ガチゲーマー始動
第1章 転生と契約
――現世・東京。
終電間際のオフィス。
蛍光灯の白い光が、書類の山に反射していた。
「……ふぅ。今日もまた、誰もいないな。」
大隅 詩、28歳。
中堅商社のシステム課に勤める、いわゆる“普通のサラリーマン”だ。
同僚は次々と転職し、上司は責任を押し付け、残ったのは彼だけ。
それでも詩は愚痴をこぼさず、地道に仕事をこなしてきた。
理由は一つ――**「現実を攻略するのも、ゲームみたいなもんだ」**と思っていたからだ。
家に帰れば、部屋の片隅にはモニターが三枚並ぶゲーム環境。
MMORPG、ローグライク、シミュレーション……あらゆるジャンルを遊び倒し、
「最適解」を見つけるのが、詩にとっての快楽だった。
特に好きなのは、**“ダンジョン運営シミュレーション”**というジャンル。
自分が魔王や支配者となり、資源を管理し、侵入者を罠に誘い込み、
魔物を配置して領域を守る――まさに戦略の極致。
詩はいつも独り言のように呟いていた。
「結局、現実も同じなんだよな。限られた資源をどう使うか。
誰を信じて、どこを捨てるか……全部“運営”だ。」
そんな詩にも、唯一の楽しみがあった。
帰り道に寄る、古びた喫茶店「ノクターン」。
店主の老婆はいつも笑って言う。
「詩くんは、ほんと静かな人だね。何を考えてるのか分からないよ。」
「ええ、考えてることはいつも似たようなことです。
“どうすれば、次はもっと上手くやれるか”――って。」
それが、彼の生き方だった。
仕事でも、趣味でも、感情でも、常に“最適解”を探す。
誰かに勝ちたいわけでもなく、ただ、より良い形を求めて。
その日も遅くまで残業して、ようやく帰宅の途についた。
雨が降り出していた。
ビルの光が滲み、アスファルトを銀色に染める。
そのとき、視界の端に何かが映った。
小さな影――震える猫だった。
車道の中央、動けずにいた。
詩は迷わなかった。
傘を捨て、鞄を放り投げ、濡れたアスファルトを駆け出した。
「動くなよ、大丈夫だ……!」
あと数メートル。手が届く。
その瞬間――ヘッドライトの光が視界を塗り潰した。
――暗闇。
『……汝の魂、ここに在り。』
耳に響く声。
身体がない。時間もない。ただ意識だけが漂っている。
「……俺は、死んだのか。」
『死とは、終わりにあらず。汝は選ばれた。
大隅 詩。お前の魂は、支配と構築の理に適している。』
「支配と……構築?」
『新たな世界にて、汝は“ダンジョンマスター”となる。
迷宮を築き、魔物を統べ、侵入者を試し、己が領域を拡げよ。』
詩は、かすかに笑った。
「……まるでゲームみたいだな。」
『然り。だが、命懸けの“運営”だ。』
「いいだろう。俺は、負けるのが嫌いなんだ。」
光が差し込む。
魂の奥に、魔法陣が刻まれていく――転生の契約印。
『ならば、誓え。“支配者”として生きることを。』
「誓う。
次の世界では、俺がルールを作る側に立つ。」
――異世界・地下迷宮。
目を開けると、岩壁の洞窟。
空気は湿り、天井から滴る水が、静かに音を立てている。
中央には青白く光る宝玉――ダンジョンコア。
詩の前に、透明なウィンドウが現れた。
《ダンジョンコア Lv.1》
所有者:大隅 詩
魔力残量:100/100
支配範囲:半径50メートル
召喚可能魔物:スライム、ゴブリン、バット
建築可能:岩壁・通路・罠(初級)
状態:安定
「……チュートリアル、ってわけか。」
どこか楽しそうに呟く。
その瞬間、背後から柔らかな声が降りた。
『お目覚めですか、主様。』
銀髪の少女――ダンジョン精霊・ミアが跪いていた。
その瞳はまるで湖の底のように澄んでいる。
「君は……」
『わたくしは、ダンジョンの守護精霊。
主様の魂より生まれた存在、ミアと申します。』
「ミアか。よろしく頼む。」
『主様。この世界には、他にも数多のダンジョンマスターが存在します。
彼らは領域を奪い合い、滅ぼし合い、生き残る者はわずかです。』
詩は口角をわずかに上げた。
「いいじゃないか。
競合が多い方が、やりがいがある。
俺は“運営”が得意なんだ。」
その笑みに、ミアは一瞬、驚いたように目を見開いた。
『……主様。まるで、この世界の理を知っているようです。』
「少しだけな。俺の世界でも、“支配のシミュレーション”ってのをやってたんだ。
ルールを学ぶのは、得意なんでね。」
そう言って、詩は静かに拳を握った。
現実でも、ゲームでも――彼は常に考え、構築し、最適解を探す生き方をしてきた。
それは今、異世界でも変わらない。
「さあ、ミア。始めよう。
俺たちの“ダンジョン運営”を。」
その瞬間、ダンジョンコアが眩い光を放つ。
支配の契約が完成した。
――新たな世界での“大隅 詩”の物語が、今、幕を開ける。




