出逢わせてっ!
緩やかな風の音が聞こえるこの季節は、四月の少しだけ暖かくなり始めたところ。時間は深夜の1時を過ぎている。
あの事件 の後、俺含め、5人はバス停に備え付けられたベンチに自然と座り込んだ。街灯が歩道を照らすのみ。バス停は屋根で影が作られているので、ここに座っている俺を除いた4人がどんな顔で、どんな格好なのかも分からない。そしてこの状況をどう思っているのだろうか。
「あ、俺は…瀬波、瀬波蒼太…高校二年…です…」
数分間の沈黙に、俺がまず痺れを切らした。
勇気を出したがそれでも あのような事件 の後だからか、ぼそっと呟くような形になってしまった。
俺の第一声に誰も追従するような事はなく、未だ誰一人として微動だにしない。
急に自己紹介なんて、変だったかもしれない…なとど考えている内にも…やはり誰も何も言わない。
やっぱり あんな事件 を起こしてしまうぐらいなんだから、みんな、俺とは違って相当に思い詰めて、何か、辛い思いをして……。だから、安易にここで言葉を出してはいけないような気がしてならない。
あの事件について回想しよう。
ーーー数十分前。
俺はいつものように布団に潜って痺れる目を擦り、12話完結の異世界アニメを見終えた。最初のシーンはズバリ、主人公が横断歩道を渡ろうとした所にトラックが衝突して、そのままドン!とぶつかったら…異世界に転生して…ゴニョゴニョ。というステレオタイプだが、それで良い。それが良い。重要なのはきっかけでは無くて、あくまでも異世界生活そのものなんだから、余計な物は要らないと製作者側も割り切っているんだろう。
強く願う訳では無いけれど、人並みに『何か俺に超能力とか目覚めたりしないかなー』とか『宇宙人が空から降ってこないかなー(美少女限定)』とか。こう、人生になにか劇的な変化が訪れて、平凡な日々を脱却するような事があると良いなってふと思いながら生きてきて、俺も、もう16歳。
特にトラブルもなく、普通に生活している。いじめられた事もないし友達は少ないけれど、親友と呼べるほどの奴にも恵まれている。妹とはあまり仲が良くないけれども…両親との関係も…まあこれもべつに良くはない。が、普通の高校生ならそういうものじゃないだろうか。普通だ、普通。
家から通える大学を意識して、年に数回あるテストに付け焼き刃で備える。あまり人と接するのがそんなに得意な方じゃないから、社会人になれば毎日苦労するのかもしれない。だからなるべくと接さない、楽な職業に付けないだろうか。なんとなく将来が見えて、なんとなくな夢…。いや、これは夢なんて崇高なものではなく、うんともすんとも言わない人生設計。こんな感じで何か全力で行動するような事もないし。でも行動するのは怖いし。そもそも何か行動したいと思えるような事もないし。で、特に何も起こらないという当然の平凡普通人生。
まず、この平和な国で、普通の家庭に生まれてこれた事が幸運だ。まあ面倒なのには変わりないが、学校に通わせて貰えて学問をさせて頂いているし、勿論こうやって寝腐って自由にできる時間もあるし、お腹を空かせるような事もないし、ここまで両親育ててもらった事には、本当に感謝しないといけない。何が言いたいかというと、何不自由なく生活している。って事が言いたい。不満なんて生まれるはずがない。生まれていいわけがない。
贅沢でみっともない悩みなのは分かっている。これが、俺の悩み。こんな悩みとも言えないような悩み、俺以外のすべての学生なら大なり小なり、ある程度持っているのではないだろうか。
悩みともいえない、この感情から俺たちは抜け出すことができない。異世界か何かに飛ばしてくれでもしないと、俺たちは変わらないんだと思う。
異世界…そうだ、異世界に行けたなら……俺たちは変われるだろうか。転生する事で…外面ではなく…内面で、本当の意味で自分を変えて、生まれ変わる事が出来るのだろうか。
俺は、生まれて初めて非合理な行動に出た。身体は衝動的で……でも実際にはスカスカな心持ちで、ジャージを勢いよく羽織って、そっと音を立てないように家の玄関を出た。まあ、別に、勿論、轢かれるつもりなんてない。沢山のアニメも、漫画も、小説も読んできたけれど、異世界が存在するなんて錯覚を起こすような愚かなことは、俺には今まで一度もない。
でも、居ても立っても居られなかった。こんな感情から行動に出る事が出来たのはこれが初めてだった。
だから、取り敢えずそれに任せて外に出てみる。
歩くだけだ。
深夜の散歩ならたまにする。
まだ四月の深夜の気温は少し寒い。雨が降ったのか、地面の湿った心地よい匂いがする。
さっきまで寝転がったままだったから身体が怠く、頭がボーッとする。
見慣れた横断歩道が遠くに見えた。立ち止まる事なく、こんな深夜に誰もいないであろう歩道で自分の行動が不自然に見えないように気にしながらゆっくり近づいていく。
するとタイミング良く、その横断歩道のもっと遠くの暗闇の中から大きく白い光が遠くの方からゆっくりこちらに近づいて来る。
なんだろう、今なら何でもできるような気がする。
今までの平凡な人生と、これからの平凡な人生。つまらない僅かな後悔が俺を引き留めているだけで、あまり怖くないような気がした。。
実際にポケットの中に入れた拳を力一杯握りしめ、頭の中でシュミレーションをして、自分の覚悟を確かめてみた。
「………っ!!駄目だ…怖いっ………。」
やっぱり、覚悟なんて足りなかった。いや覚悟なんて問題じゃない。こんな事をすれば、自分だけの問題では済まない…本当に最悪な考えだ。
大きな安心と少しの後悔の中で、改めて歩道の方に目を向けた。
と、その時。
ダッダッタッダッ!!!
俺の後ろから1つ黒い塊が走り過ぎた。
あれは………人間…?人間だ!!!!
車道の方に向かっている様子、しかもあれは……覚悟のあるスピードだ。
「おいっ……!やめっ………………」
直前まで緊張状態にあったせいか、喉の手前の方から出るか細い声でしか愚かな行為を制止できない。これでは届かない。
まだかなり横断歩道まで距離があったので俺も全力で走って後を追おうとするが、この後起こってしまうかもしれない嫌な想像によって、足が痺れて上手く走る事が出来ない。
するとまた、自分の走る歩道の前方遠くに1つ人影を発見。特に動くような様子はなく、こちらを観察している。恐らく目撃者だろう。
……と、それどころではない…まずい、後ろから通り過ぎた先ほどの人影は横断歩道の方に吸い寄せられていく。
「おいっ……!!まっ…おいっ………」
俺は手を伸ばすが、相手は全力なため、全く届かない。
直後! 気が付けば新たな人影がまた1つ背後から通り過ぎたのに気が付き、身体中の血の気が引いた。この状況が何なのか理解出来ない。
こっちの影の方も、先に過ぎ去った影と同様、急ぐように横断歩道へ向かった。
俺は横断歩道の方に注意を向けると、なんと!また向かいの歩道の方から横断歩道手前まで走って来ていた人影が2つあった。そして、トラックの方は既に横断歩道の手前で停車した状態にあった。
俺はかなりパニック状態にあったが、ここにどう言う訳か集まった計6人が、誰一人として車道に出ていない事に心底安心した。
「こんな所で…何やってんだーーーーーっ!!!」
窓越しからの運転手の怒号でこの事件には決着が付いた。
ーーーそして今に至る。
そのあと運転手の人と一悶着あったような気もするが、大雑把に回想するとこんな感じだ。
沈黙は、未だ破られそうにない。ちなみに、目撃者であろう人はもういつの間にか居なくなっていた。どこかで言いふらして、何か大きな事件に仕立て上げられるのだけはやめて欲しい…。
と、とにかくここから、この重い空気から抜け出したいとは思うが…でもやっぱり…この状況の解決を多少してから帰らないといけないのではないか。
目撃者の1人を除いて、あの時のここに集まった人間のかんじを見れば、ただ、たまたま横断歩道付近に集まったとは思えない。
あんな事があったのに、『はい、それでは』で解散しても良いのだろうか、難しい。
それに誰1人としてここから動かないのは、俺と同じように、少しぐらい何か言おう思っていて、言い出す機会をうかがっているのではないか?
なら、最初に名乗った自分が先人を切るべきだ…。
俺はもう一度勇気を出し、勢いよく立ち上がって、街灯のある歩道の方にバス停から少し足をすすめ、背を向けた状態で言った。
「俺、横断歩道で…みんなのこと止めようとしたんです。みんなは…なんで…あんな事を…」
多分ここに集まった人達の事情は、もっと真剣な…俺なんかとは比較にならないようなものだろう。
俺の事だけでも話そう。大丈夫、どうせ赤の他人。全て話して、みんなに笑って貰えば良い。そして自分の愚かさを恥じよう。そして二度と!!!このような愚かな行いはやめにしよう。
「お、おれ…普段アニメとかよく見るんですけど。その…異世界転生系のアニメって、トラックが人…主人公を引いちゃって、気が付けば何か能力を持って異世界に転生するってお約束あるじゃないですか。それで今日、異世界に行けるかなって思って。あの、こんな感じでして……」
勢いで言ってしまった。
自分でもとんでもない事を言っていると自覚しているためか、言葉が辿々しい。でも、一応伝えた。もう二度とこのような馬鹿な事は止めよう。絶対に止めよう。
「いやいや!あの!勿論、分かってるんです。そんなのありえないって事ぐらい。でも…何となーく散歩しに夜出て行って、横断歩道を確かめてみたら、まさか、同じように人が居たから止めに入ったんですよ。本当、皆さんびっくりしましたよ!何であんな事を…。」
よし言った。帰ろう。
みんなの事情も…多少気にはなるが…。いやいや、詮索するのはやっぱり良くない。そんな甘いモノでは無いような気がする。
もっと真剣な…俺なんかとは比較にならないようなものだろう。
後は帰ってから、気持ちをゆっくりと整理しよう。
そして、帰ろうとしたその時だった。
俺が話をした事がきっかけで、堰を切ったようにベンチの暗闇から残りの4人声が『ボソッ』と聞こえてくる。
「え…ぼくも止めようと」「あたしも止めようとしたんだぜ?」「ええ。ビックリしましたよ、本当。」「ああ。自分もだ」
「え…止めようとしたのか……?みんなも!?止めようとしたの!?」
お互いにお互いの行動を止め合った結果、あのような形になったと言うことか…?ん…でも俺は先に通り過ぎた影を止めて…そのまた背後から来た影はあれを止めて………分からない。
すると、暗いベンチからまず1人、勢いよく街頭の明かりのある歩道へと飛び出してきた。そしてそれまでバス停の屋根で作られていた暗闇によってハッキリとしなかった姿が明らかになる。
「はい、あ、ばくの名前は奈多根詩音です。いやぁ…ぼくも今日、…いや、日頃からなんですけど…異世界に転生したい!そのためには…な~んて、せなみさんと同じように考えていたらですよ! そ、そしたら! まさか! 本当に轢かれようとする人がいるなんて思わなくて! それでぼくは止めに入ったんです!」
まず、まず第一に。 俺は耳を疑った。
は、同じ?こいつも俺と同じ?こいつ馬鹿か!?こんな馬鹿野郎が…世の中には…もう1人存在したのかーーーーーっ!?
って事は、トラックにぶつかればそのまま異世界に行けるっていう馬鹿みたいな話を、なんとなく…でも信じてたって事だよな?
「そして…ぼくはどうしても…風のエルフメイドに転生したいんです……!」
次に!!!!! 俺は……目を疑った。
なんとそんな奈多根くん………(君で良いんだよな?)は、言葉の通りメイド服(コスプレ用)を丁寧に着こなしていて……耳も横に長い!?尖ってる!本物!?いや、違う、作り物か?
蜜柑色の髪の長さもミディアムショートぐらいあって、顔つきは中性的で、ガラスケースに売られた小動物みたいだ。
……女?いや、男だろ?この格好で外をうろついているのか?警察、仕事しろよ!!
俺はその見た目そのものに色々と『何で』と言いたい気持ちを我慢して、取り敢えず1番気になる質問をしてみる。
「メイドかー。わざわざ異世界に行く必要、あるのかな…?」
「いえいえ、せなみさん!風の エルフ メイド です!! メイドになるなら現実世界でも……いや、現実世界では少し厳しいんですよ。実はこんなステレオタイプなメイド服で雇われるお手伝いってほとんど居ないみたいで………でも、それが解決出来たとしても、ぼくは、どーーーーしても、風を操るエルフという属性も捨て切れないんです。あぁ!!ぼくは何で!!エルフの居ない…風の精霊が力を貸さない世界に…生まれてきたんだろうか……。」
「た…たしかに。現実世界では、エルフにはなれないよね…うん。」
「ちょっとせなみさん! 風を操るんですから、 風 のエルフメイドですよ! 僕…どうしたらいいんですかね…あぁ、なりたい…風のメイドエルフになって、ある勇者…ご主人様に仕えるんです。そしてその勇者様達が旅から帰ってくるまでは、屋敷でお留守番です。風を操り、あっという間にお屋敷全体を塵一つなくお掃除するんです。お料理…人参とか玉ねぎなんかも風でひと剥きなんですよ! あーでもでも、たまに戦力が必要になった時にはぼくが戦闘メイドとして同行したりなんかして活躍するんですっ! あ、そしてそして!さらにその勇者一行は僕の風を利用して浮遊する事で目的地に早く到達出来たりしてですねっ!『ああ奈多根…君の風は心地いいよ』なーんて言われちゃったりしてっ!!」
「あ…はい…。」
すると、この奈多根の聞いているだけでこっちまで恥ずかしくなるような妄想話に覆い被せるようにして、慌てて暗闇から飛び出してくる、興奮した女の姿があった。
「ちょっと待てよ!!あたしも!あたしも、異世界に行きてぇんだよ!!」
やばいのもう一人居たーーーーーーっ!?
こんな奇跡的な偶然……ありえない…ありえないぞっ…
女は話を続ける。
「私は天城紗香!炎を操る魔法使い、よろしく!!」
紫紺色の長い髪をした女、確かに魔女と言われればそうかという感じ。髪質は尖っていて、そのイバラは肩の下まで伸びている。背は女性の平均よりも少し高く、魔法使いっぽさを演じるためか、渋い色のした革製のずっしりとしたロングコートを羽織っていて、その背中には肩からはみ出るほどの大きさのカバンを背負っている。顔は、目付きは悪いけどすごく整っていて、かわゆすではあるが…やはりどこか野蛮で残念な感じがして…炎の魔法使いとはとても言い難く…かといってじゃあ何の魔法使いだとも言えない。奈多根のエルフクオリティと比べるともっさり半端な感じが否めない。
………しかし、『魔法使いになりたい』じゃなくて、既に『魔法使い』なんですね、そうですか。十分、現実世界で楽しくやってるじゃないですか。異世界要らないんじゃないですか。
天城はまた話を続ける。
「私も止めたんだぜ?いやぁ…ビックリした……まさか本当にあれを、異世界転生のお決まりを実行しようとする奴らがいるなんてよぉ。異世界に行きたい気持ちは分かるぜー…でも、まあちょっと落ち着けよ。そんな賭けに出るようなことはもうやめにした方がいい。いやまあ?あたしも?ちょーっと?ムシャクシャしちゃって?同じような状況だったんだけど? はぁ…つれぇよな…このクソみたいな現実世界はよぉ……でも!もうちょっと待ってくれよ。今魔法陣の開発をしてるんだけど…どーにもあたしのマナ不足なのか、上手く展開しねーんだ。でもいつか必ず成功させるからよ!!」
「うわぁ!凄い!天城さん!いけるんですかー?異世界!」
「おうよ!!いやーでも、まだ私は魔法詠唱にも成功した事がねーから、少し時間がかかるかもしれねぇ。」
奈多根が天城の馬鹿話に食いついた。
あぁ、ツッコミたい…めちゃくちゃに何か言ってやりたい…っ!!
たがしかし!!ここは、自分のしようとしていた愚かな行いに免じて、何も言わないでおこう。自分のしようとしていた事が、こんな奴らとおんなじ事だったなんて!恥ずかしい!本当に恥ずかしい!!
そうすると、ベンチから静かに立ち上がる1つの影が。
「そうですね。これは本当に、奇跡的な偶然です。」
浮ついた甘い声でコツコツと暗闇から足音を立てて現れたのは、黒縁メガネをかけたブロンド色の髪のイケメンッ…!! 冷静な佇まいを見せる男は、微笑みながら話を続ける。
「自己紹介が遅れました。ワタシは、貴族社会における準男爵家の生まれで、しがない田舎育ちの貧乏貴族の四男、真白聡磨。トゥルーホワイトとお呼び下さい。」
トゥルーホワイト……イケてるけど、苗字を英訳しただけじゃないか。
そしてたしかに、 設定に 忠実であるためにヨーロッパ中世の貴族の格好をしているみたいだ。首元にはワサワサした白いものが付けられていて、ズボンは白く、それら以外に身に付けているものは青が基調となっている。1番目立っている青い羽織りには前に大きなボタンが3つ付いているが、どれも止められている。これも別によく見かけるような、特に変哲のない、ステレオタイプなものだ。いや!異世界においては!
少しこの状況に慣れてきてしまっている自分がいる。
メガネの位置を整えて、再び話し始める。
「そして、トゥルーホワイトは現代知識と持ち前の知力を使って異世界を無双し、富と名声を手に入れる……と言うのが、私の転生シナリオなのですが。」
…多分話していないだけで、このトゥルーホワイトはかなり細かく転生後の設定しているんだろう。おめでたいやつだ。
トゥルーホワイトは話を続ける。
「そう、だからワタシは異世界に転生した時のため、あらゆる媒体で知力を鍛えてきました。役に立ちそうな現代知識はいわずもがな。
知力と知識によって、その異世界の敵対勢力と退治する事で、冴えない貧乏田舎貴族がその世界の英雄になる。というシチュエーションが……ワタシを! 酷く! 興奮! させるのです!! 是非連れて行って欲しいですね、異世界に。」
俺以外の二人は大いに感心したのか、拍手を送っていた。
俺は違う!俺はコイツらとは同じじゃないぞ!!お れ は!!現実との区別が付いてます!!!
すると、事件を起こした最後の1人が暗闇から歩道に出ていることに気がついた。
「自分には…自分には、スキルが目覚めないんだっ……」
オーガか!? いや、人間かっ……しかしこれは見間違えるほどに…で…デカイ!!!ゆうに身長190cm越えのデカブツだ。バス停の暗闇の中でも一際目立ってはいたが、立ち上るとその実際の大きさが明らかになった。身体はかなり鍛えられていて、半袖半ズボンからはクッキリとした筋肉が深夜の暗闇と、街灯によって美しいコントラストを奏でている。
茶色の混じった色の髪はオールバックに。鋭い眼光を俺たちに向けている…ヤクザの組長みたいだ…。そんな大男が大粒の涙を流して泣きながら、剣を握って立っている。
で、何を言っているんだコイツは…スキル?最後の1人もやっぱり異世界病に侵されていた。
流石に、剣を握った大男の登場に他の3人も驚いたのか、戦闘態勢に入っている。
ここは俺が代表して静止する事にした!
「お、落ち着け!オーガ!話せば分かる!」
「片桐健吾。自分は…剣を使う。」
聞こえてなかっただろうか、助かった。
片桐の剣は、見るとかなり本格的なやつで、異世界物語に出てくるような金色の豪華な装飾が施されている。握りの部分はちょうど拳二つ分、刀身は平たく横長。全く実用性があるようには見えない。 ゴテゴテした剣、モリモリ筋肉に、着ている服はお母さんが用意してくれたような服装。完全完璧なミスマッチ。ダサい…本当にダサい! 妙にアンバランスで…気持ち悪い!!
片桐は、俯いて話を続けた。
「自分は物心付いた時から剣道剣術…毎日毎日剣を振り続けてきた人間なんだ。剣以外に自分には何も無い。しかし自分の剣はもう限界に達してしまった。それに実際、上手くなった、強くなったなんて言っても、もの凄く地味なものだ。もうこれ以上にはならないと悟ってからは酷く絶望した。」
片桐はまだ話を続ける。
「しかし。自分は知ってしまった。異世界…に行く事ができれば、剣に スキル というものがあって…自分の剣は、その スキル によって更なる高みを目指す事ができるという事を。」
鍛え過ぎると、おかしくなるんだろう。一周回って尊敬します。
片桐はまだまだ話を続ける。
「それから毎日、剣を振ると同時に喉が枯れるまでアニメーションや漫画やらで手に入れたたくさんのスキルを唱えた。
漆黒切り!
大地切り!
電撃切り!
切り切り切り切り切り切り切り切り!!!
…………他にもとにかく試したんだ。だが…どんなに剣を振ろうが…何も発動しない…。剣が光らないと…俺はもっと…強くなれないんだ……。
だから自分は…この世界ではなく、異世界に行こうと…。しかし、見れば…他にも横断歩道には同じような人間が居た。……自分は…止めに入る選択をした……。」
俺以外の3人、天城、奈多根、トゥルーホワイトはこの悲劇の大男に共感されられたのか、慰めるように近くに寄っていく。
「剣豪カタギリ…あたし感動したわよ!!」
「ぼくはケンゴーさんの気持ち…分かっちゃいます。」
「ええ。ワタシも宜しくお願いしますね、剣豪さん。」
「お…お前たち…自分は…っ…」
この片桐、改め 剣豪 はみっともなく、小鹿のように震えている。俺はまた一周回って軽蔑します。
しかし、ただの横断歩道にこんなにも偶然ヤバめの人間が集まったのは、何かのお告げなのだろうか。明日、お祓いに行こう。笑い事ではない。これで一生分の運を使い果たしてしまっただろう。
俺を蚊帳の外にして、天城、奈多根、トゥルーホワイト、剣豪の順で異世界トークが始められた。
「よし。是非ここの5人で一緒にギルドを組もうじゃねーか!!そしてさっさと異世界に転生して、魔王討伐だ!!はっはっは!!」
「ギルド!!良いですねぇ!!ぼくも参加したいですぅ!!」」
「魔王討伐…ワタシのシナリオには必要な要素です。是非、協力させて頂きたい。」
「いや、自分は魔王には全く興味がない。強くなりたいだけなんだ。そんな時間があれば皆で訓練をしよう。」
「はぁっ!?やば!お前、変な奴だな!」
「けんごーさん、そんなにつれないこと言わないで下さいよ!」
「しかし剣豪さん。一応の魔王討伐という目標を挙げておくからこそ、仲間と切磋琢磨しより強くなろうと訓練も捗るのですよ。」
「ふむ、なるほど。では、よろしくな。」
………俺は暫くこの異空間に閉じ込められて身動きが取れなくなっていたが、もう付き合ってられない。もう限界だ。
俺は覚悟を決めて、強引にでもここから立ち去る事にした。
「…いい加減にしてくれよ!!俺は…帰る!」
4人に背を向けて、早足で歩道を歩いた。
よしっ!脱出成功……と、喜んだのも束の間、背後から足音と同時に、天城の声が聞こえてくる。
「逃さねーぞ!喰らえ!!ファイヤーボール!!」
「な…なんだ!?イテッ!!!」
直後、腹部に何かが直撃した。ま…まさか何か本当に俺に呪文を使ったのか……?この現実世界で、魔法をくり出せたの言うのかっ…!?
俺は恐る恐る振り返り、目線を下に逸らした。
か…カイロ? すごく熱い…温めて持ち歩いてるんですか!?
天城は俺のあっけらかんな表情を見て言う。
「全然効いてねぇ…あと7つしかないぞ…!」
「7つもあるのか!?」
これ、真面目にやっているのか…?と呆気に取られていると
残りの3人も追いかけて来ていて、天城に合流する。
そしてトゥルーホワイトはメガネを調整して言う。
「ほら見てくださいよ、天城さん。瀬波くんは虫タイプではありません。」
「クソっセミじゃねーのかよ!お前!」
「ええ。彼はゴーストタイプです。先程から我々にブツブツと呪いをかけているように見えましたのでね。危険です。ワタシの推測だと、ここら一帯に結界を張って、我々を封印する気なのかも知れません。それで自分だけ早々に離脱した…と。ぬぅ、侮れない…瀬波蒼太という男は!」
「ゴースト…なら聖水か!ちょっと待てよ!」
天城はなにやら背中の大きなカバンに手を入れてゴソゴソし始めた。次の魔法()の準備を始める。
呪い!?かけてませんけど!?全然違いますけど!?そんなに陰湿でしたか?俺?
て言うか、失礼なこと全部声に出てましたか!?すみません!!
あと、セミってなんだよ!瀬波だから? 単純っ! トゥルーホワイトじゃ無いんだからやめてくれ!
剣豪と奈多根は会話に加わる。
「ゴーストか。それでは、自分の剣が通らないではないのか。」
「おお鋭いですね!けんごーさん!そんな時は剣に聖水を撒くんですよお!それで、聖なる力を刀身に宿らせると、物理ダメージが敵に通るようになるんです!」
「ほう、なるほど」
「あまぎさん!聖水をけんごーさんに渡してください!」
「おっけ分かった!ちょっと待てよ!」
『ほう、なるほど。』じゃねーよ。ゴーストじゃねーっつーの。
ギルド初クエストのセミかゴーストかの退治で盛り上がっている所失礼しますが、先ほどから話題に出ていますその、聖水…というのは、 アレ の事でしょうかー…?
奈多根と剣豪は会話を続ける。
「残念ですが…。ゴーストにはぼくのウインドブローでは、ダメージは通らないと思います。」
「ほう、なんだそれ。」
「僕が操れる風の一つです!ここをこうするとっ(カチッ)…ほら!こんな感じで!!えい!!」
奈多根はメイド服の裾に、器用に忍び込ませたハンディファンにスイッチを入れて、風を生み出した。プロペラの小さい音が深夜の歩道に響いている。
いや風弱っ…しかもそれは、操ってるとは言えないんですが。
みんな、自分のしている事を疑うような素振りを一切見せない。きっと、本気でやっているんだろう。本気でヤバい奴らなんだろう。
………………しかし俺はその、聖水とやらが気になって律儀にその場で見守っていた。くっそ…これは何かの魔法を既にかけられているというのか!? 天城さんの聖水…。ヤンキーガサツな感じだけど整った容姿の彼女の聖水………ハレンチだ!
天城はようやくその聖水見つけ出したのか、剣豪に手渡そうとする。
「はい。これ!剣豪!」
「ああ天城さん……因みにそそそその、聖水って?」
「ああ、婆ちゃんが魔除けだって言って、前にくれたのよ」
俺は全力でその場から離れた。
少し進んだ所で、早くも大男の感触が背中にのしかかる。
「暴れるな、瀬波蒼太。我々の一員となり、異世界を目指して訓練訓練訓練だ。」
「い…嫌だ!!何だ訓練って…何させるつもりだっ!!」
剣豪はまるで罪人の首を切断する斬首刑に処すかのように、剣を振り上げる。
「天城紗香、そのまま聖水を我が剣、ゴールド・ゴール・ドンに振りかけてくれ。さあ瀬波蒼太よ。観念してギルドに参加しろ。」
剣の名前ダサーーーイッ!!こっちまで恥ずかしくなるわ!!
しかしそのダサダサ装飾剣はさっき見ていた時よりも一層輝いていて、殺傷力があるように見える…まさか本物では。
「イ…イヤーーーーーーッ!!!」
「ははは!くらえ! ばあちゃんが神社で汲んできたご神水の威力! セミゴーストタイプに有効だぜ!」
「え……ご神水って、ただの水?」
「……………お前、何想像してんだ?」
「…。」
俺と天城、そして他の3人も黙り込んだ。少し、奈多根の方は赤面しているように見えた。
再び深夜の歩道は沈黙で包まれる。振り出しに戻った。やり直しますか? いいえ。
その隙に、俺は剣豪を振り解き、立ち上がって言った。
「もう夜も遅いので。皆さん、気をつけて帰って下さいね。それではー!」
俺は満面の笑みで別れを告げた後
また全力で走った。
凄くスッキリしていた。あの異空間こそ、まさに異世界なんだって。あれが、なるほどなるほど異世界か。体験できた、あー良かった良かった、満足じゃないか、うん。
確かにずっと異世界に憧れていた。思いもよらないことが起こって、平凡な日常に何か起こらないかと、ずっと思っていた。
でも、やっぱり俺は、この現実世界を強く、逞しく、生きていこう! 今、そう心から強くそう思えた。気付けたんだ。あの気狂いどものお陰で、俺は成長できた。
生きよう。色々あるけれども、生きよう。
辛いことも、人生の一部なんだよな。
のちに判明したのだが、俺を含めた五人は同じ学校の生徒であった。終わった。
ここから、俺の異世界生活がスタートする。




