第5章 影の支配者
通信ウィンドウの光が、静かに揺れていた。
詩の目の前に浮かぶ文字は、どこか挑発的で、それでいて優雅だった。
「――初めまして、“新人”。ようやく目を覚ましたようだな。」
その声は、若い女のものだった。
冷たくも艶やかで、どこか人を試すような響き。
詩は無言で画面を見つめ、わずかに眉をひそめた。
「……誰だ?」
短く問う。
返答までのわずかな間、コアが微かに震えた。
「私は《マスター・セリア》。
あなたと同じ、“選ばれし者”よ。
ようこそ、**ダンジョン間統合ネットワーク《ディープリンク》**へ。」
光の線が空中に浮かび上がる。
それは複数の点を繋ぎ、ひとつの立体地図を形成していた。
それぞれの光点が“ダンジョン”を示しており、
そこから放たれる波動は――十五。
この世界には、すでに十五人の「支配者」が存在していた。
『主様……! こんな通信網が……他にも……?』
「あぁ、つまり“俺はひとりじゃなかった”ってことだな。」
詩の声は冷静だったが、その奥に一瞬だけ熱が宿る。
分析ではなく、本能的な“闘志”――
同格の知性を前にした時の、人間的な衝動。
「あなた、上出来よ。
たった数日でコアの自律防衛を起動し、初テイムまで成功させた。
ほとんどの新人は、その前に潰されるのに。」
「……観察してたのか。」
「当然。あなたがどんな思考を持つか、興味があったの。
でも――残念ね。数字遊びの“理性人形”みたいじゃない。」
挑発。
だが詩の表情は変わらなかった。
「合理的に動いて、何が悪い? “理性”はこの世界の武器だ。」
「ふふ……でも、“生き延びる”には理屈だけじゃ足りないわ。
この世界は“感情”に反応する。
恐怖も、怒りも、愛も――マナの形を変えるのよ。」
その言葉に、ミアが小さく反応した。
まるで懐かしい概念を思い出すように、静かに呟く。
『……感情による魔力変換理論、ですね。
古い精霊種の間では、心の動きがマナの質を変えるとされています。
怒りは炎に、悲しみは水に、そして――愛は光に。』
詩は眉をひそめる。
「理屈としては面白いが……再現性がない。
測定も数値化もできないものは、理論とは呼べない。」
「理屈で理解できないからって、存在しないとは限らないでしょ?」
「逆もまた然り。存在しないものを信じるのは、詐欺師の始まりだ。」
静かな応酬。
だがその一言一言の裏で、互いの“思想”が探り合っていた。
理性の詩と、感情のセリア。
同じ「支配者」でありながら、根本から異なる存在だった。
「いいわ、大隅詩。あなた、理屈で世界を動かすタイプね。
でも――理屈だけでは、“人”は支配できないわ。」
「人? この世界に、俺以外の“人間”がいるのか?」
詩の問いに、セリアは一瞬だけ黙った。
沈黙。
そして、意味深な笑みを浮かべる。
「さぁ……どうかしら。
この世界には、“人の形をした何か”が多いのよ。」
その言葉の直後、通信がノイズに包まれた。
だが、そのノイズの奥から、一瞬だけ映像が映る。
――金色の髪、赤い瞳。
背後に広がる荘厳な大聖堂のようなダンジョン。
そして、セリアが掲げる杖の先に浮かぶ巨大なコア。
「またすぐ会うわ、“理性の支配者”さん。」
通信が切断される。
『……主様。』
「……“ディープリンク”の存在。
それに、“観察されていた”という事実。
この世界には、既に統制されたネットワークが存在してる。」
詩は低く呟き、分析画面を開く。
《解析開始:未知通信ネットワーク》
項目状況
発信源不明(多重経路)
暗号化形式魔術式暗号・階層式
複号試行成功率 12.8%
推定目的ダンジョン間情報共有/監視/淘汰
「……“淘汰”か。」
『淘汰、とは?』
「つまり、“勝ち残り”。
この世界のダンジョンマスターは――互いを喰らう前提で設計されている。」
その声は、静かに、だが確実に熱を帯びていった。
「いいじゃないか。」
『……主様?』
「ようやく、俺が試される舞台が見えてきた。」
詩はコアの光を見つめ、微かに笑った。
その瞳には、恐怖も焦りもなく――
ただ、“観察者”の光が宿っていた。
《内部記録:大隅詩・自己認識ログ》
「俺はもうプレイヤーじゃない。
この世界のシステムを、最適化する者だ。」
ミアはそんな彼を見つめながら、胸の奥に小さな痛みを覚えた。
――この人は、いつか“神”になってしまうのではないか。
そんな予感が、冷たい光の中で膨らんでいく。




