インタールード コボルト襲撃前夜
――ダンジョンコアの光が、淡く脈打っていた。
深夜。ダンジョンの空気は静まり返り、天井の光苔が月明かりのように洞窟を照らす。
詩はコアの前に立ち、両手を後ろで組んだ。
無駄のない動作、冷ややかな瞳。
まるで、盤上の戦を見下ろす戦略家のように。
『主様……また、寝ておられないのですか?』
ミアの声が、暗闇の奥から静かに響いた。
詩は答えず、コアのステータス画面を指でなぞる。
数字が淡い光となって宙に浮かぶ。
《ダンジョン解析モード:起動中》
項目数値
周辺魔力流動安定(流入 3.4/流出 3.1)
近傍生命反応5体検知(距離:東方600m)
マナ圧差+0.27(侵入予兆)
警戒レベル自動上昇中
「来るな……明日あたりだ。」
『何が、ですか?』
「この圧差、生命反応の群れ。
恐らく“群行性”の魔物。――コボルト系統だ。」
詩は淡々と告げた。
ミアが思わず息を呑む。
『もう察知されて……?』
「いや、気付いてはいない。ただの通り道だ。
けど――どの道、いずれは“ぶつかる”運命だ。」
詩の指先が、次々と画面を操作していく。
設計図が光の線で展開され、迷宮の全体構造が浮かび上がる。
分岐通路、落とし穴、酸性液の貯水槽、索敵通風孔――
それぞれの罠が緻密に連携して、まるで一つの知能体のように動作していた。
「今のうちに仕掛けを調整する。
“来ることを想定しておく”ことが、戦略の基本だ。」
『……主様は、未来を読んでおられるようです。』
「読むんじゃない。“設計する”んだよ。」
彼の言葉には、確信めいた静けさがあった。
まるで未来というものが、数字の延長線上にあるかのように。
詩は手元の板状の魔術式に手をかざし、光を散らした。
《罠配置アルゴリズム》が走り、マナの線が通路を這う。
《自動構築シーケンス・Ver.0.9β》
命令内容消費DP
落とし穴再配置入口通路1へ移動20
酸性液配管改良硬化岩を混ぜ腐食防止15
風流感知石増設通気孔8基追加35
鳴動結晶設置音波検知&共鳴警報10
設計が完了すると、詩は小さく息を吐いた。
「……これで“索敵”と“反応”のラインは完成。
あとは、実戦での挙動確認だな。」
『まるで、試験運転のようですね。』
「そうさ。どんなシステムも、一度壊してから調整する方が早い。」
『……壊してから、ですか。』
「壊れ方には、次の最適解が隠れてる。」
詩は淡く笑った。
その笑みは、どこか満足げで、どこか寂しげでもあった。
ミアには、その感情の奥に“期待”のような輝きが見えた。
彼はこのダンジョンを、戦場ではなく、実験室として見ている。
そこに敵が来ることすら、“データ”として歓迎しているようだった。
沈黙の中、ミアが恐る恐る問いかける。
『……もし、相手がただの獣ではなく、知恵ある種族だったら?』
詩は短く息を吐いた。
「その時は、“会話”だ。
ただし、“言葉”じゃなく、“行動”でな。」
『行動……?』
「理解させるんだよ。俺の“立場”を。
恐怖じゃなく、選択肢として――“従属”を。」
その声は、まるで人間ではなく演算装置のように正確だった。
ミアは小さく頷きながらも、心の奥がざわめいていた。
主様が描く未来は、あまりにも“完璧”で、あまりにも“冷たい”。
でも同時に――
誰よりも正しく、美しく、無駄がない。
それは神が創る秩序ではなく、人が理性で到達した静かな神性。
『主様。……あなたは、この世界の“法則”すら書き換えそうですね。』
「違うな。」
詩は振り返りもせずに答えた。
「俺は、法則を“理解して従わせる”だけだ。
支配ってのは、強さじゃなく、仕組みの使い方だ。」
その声に、コアの光が呼応するように明滅した。
まるで、迷宮そのものが彼の理屈に同意しているかのように。
ミアは静かに微笑む。
理解できない。けれど――見惚れてしまう。
主様の思考は、あまりにも正確で、あまりにも遠い。
その夜、ミアは眠れなかった。
青い光の中で、ただ一人、詩の背中を見つめ続けた。
――そして翌日、コボルトの群れが、詩の迷宮を襲撃する。




