第6章 赤眼の侵入者
コボルト戦から十余日。
転生してから、約半月が経とうとしていた。
詩のダンジョンは、ようやく“拡張期”に入っていた。
第2層の基礎構造が完成し、罠配置と魔力収支も安定。
リソースは常に黒字を維持し、
ダンジョンマスターとして“生活の型”ができつつあった。
「……現在の魔力収支、日平均+12ポイント。
このペースなら、第3層基盤に着手できるな。」
『主様、順調ですね!
中堅マスター規模としても、理想的な成長速度です!』
ミアの声には誇らしさが滲んでいた。
詩は軽く頷き、画面上のマップを操作する。
システム音が心地よく鳴る――まるで彼が愛したシミュレーションゲームのように。
「罠の維持コストを最小限に抑え、索敵網に魔力を集中。
敵を“見つけてから守る”より、“来る前に察知する”方が強い。」
『……相変わらず、理性的すぎますね。』
「理性がなければ生き残れない。」
詩の返答は冷静そのもの。
だが、言葉の裏には確かな実感があった。
この十数日で、無数の小規模な侵入者を退け、
自分なりの“生存アルゴリズム”を確立していたのだ。
『主様……? 南西の感知結界にノイズが。』
「また魔獣か?」
『いいえ……波形が違います。
通常の生体魔力よりも、人為的な構成式が混ざっています。』
詩の表情が変わった。
次の瞬間、映像ウィンドウに“赤い光”が映る。
四足の獣――狼のような姿。
ただしその輪郭は、どこか現実から浮いていた。
まるで観測を拒むように、形が定まらない。
瞳は、暗闇の中で不自然なほど深紅に輝いていた。
『……魔力構成、異常です。
自然発生体ではありえません。おそらく……他マスターの創造種。』
「――セリア、か。」
詩は短く名を呟いた。
ディープリンク。
あの通信で感じた違和感が、現実を侵食し始めていた。
『主様、迎撃体制を?』
「当然。だが、力押しは避ける。
これは“観察用個体”だ。
敵の目的は――俺のデータを取ることだ。」
指先が滑る。
コマンドウィンドウが次々と展開される。
《索敵班:スライムE・Fを前線展開》
《ゴブリン班B、通路C-1へ》
《罠構成式・誘導モードに切替》
まるでRTSゲームの指揮官。
だが違う。これは現実であり、失敗すれば命を失う戦いだった。
赤眼の獣が動いた。
軽やかな、しかし異様に滑らかな動き。
通路に仕掛けた酸性ガス罠を、一歩も踏まずに回避する。
『――そんな……! まるで、罠の位置を知っているみたいです!』
「……見られてるな。俺たちの“内部情報”が、流出している。」
『まさか……!』
「試してみる。」
詩は、わずかに笑った。
その指が静かに動く。
《通路罠A-1→遅延起動設定》
《トリガー・オフセット:+0.7秒》
《誘導音波:擬似足音投影》
わずかな“音”が通路に響く。
赤眼の獣が反応し、わずかに方向を変えた瞬間――
爆風がその背を焼いた。
悲鳴にも似たノイズが響く。
それはまるで、魔力の塊が崩壊するような音。
『……命中確認! ですが、まだ活動反応があります!』
「いいさ。あれは“罠を見抜く”存在。
なら、次は“罠を見抜いた先”に罠を仕込むだけだ。」
詩は冷静に指を滑らせた。
まるでチェス盤の駒を動かすように。
《通路C-2封鎖》
《床構造再構築・第二段階起動》
ガコン、と音が響く。
獣の足元が崩れ、暗闇へと吸い込まれていった。
しばらくして、音が消えた。
ミアが慎重に確認する。
『……反応、消失。撃退成功です! でも、主様……これ。』
映像ウィンドウの底。
そこに、淡く光る“紋章”が残されていた。
六枚の翼に囲まれた金の瞳。
まるで、見る者の内側まで覗き込むような、冷たい光。
「……セリア。」
その名を呟いた瞬間、空気が震えた。
頭の奥に、直接声が響く。
「観察完了。ふふ……いい反応ね、“理性の人形さん”。」
その声は柔らかく、しかし明確に“人を試す響き”を持っていた。
通信はそれだけで途切れた。
『……主様。やはり彼女が。』
「あぁ、確信した。
セリアは俺たちを観察している。
次は――観察じゃなく、“干渉”だ。」
『でも、もし彼女が本気を出したら……』
「理性で、感情を上回る。それが俺の戦い方だ。」
詩の瞳に、淡い光が宿る。
その光は静かで、けれどどこか燃えるような熱を含んでいた。




