最終幕:灰の巫女の残響 ― 終の詩(うた)
――光が消えた。
音も、風も、温度さえもない。
ただ、無限の静寂だけが漂う世界。
そこに、詩はいた。
座り込んだまま、空を見上げている。
もう空ではない。
けれど彼には、どこまでも青く見えた。
「……終わったんだな」
その声に、返事はない。
セリアも、ミヤも、もうここにはいない。
彼女たちは理界再生の過程で“分離”した。
それぞれが、世界の“情”と“理”として定着し、
詩のもとを離れたのだ。
――でも、それでいい。
彼女たちは生きている。
そして、世界もまだ息づいている。
「不完全でも、生きていればいい」
詩は微かに笑った。
その胸に、かつての温もりがかすかに残っていた。
ふと、風が吹いた。
風などないはずの場所で、そっと灰が舞う。
灰の中から、声がした。
『……貴方は、また歩くのですか?』
灰の巫女――
かつて世界を律し、そして詩に敗れた存在。
今の彼女は、ただ“声”だけの存在。
「歩くさ」
詩は静かに答える。
「人間は、そういう生き物だ」
『不完全で、矛盾して、痛みを抱いて……
それでも、なお進む。
――貴方が見せたそれが、“人の理”なのですね』
「理なんてものじゃないよ」
詩は目を閉じた。
「ただの、心だ」
灰が微笑むように揺れた。
『ならば、その心こそが、世界を動かす理。
私には……それが見えなかった』
詩は立ち上がる。
足元には新しい光が滲み始めていた。
それはまるで、大地が息を吹き返すように。
「……見えるか、巫女。
世界は、もう一度始まる」
『ええ。あなたが残した“人の詩”が――理を超えて響いている』
声は遠ざかっていく。
灰は風に溶け、空の向こうへと消えていった。
詩は一人、再生し始めた世界を見渡した。
新しい空。
まだ幼い、けれど確かに息づく風景。
「……また、ここからだな」
彼の唇に微かな笑みが宿る。
どこか遠くで、聞き覚えのある声が囁いた。
――“ご主人さま、次のステージですよ”
――“詩、また歩けるわね”
空が揺れ、柔らかな光が降り注ぐ。
詩はその中で、ひとり静かに歩き出した。
やがて彼の姿は光の中に溶けていく。
それでも、確かに聞こえた。
最後の一言。
「……ありがとう」
【終】




