幕間《観測者たち ― 》
その日、複数の観測者が同時に“異常な魔力現象”を感知した。
それは北方大陸の一角――無名の新人マスターが築いたとされる、小規模なダンジョンからだった。
灰の群れが消滅し、紅の魔女セリアが消息を絶ってからわずか数時間後のことだ。
◆ 一 ギルド連合《白銀の瞳》
都市エルグレア、冒険者ギルドの作戦本部。
若き情報官エイデンは、空中に投影された魔力反応データを見つめていた。
「……これ、バグじゃないのか?
この魔力密度……中級マスターでも不可能だぞ。」
隣の女性オペレーターが肩をすくめる。
「でも、観測は確かよ。『灰の侵食波』を逆位相で打ち消した。
それに、紅の魔女の反応も消失。」
エイデンは眉を寄せた。
「つまり、誰かが“紅の魔女”を救ったってことか。」
沈黙。
彼の頭に、一つの名がよぎる。
少し前からギルドの噂に上がり始めた、無名の新人。
「……“大隅 詩”。」
そう呟いた瞬間、上層部からの緊急通達が届いた。
『灰の巫女ルミナの軍勢が活性化。
世界規模でダンジョン支配戦争が始まる可能性あり。』
彼はその名を、静かに胸に刻んだ。
◆ 二 魔王同盟《深淵の円卓》
黒き塔の最上階。
七人の影が円卓を囲む。
その中の一人、黒鉄の鎧を纏う男――魔王ヴァルゼンが、静かに言葉を発した。
「蒼の光を見た者はいるか。」
数人がうなずく。
「灰を打ち払い、紅の魔を鎮めた“蒼の閃光”だ。
そしてその核にあったのは、人間の魔力だという。」
女魔王ルシェリアが笑う。
「人間ごときが、灰の巫女に抗う? 冗談でしょう。」
ヴァルゼンは首を横に振る。
「冗談ではない。……“理性”を極めた者の魔力だ。
だが、理だけではあの光は生まれぬ。
紅の魔女――情の化身が、そこにいたからこそ。」
沈黙が広がる。
やがて、誰かが呟いた。
「大隅 詩。蒼紅の盟主――か。」
◆ 三 天空図書院《記録者アルフィア》
天空の図書館では、風がページをめくっていた。
その中心で、銀髪の女学者アルフィアが筆を走らせる。
「異界から来た転生者。
理論に基づくダンジョン構築。
感情により変質する魔力理論。
……面白い。」
彼女は微笑む。
「この世界に新しい“法”が生まれようとしている。
理性と情動の融合。
それが“灰”を打ち払う唯一の鍵になるかもしれない。」
ページの端に、彼女は静かに書き記した。
【大隅 詩――観測対象に昇格】
◆ 四 灰の巫女の微笑み
その頃、遥か地の底。
灰の巫女ルミナは、群体の中心で微笑んでいた。
「……見つけた。」
虚無のような瞳が、遠く北方を見据える。
彼女の指先が、淡く輝く蒼の波形をなぞった。
「蒼と紅――理と情の結合。
あれは……この世界を壊す“新しい方程式”だわ。」
灰の瘴気が、静かに揺れた。
その波動が、大陸全土に広がっていく。
こうして、世界は“大隅 詩”という名を知る。
彼が次に起こす行動が、世界の均衡を決定づけることを――
まだ誰も、知らなかった。




