の夏頃だろうって医者の見立てだ」
「それは医者でなくても判るだろう」
まあな、と返事されて何処まで真面に聞いて良いのやらと小谷は苦笑いを浮かべた。




