第十二章:《群星会議 ― 灰の盟約》
世界が静かに、呼吸を変え始めていた。
東の空を裂くように、光の帯が走る。
それは新たなダンジョンの覚醒を示す“核干渉波”――
世界の支配構造が、またひとつ揺らぐ合図だった。
王都アルトリア。
重厚な石造りの円卓の周囲に、七つの国の代表、三つの宗派の司祭、
そして四人の既知のダンジョンマスターが座している。
その会議の名は「群星会議」。
歴史における数少ない、世界秩序の調整の場だった。
「では、議題に入ろう。」
青の軍服を着た青年――アリステア・クローヴが立ち上がる。
かつて大隅詩と同じく、異世界から転生した者。
「北大陸第七層の地下に、未知の魔力反応を確認した。
反応は安定しており、長期稼働の兆候がある。
つまり、そこには“管理者”が存在する。」
ざわめきが走る。
一人の女神官が低く問う。
「……まさか、新たなマスターが?」
「確証はない。だが観測波形に“情報層”が混じっていた。」
黒衣の術師が続ける。
「魔力だけでなく、言語のような構造だ。……まるで意思そのもの。」
アリステアが頷く。
「この世界の理を理解し、操作している存在。
我々が長年恐れていた、理を越える“思考するダンジョン”だ。」
重い沈黙が落ちた。
そして誰かが、呟いた。
「その名は……?」
「記録に残っていた呼称がある。」
アリステアはスクリーンを示した。
『大隅詩』
その名が響いた瞬間、空気が張り詰める。
異世界の姓を持つ者――転生者の名だった。
――――
地の底。
静寂に包まれた詩のダンジョン管理層。
ミアが端末を操作しながら報告する。
「詩様、外界で大規模な通信網が形成されています。
“群星会議”という会合名で、各国と複数のマスターが連携しているようです。」
「早いな。」
詩は目を閉じ、微かに口元を動かす。
「観測は制御下にあるか?」
「はい。第三観測層まで、彼らの探知波を偽装済みです。」
「よし。そのままにしておけ。」
セリアが横で腕を組む。
「放置でいいの? 彼らはあなたの存在に気づいてるわ。」
「ああ、だが――それでいい。」
「……ふぅん?」
「観測されるということは、世界に存在を認められるということだ。
次は、彼らに“選ばせる”番だ。」
セリアが眉を上げる。
「選ばせる?」
「秩序を築く者が誰なのかを、だ。」
詩の声は穏やかで、しかし揺るがなかった。
――――
再び、群星会議の場。
「未知のダンジョンマスター“大隅詩”。
その存在は、もはや偶発ではない。」
アリステアが冷静に告げる。
「異界の名を持つ者……つまり転生者だと?」
「その可能性が高い。構造、思想、戦略性。
我々と同じ知識体系をもつ存在だ。」
別の代表が苛立ち混じりに声を上げた。
「だからこそ危険だ! 未知の理を使い、我々の国を崩壊させるかもしれない!」
だがアリステアは、首を横に振る。
「恐怖だけでは秩序は保てない。
ならば、理で交渉すべきだ。」
「交渉……だと?」
「そうだ。彼は理解するはずだ。
この世界の構造、バランス、そして崩壊の危険性を。
ならば、我々は“灰の盟約”を結ぶ。」
会場がざわめく。
それは討伐でも服従でもなく、共存の宣言だった。
「灰の盟約――各ダンジョン同士の無差別侵攻を禁じ、
情報の共有と観測の自由を保障する。
我々が争わず、共に世界の理を維持するための条約だ。」
反対の声が上がる。
「もし相手が拒否したら?」
「その時は、理で裁く。」
アリステアの声には一切の迷いがなかった。
――――
数日後。
詩のダンジョンに、微弱な魔力信号が届く。
「……来たか。」
詩は光を指で掬い上げるようにし、そこに浮かぶ文字を読む。
【送信元:群星会議代表 アリステア・クローヴ】
『未知の管理者へ。
我らはあなたの存在を認識している。
敵ではない。
共に、この世界の均衡を築きたい。』
ミアが静かに問う。
「……どうなさいますか?」
「答える。」
「交渉を?」
「ああ。戦う前に、まず理を確かめる。」
セリアが微かに笑う。
「ふふ、あなたらしいわね。戦うより、まず“考える”。」
「理が通じるなら、戦う必要はない。」
詩は立ち上がる。
その瞳の奥に、静かな光――星のような輝きがあった。
「会おう。群星の座にて。」
その声は深淵の底から空へと響き、
新たな世界の転換点を告げていた。
――――
理を操る者と、理を超える者。
その二つが、いま初めて交わろうとしている。




