回想させてっ!
窓は全開。天井の埃を払い終え、この教室に備え付けてあった棚、机、椅子などをを上手く移動させながら、床の掃除も済ませた所で皆もう一度着席する。
縄は掃除をする際にすでに解かせたが、俺自身ももう体力がほとんど残っていないので何か暴れたりする気もない。それに、こうして色々あったので、19:30の下校時間まで後少しだ。
馬鹿正直に皆と教室の掃除をしてしまった…。手際が悪いので見ていられなかったのだ。
俺はもうすぐ帰れるという安心感から、残りの菓子を摘みつつ、何気ない会話を始めてしまう。
「なあ天城、その大きなカバンは良いとして、何で通学カバンの方もそんなにパンパンなんだよ。教科書じゃないんだろ?」
「お!よくぞ聴いてくれたな!瀬波!」
ただの好奇心であったのだが。この笑顔、とんでもない地雷を踏んでしまったのかもしれない。他の3人も気になった様子で、身体を乗り出して尋ねる。
「おもくないんですか?あまぎさん。」
「良ければワタシにも見せて頂きたい。」
「訓練だな。良い心構えだ。」
天城は机に向かい、ぎちぎちに詰まった通学カバンのチャックを開き、逆さまにしながら上下を揺さぶって強引に中身を強引にとりだした。
「あたしガキの頃はばーちゃんに育てられたんだよ。まあ色々あってよ、両親は側に居なかったんだ。本当、うるせーガキだったから、ばーちゃん、あたしに小さい頃からアニメとか小説とか漫画とか見せて黙らして貰ってたんだわ。」
何ですか、急に過去回想ですか、少し早いんじゃないでしょうか。
ご愁傷様です、ババア。こんな奴の面倒をよくもまあ…。
ドサドサドサッ
木製の古い机の上には表紙に 転移用魔法陣 とマジックで主張激しく名付けられたものすごい量のノートが散乱する。このノートの中をおそるおそる開いてみると、俺はその瞬間、何か本当に魔術的な何かが起こったかのような錯覚を見せられた。眼の細かいページに、沢山の媒体で慣れ親しんだような魔法陣が描かれている。それはかなり丁寧に、コンパスやら定規、分度器その他を使用して、狂いがないように注意して描かれているようで、何かの法則に従っているように見えた。一つ一つに匠の技が見えて、本気度が伝わる。
正直、不覚にも本当に凄いと思ってしまった。
天城は皆がノートを開き、唖然とさせられているところを満足げに確認した後、話を続けた。
「ふふん、それでな、ある日ふと『異世界に行くにはどうしたら良いの?』って聞いてみると、まさかの『知ってる』って言い出すからよ、本当驚いたぜ。それがこれ。この転移用魔法陣を完成させる事が出来れば転生出来るって言ってたんだ。中学に上がる前にボケて死んじまったけどな。あたしにとっては、婆ちゃんと2人で作ったこれだけが異世界への頼りなんだよ。」
奈多根、トゥルーホワイト、剣豪 は絶賛し、口々に言う。
「す…すごいねあまぎさん!!これ全部じぶんで描いたの!?」
「これは…。是非、仕組みを解説して頂きたい。」
「本当に何処かに飛ばされそうだ。」
不憫にも、多分天城の婆ちゃんは、これでも描かせれば静かになるって思ってたんじゃないだろうか。つまりこの純粋な女は、嘘を付かれたって事だ。
天城は指を差しながら解説する。ここからは天城とトゥルーホワイトの会話が続く。
「まず、魔法陣全部見て貰えば分かると思うんだけどよ、図形に対して、内接する陣と外接する陣があるだろ?内接した陣が実際の命令、何が起こるかは全てここで決定される訳だ。んで、外接する陣が鍵の役割を果たしてるんだ。魔法陣を作成した張本人が、他人に乱用されないように外側の陣で鍵を掛けているんだな。商売する時とかに使うんだってよ。」
「そのお祖母さんは一体、何処でその情報を得たのでしょうか。」
「子供の時に、たまたま公園で出会った不思議な人種から聞いたみたいで、『あの人は異世界から地球にやってきたに違いない。私にヒントを与えてそのまま去っていったのよ。だから次は私達の番。この謎を解き明かして、異世界に行かないとね。』って言ってたな。それで、聞いた話とか全部あたしに教えて貰ったんだよ。」
「そうですか…。ノートを見てみると、図形と、図形を内接する陣は全て同じ形で構成されていますね。」
「そ!!土台となる図形はどんな魔法陣でも、この形が固定。で、それに内接する陣はその異世界の人に教えてもらったみたいだから、これで完成してんだよ。問題なのはこの鍵の部分…外側の陣の形が分からないんだよ。ここだけが完成してないんだ。とにかく子供の頃から暇な時は色んなパターンを試していったんだ。でも一向に何も発動しねぇから、暫くお手上げ状態。婆ちゃんに聞いても『私も知らなーい』って言って助けてくれなかったな。」
知るわけねーよな!嘘だからな!!気付け!そこで!!
やっぱり、その話を純粋に信じてせっせこ描いている間は、この暴君が静かにしててくれていたから上手く利用していたんだろう。異世界に造詣が深いとは、恐るべし、ババア。
「それに『知りたいなら勉強しなさい。』がばあちゃんの口癖だったんだ。だからあたしはその為に数学やら物理やら化学やらをガキの頃からちょっとずつやれって言われて…でもあたしは別に、それ自体が好きな訳ではねぇし、昔からやってたってだけで今は理数科に居るだけ。天才でも何でもねーからよ、この先何か手掛かりを発見出来るのかと言われれば今んとこ、これ以外に何もねぇな。」
そうだ、こいつはこう見えて理数科に所属している。ソーシューの普通科にも特進コースがあるが、理数科は定員も少数で理系の優秀な人間が集まっている。
利用されて、色々『やらされてきた』ことは分かるが、そういった能力があるなら、だからこそ天城のヘンテコな言動が理解できない。天城の被ったエナンと魔女風の渋い色のコートが、一層可笑しく見えて来た。
「今の私の結論としては、あたし、もう家に踏み場もないくらい大量に外側の陣だけを変えて描いてきた転移用魔法陣がストックしてある。その中に、何かしら成功したものがじゃねーかなって思ってる。で、大事な話。その魔法陣を発動させるためには『エネルギー』が必要で、つまり魔法陣、魔法と言う事は『魔力』みたいなものが実はなんとなんと人には存在していて、それがあたしには足りてないんじゃないかって、疑心暗鬼になってきてしまったんだ。」
婆さんが娘を心配して付いただけの嘘でそこまでしちゃうから、不安になって婆ちゃんボケちまったんじゃね!?
何故そこまでその婆さんの嘘を信じきって、ずっと昔の思い出を高校生になるまで引きずっているんだ……? ……普通に考えれば分かるだろ?
俺はこの女が不思議で仕方がなかった。自分には全く理解できない宗教に救われている人間が、世の中には一定数居るのと同じ事だとは割り切れない。
ここで空気が一変したのを感じる。
天城は声のトーンを徐々に落としながら話を続ける
「で、体に宿るエネルギーって言えばよ。ATPを媒介して行われる合成と分解の生化学反応みたいな具体的なもんじゃなくて、もっと…そう…漠然とした…『愛』みたいなもん。そういうもんだろ多分、魔力って。だからこうして魔法使いを演じることで、そのばーちゃんの出会った異世界人か、もしくは地球の神様か何だかがあたしを認めてくれれば…もしかしたらー………魔力が目覚めてー………みたいな…………いやでもだって!宇宙にはまだ仮説から提案されているだけに過ぎない暗黒物質やらダークエネルギーがあるように、人間にも実は見えない力がさ。…………はぁ。。」
「色々言ってるけど、やっぱりお前気付いてんだろ?魔法も異世界もないって事ぐらい。だから俺はそれがずっと……馬鹿みたいだって言ってんだよ。意味わかんねぇよ。」
どうしてもこの気持ちのモヤモヤに黙っている事が出来なくて、声に出してしまった。………本当に余計なお世話だろう。天城紗香と言う女の自己形成において一番大切な時期に、婆さんと作った思い出と宝物なんだ。こいつにしか分からないよな。
でも…それでも何で…自分でも可笑しいって思ってる癖に…そこまで本気になれるんだよ…。…何度も何度もいうようだが、やってる事おかしいって事ぐらい分かるだろ?
「はいはい。……まあこんなお遊びは、高校生の間だけだからよ。お前、笑ってくれていいぜ。あたしも、最高に笑えるぐらい、今ようやく共有できる仲間が居て、楽しいからよ。
変な魔法もご愛嬌で事で…みんな何かアドバイスくれよ、な!難しいんだよ!」
天城は今までに見せたことのないような顔で言った。初めてこんな馬鹿らしい話を打ち明ける事の出来た喜びと、一方で、この女の何も知らない筈のない、理解している大きな現実とで苦しんでいるように見えた。
誤解を恐れないで言えば、人間だった。人間の女の子だった。ただ人よりも凄く純粋で、何かのために凄く努力出来る、凄い人間だった。俺が思っていたようなただの変な奴なんかじゃなかった。
奈多根は空気が少し変わって、何を言えばいいのかあたふたしている。しかし剣豪は深く理解したのか、目を閉じて机の上に置いている両拳をギュッと握りしめている。
そしてタイミングをみて、真剣な顔でトゥルーホワイトは言う。
「確かに、天才物理学者であるアインシュタインも。解釈違いであれば大変恐縮ですが、娘に宛てた手紙の中で『愛』をエネルギーとして認めていたと思います。『愛こそが存在する最大の力である』と。だから天城さんの行いは、確かに側から見れば可笑しくて、でも、可笑しな仮説であっても、その正しさを実践的に考えることの出来る人間がどれほどいるでしょうか。」
俺はトゥルーホワイトの言葉にハッとさせられた。
何でも良い、ここまで悩んで…ここまで本気になれるようなものが、俺にはない。いや、あったらあったで平凡な日常など程遠いものになるのだが…と言う矛盾の中で揺れ動きながら話を聞いた。




