第3章② 運営者の思考
――転生から十日目。
大隅 詩は、ようやく“この世界のルール”を理解し始めていた。
ダンジョンの奥に浮かぶ青白いコア。
そこに手をかざすたび、彼の視界には数値と情報が浮かび上がる。
《ダンジョンステータス》
項目数値
コアレベル2
総マナ量680 / 1000
日次回復量+120
維持消費-62
保有DP(Dungeon Point)340
召喚可能種スライム、マナバット、ホブゴブリン
施設落とし穴、石扉、光苔壁、分岐通路
特殊スキル《思考解析》《魔物同調》
「……ようやく数字が読めるようになってきたな。」
詩は腕を組みながら、まるで“ゲームの管理画面”を見るようにコアの光を見つめた。
『主様、やはり他の世界でもこうした数値管理は存在したのですか?』
「まぁ、似たようなもんはあった。
俺の世界では“経営シミュレーション”とか“戦略ゲーム”とか呼ばれてたな。
こっちは命懸けだけど、原理は同じだ。」
『……命懸けの経営、ですか。』
「笑うだろ? でも、数字で支配する世界ってのは、どこも変わらない。」
■ ダンジョンマスターの権能
詩はこの十日間で、ダンジョンマスターの力がどう働くかを体感していた。
魔力(MP) … コアの生命力。罠・召喚・維持に使う。
DP(Dungeon Point) … ダンジョンの発展ポイント。
敵を撃退したり、素材を回収したり、魔物を再利用すると得られる。
コアリンク … コアを媒介に、魔物や施設に指令を送る機能。
テイム(同調) … 敵性存在を支配下に置くシステム。
『主様。以前テイムされたマナバットたちの件ですが、どうやって“同調”に成功されたのです?
普通のマスターなら、あの魔力反発で失敗します。』
「……試したんだよ。
“恐怖”じゃなく、“論理”で繋げる方法を。」
詩は、マナバットを捕獲した時のことを思い出す。
罠にかかった小さな翼竜が、震えながら羽を広げていた。
普通なら殺すか、力で押さえつけて魔印を刻む。
だが詩は違った。
彼はコアに手を触れ、魔力の波形を同期させた。
コアの内部には「魔力波の相互干渉」を制御するパラメータがあり、
“敵”の波長を分析して、それを共鳴周波数に合わせたのだ。
要するに、Wi-Fiの周波数合わせのようなもの。
「物理的な支配より、周波数を合わせるほうが効率がいい。
要は、力じゃなく“理解”だ。」
『……理解、ですか。』
「そう。暴力で従わせても、いつか裏切る。
でも“相互認識”すれば、利用できる。
会社の部下と同じだよ。」
ミアは少し笑った。
彼女の中で“主様”という存在が、日に日に“神”ではなく“人間らしい支配者”に見え始めていた。
■ テイムシステムの原理(詩の理解)
フェーズ説明成功条件
① 捕獲敵を罠・魔法などで行動不能にする敵HP50%以下
② 波長解析敵の魔力構造を読み取る《思考解析》推奨
③ 同調試行コアと敵の魔力を共鳴させる相性値≧60
④ 誓約精神的リンクを確立(忠誠)精神抵抗判定成功
⑤ 維持定期的なマナ供給(維持コスト)魔力不足で反乱
「つまり、“奴らの理屈”を理解してやれば、
わざわざ脅す必要なんてない。」
『まるで……人間関係のようです。』
「そうだろ? 上司と部下の関係と同じだ。
俺の世界でも“支配”と“協調”の境界は常に曖昧だった。」
詩はコアに手を置きながら、マナバットたちを眺める。
彼らは暗闇の中を滑空し、天井の苔光をくぐり抜けていた。
その動きは、まるで彼の思考と同調しているかのようだ。
『主様、最近少し変わられた気がします。
以前より、まるでこの世界そのものが“あなたの延長”になっているような……。』
「……そうかもな。」
詩は静かに笑った。
「俺は元の世界じゃ、ただの会社員だった。
でもこの世界じゃ、俺の知識がそのまま“力”になる。
数字を読み、最適解を組む。――それだけで、支配者になれる。」
『主様、それは危険な考え方です。
“最適解”ばかりを追えば、心が置いていかれます。』
「……それは、会社でも言われたな。
でもミア、心を置いていくからこそ、効率が上がるんだよ。」
ミアは悲しそうに目を伏せた。
詩が理屈で世界を切り分けるたび、彼女の中の何かがざらりと音を立てる。
だが同時に――その冷静さが、この世界で生き残る唯一の光でもあった。
《ダンジョン拡張プラン:Ver.1.4》
構築項目コスト(DP)効果
索敵通路(風流センサー設置)40移動物感知範囲+30%
魔力濾過装置70MP回復速度+15%
マナバット増設50索敵・音波通信可能
落とし穴改良(酸性液仕様)60捕獲効率+20%
「いい……これで“監視”と“自動防衛”が完成する。」
『完全に、迷宮が“生きている”ようです。』
「そうだ。これはもはや施設じゃない。
思考する構造体――“生体システム”だ。」
詩の声は冷ややかに響く。
コアの青い光が、彼の瞳に反射していた。
静寂の中、ミアが小さく問う。
『……主様。あなたにとって、このダンジョンとは何ですか?』
詩は少し考えて、そして淡々と答えた。
「“証明”だよ。
俺が、俺の頭で築ける世界の。
誰かの命令でも、ルールでもない。
――俺という設計者の、証明。」
その言葉には、会社員時代に押し殺してきた願いが滲んでいた。
評価されず、理解されず、ただ働くだけだった日々。
今ようやく、自分の思考が“形”になっていく感覚がある。
そして、ミアはそっと目を閉じた。
彼の理屈が正しいと分かっていても、
どこかで、胸の奥に言い知れぬ不安が芽生えていた。
『……この世界は、主様のような人を生むために造られたのかもしれませんね。』
「なら、俺はその設計に乗ってやるだけだ。」
詩の声は穏やかだった。
だが、その穏やかさの裏に――確かな狂気の静寂が宿っていた。
そして、夜。
静寂を切り裂くように――外から“群れ”の気配が近づいてきた。
『主様、マナの波動。……複数の存在を感知。』
「……ようやく来たか。」
詩は立ち上がり、冷たい瞳で入口を見据える。
次の相手は、“考える敵”だ。
今度はただの動物ではない。戦略を持ち、判断する相手。
詩はゆっくりと笑った。
「いい。やっと“ゲーム”らしくなってきた。」




