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第9章 ― 魂界干渉:その心は、誰のものか

 ――それは、夢だった。

 けれど、あまりにも“現実”だった。

 大隅詩は、暗闇の中で目を覚ました。

 足元には、光る魔法陣。

 視界のすべてが紅と蒼の粒子で覆われていた。

 現実のダンジョンではありえない、歪な空間。

 壁は呼吸し、床は脈動している。

 魔力の流れが、まるで「心臓の鼓動」のように響いていた。

「……ここは、どこだ?」

 詩は思わず呟いた。

 応える声は、なかった。

 だが、次の瞬間――

 脳の奥底に、誰かの感情が直接流れ込んでくる。

 怒り。悲しみ。愛。誇り。

 それらが一瞬で混ざり合い、詩の心を焼いた。

「くっ……これは、精神干渉……か?」

 彼の《ダンジョンコア》が微かに共鳴していた。

 目には見えないが、確かに“誰か”が干渉している。

 視界の奥に、紅の光が浮かび上がる。

 それはゆっくりと形を成し――

 ひとりの女性の姿となった。

 セリア。

 紅の髪を揺らし、微笑んでいた。

 その瞳は、憎しみではなく、どこか優しい光を宿していた。

「……また会ったわね、詩。」

「……精神体か。物理的な干渉はないはずだ。」

「ええ。これは、あなたの“理性”が私の“心”に触れたせいよ。」

 セリアは軽く笑った。

 けれどその笑みは、どこか痛みを含んでいた。

「あなたのダンジョン核、あれは完璧すぎる。

 無駄も、歪みもない。

 だけどね――それじゃ“生きてるもの”は動かせないのよ。」

「理性は、最も安定した構築原理だ。

 感情はノイズだ。制御を乱す。」

「そう。だからあなたの魔物たちは“魂を持たない”。」

 その言葉に、詩は無意識に眉をひそめた。

 セリアの背後――紅の霧が渦を巻く。

 そこから浮かび上がったのは、ひとりの影。

 ――ヴォルグ。

 けれど、もう肉体はなく、魂の形だけが淡く漂っていた。

『主……』

「ヴォルグ……!」

 セリアの声が震える。

 詩は思わず、その光景を見つめた。

 そこには敵も味方もなかった。

 ただ、“心”と“記憶”が混ざり合っていた。

「彼はね、私に“心の強さ”を教えてくれた。

 あなたの魔力理論では説明できないけど……

 感情には、力がある。

 怒りも、悲しみも、願いも――形を持つの。」

 詩の頭の中で、何かが弾けた。

 彼は理屈で世界を構築してきた。

 計算された罠。

 最適化された魔力循環。

 確率で支配する戦術。

 それらすべてが、いま、ひとつの問いに突き当たる。

「……感情で、世界を動かせるというのか。」

「そうよ。

 だって私たちが作るダンジョンは、“魂の反映”なんだから。」

 紅と蒼の粒子が混ざり合い、世界が揺れる。

 セリアの胸の奥に、金色の光が宿る。

「ヴォルグの怒りも、祈りも、

 いま、私の中に生きてる。

 そしてあなたの理性が触れた瞬間――

 それが、あなたに伝わったの。」

「……精神干渉の原因は、それか。」

「違うわ、詩。

 あなたが“感じた”から、繋がったの。」

 その瞬間、詩の胸に熱が走った。

 理性では説明できない“何か”が、体を満たしていく。

 彼の《魔力視界》に、見たことのないエネルギーの流れが映る。

 それは明らかに感情由来――

 “感情による魔力変換”が、自然に発生していた。

「これは……」

「それが“心”の力よ。

 あなたの理性が、ようやくそれを受け入れた。」

 セリアの声が、優しく包み込むように響く。

 紅と蒼の光が交わり、空間が弾けた。

 意識が引き裂かれるような感覚の中で、詩は最後に見た。

 ――セリアが涙を浮かべ、微笑んでいる姿を。

「次に会うとき、私たちは敵じゃないかもしれない。

 でもその時、どちらの“心”が世界を変えるか――楽しみね。」

 光が弾け、世界が崩れた。

 詩は目を覚ます。

 そこは、自分のダンジョンの中。

 ミアが心配そうに覗き込んでいた。

「ご主人……? いま、すごく大きな魔力波を感じました。

 いったい何が……」

 詩はしばらく言葉を失っていた。

 だが、ゆっくりと息を吸い込み、呟く。

「……“心”は、計算できない。」

「え……?」

「だが、制御できないとは限らない。」

 ミアが目を丸くする。

 その瞬間、詩の《ダンジョンコア》が微かに光を放った。

 紅と蒼――ふたつの光が、静かに重なり合っていた。

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