シーズン1 第6話 スライムの森
バザンとゴードン、リリア、フィンは、再会を喜び合うのも束の間、村を馬車で下山していく途中で異変に気づいた。これまで見慣れたはずの風景が、まるで別世界のように変貌していたのだ。道の先には、鬱蒼と茂る見たことのない森が広がっている。その木々は禍々しいまでに生命力を放ち、根元からは怪しげな霧が立ち上っていた。
「こんな森、前はなかったはずだ…」
馬車が短剣の柄を握り直し、警戒心を強める。ゴードンも眉間に皺を寄せ、斧を肩に担ぎ直した。リリアは既に弓を構え、フィンの杖の先からは微かに魔力の光が揺らめいている。不穏な気配に、四人は自然と馬車を進み入れた。
森の中は、一歩足を踏み入れるごとに闇が深まり、湿った空気が肌をまとわりつく。そして、何よりも、誰かに見られているような感覚が、彼らの背筋を冷やした。しかし、辺りを見回しても、魔物の姿は見当たらない。
その時、リリアが「上よ!」と叫んだ。
見上げると、木々の枝から、青白い光を放つスライムが何体もぶら下がっていた。彼らが気づいた瞬間、スライムたちはまるで雨のように降り注ぎ、四人目掛けて襲いかかってきた。
「チッ、こんな小さなスライム、一撃で…」
ゴードンが斧を振るうが、スライムは簡単に攻撃を避ける。カイも剣を突き刺すが、刃はぬるりと滑り、手応えがない。リリアの矢も、フィンの初級魔法も、まるで効いていないかのようにスライムの体をすり抜けていく。
「下がって! みんな、後ろへ!」
フィンが焦ったように叫び、三人に後退を命じた。そして、彼が杖を高く掲げると、その先端から炎の奔流が放たれた。一斉に放たれた炎は、森を照らし、スライムの群れを焼き尽くす。だが、煙が晴れると、そこにはまだ生き残ったスライムがいた。
そして、信じられない光景が目の前で繰り広げられた。生き残ったスライムたちが、まるで意思を持っているかのように互いに引き寄せられ、みるみるうちに合体していく。液体状の体がうねり、筋肉が隆起し、やがて巨大なリザードスライムへと変貌したのだ。その姿は、まるで小さなドラゴンを思わせるほどだった。
リザードスライムは、口から粘性の液体攻撃を吐き出し、強靭な尻尾で辺りの木々をなぎ倒しながら、四人に襲いかかってきた。彼らの攻撃は驚くほど素早く、バザンたちはかわすのが精一杯だった。ゴードンの防御も、リリアの牽制も、フィンの魔法も、その巨大な体にはほとんど効果がない。
「このままではやられる…!」
フィンが絶望的な声を上げたその時、カイの脳裏に一つの策が閃いた。
「ゴードン! あの大木だ!」
バザンは、リザードスライムが通り過ぎたばかりの、ひときわ大きな木を指差した。ゴードンは意図を理解し、雄叫びを上げて大斧を振り回した。何度も何度も、斧の刃が大木に食い込む。リザードスライムが再び液体攻撃を放つが、間一髪でかわす。そして、ついに大木が轟音を立てて倒れた。
倒れた大木は、リザードスライムの動きを鈍らせ、その巨体を地面に縫い付けた。
「今だ、フィン!」
バザンの叫びに、フィンは迷わず杖を掲げた。渾身の力を込めて放たれた火炎魔法が、動けなくなったリザードスライムの体を包み込む。激しい炎が燃え上がり、森中に肉の焦げる匂いが充満する。リザードスライムは苦悶の叫びを上げ、やがて完全に燃え尽きて、絶命した。
四人は、息を切らしながら、焼け焦げたリザードスライムの残骸を見つめた。
「こんな魔物、今まで見たことがない…」
リリアが震える声で呟く。ゴードンも大きく息を吐き出し、信じられないといった表情で首を横に振った。
「一体、何なんだこれは? スライムが合体して、あんな化物になるなんて…」
フィンの言葉に、バザンの脳裏にある言葉がよぎった。
「…ダンジョンだ」
バザンは、村に現れた地下ダンジョンを思い出した。あの時と同じ、異様な気配、そして、見たことのない魔物たち。
「この森は、間違いなくダンジョンの影響を受けている。魔王が倒されてから、世界中に突如現れたダンジョン…あれが、世界のあちこちに変異を引き起こしているんだ」
フィンが顔色を変えて言った。「まさか…ダンジョンが、魔物たちの生態系まで変えてしまうなんて…」
平和になったはずの世界に、新たな脅威が迫っていた。それは、魔王の残党だけではない。ダンジョンの出現が、世界の根幹を揺るがし、未知なる魔物たちを生み出しているのだ。彼らの旅は、魔王の残党狩りだけでなく、この世界に起きている異変の真実を探る旅へと変わっていくことを、彼らはまだ知らなかった。