第4章 支配か共存か
――それは、静寂を破る咆哮から始まった。
洞窟の外から、低い唸り声と足音の群れが響く。
金属が打ち合う音、獣の鳴き声、荒い呼吸。
索敵魔石が共鳴し、コアに警告光が走った。
《侵入警報:発令》
| 侵入種別 | コボルト群(武装) |
| 検知数 | 7体 |
| 平均レベル | 8 |
| 知能指数 | 低~中(群れ行動) |
| 警戒範囲侵入まで | 残り 00:07:35 |
詩は既に動いていた。
コア前の魔術陣が起動し、ダンジョン全体に彼の思考が流れ込む。
「――全ユニット起動。マナバット、索敵経路βを優先。
スライム群、通路Aで酸液トラップを展開。
……罠作動準備、制限解除。」
『了解いたしました、主様! マナ流制御、開始します!』
ミアが両手を広げ、コアから放たれた光が通路へ流れていく。
迷宮がまるで“呼吸”を始めたかのように、壁が震えた。
「……さて、ここからが本番だ。」
詩は短く呟き、コア前に浮かぶマップを睨む。
複雑に入り組んだ通路の中で、7体の赤い光点が動いていた。
「いい連携だ。2体が先行偵察、4体が斜行陣。……残り1体、後衛支援。
――“群れの思考”をしてる。」
『知能の低い魔物にしては、異常な動きです。』
「あぁ。……誰かに“導かれてる”な。」
その瞬間、詩の脳裏に一つの仮説が浮かぶ。
――別のダンジョンマスターが、裏で繋がっている。
だが、今は確かめている時間はない。
詩は手をかざし、ダンジョン操作画面を切り替えた。
《ダンジョン防衛プログラム:実行》
手順命令結果
①落とし穴β起動(前衛3体)捕獲成功:2体
②酸性液放出溶解ダメージ継続
③鳴動結晶起動後方支援コボルト位置特定
④スライム群誘導退路遮断完了
『主様、2体捕獲成功です! ……でも、まだ5体が!』
「焦るな。予定通りだ。」
詩の声は静かだった。
次の瞬間、コアの奥で魔力の流れが跳ねた。
「“テイムシーケンス”を起動。捕獲個体の魔力波を解析、同調試行に移る。」
『えっ、戦闘中にテイムを!?』
「“実戦データ”がなきゃ意味がない。
動く中で、どこまで波形が乱れるか――それが本当の制御実験だ。」
詩の瞳が淡く光を帯びる。
空間が歪み、捕獲されたコボルトたちの身体が震え始めた。
ミアには見える。
詩の魔力が、まるで“数式”のように空中を流れていく。
波長が変わり、周波数が揃い、敵の魔力と同調していく。
それは支配ではなく――融合だった。
「……恐怖ではなく、命令でなく、構造で理解させる。
お前たちの“群れ思考”を俺が上書きする。」
低く呟いた瞬間、捕獲されていたコボルトの瞳が青く染まる。
従属の証。
ダンジョンコアが反応し、データウィンドウが開いた。
《新ユニット登録:コボルト・アッシュ》
| 状態 | 同調成功(Lv.8) |
| 役職 | 偵察兵(通信適正) |
| スキル | 群行通信Lv.2/暗視Lv.3 |
| 忠誠度 | 72%(安定) |
『主様……成功、です!』
「あぁ。こいつを使って、敵群れの情報を“逆探知”する。」
詩は新たなコボルトへ命令を送り込む。
アッシュが低く唸り声を上げ、洞窟の奥へ通信波を放った。
次の瞬間、詩のマップに新しい反応が表示される。
《新たな信号源を検出》
| 検知位置 | 北東方向 1.2km |
| 魔力反応 | 高濃度(異常) |
| 構造 | 人工ダンジョンの反応一致 |
| 推定 | 他のダンジョンマスター領域 |
「……やっぱりな。」
詩はゆっくりと息を吐いた。
冷たい笑みが、わずかに口角に浮かぶ。
「“テスト”は、互いに始まってたわけか。」
残るコボルトたちは次々と罠にかかり、戦闘は終わった。
だが詩は勝利を喜ぶ様子も見せず、ただ冷静に分析を続けていた。
『主様……これが、“最初の戦い”でしたね。』
「戦いじゃない、“接触”だ。
――これからが、支配の本番だ。」
その言葉には、確信と静かな高揚が混じっていた。
ミアは彼の横顔を見つめる。
冷たくも美しい、数字で世界を支配する男。
そして心の奥で、彼女はひとつだけ願っていた。
――どうか、完全に人をやめないでください。
だがその願いが届く前に、コアが再び震える。
新たな通知が、詩の前に浮かび上がった。
《通信要求:不明ダンジョンコアより》
メッセージが、一行だけ表示される。
「――初めまして、“新人”。ようやく目を覚ましたようだな。」




