002 風使いの少女と入り口の町
本日2度目の投稿です
第一章 一話
ここは森の中。そこを歩いている1人の人間と1匹の猫。
「なあ、つくも、本当にねこでいいのか」
「おう、この姿はいいぞ。気に入った。体は液体のように柔らかい、狭い場所にもすっぽりだ。それに、臭いにも音にも敏感だ。おまけに夜目まで利く。さらにだ、この鋭い爪は木の上にも登れるし攻撃もできる。すごいぞこの生物は、神が作った最高傑作だ」
「うん、ねこは偉大だ。相手にこびないし我が道を行く。でも、誰からも恨まれない。私なんて、率先して下僕になりたいほどだ。うん、ねこはいい。私もねこの姿にしてもらえばよかったよ」
「……そっそうか。うん、ねこはすごいんだな」
ちなみにつくもの名前は、面倒だから「つくも」でいいというので「つくも」になった。
「ところで、この森に転生してからそろそろ10日ぐらいになるけど、まだ、人間のような生物に出会わないね。出てくるのは強そうな野獣ばっかりだよ。ああこの世界では魔物っていうんだっけ」
「ここは、この森の3分の2ぐらいの所だぞ。後10日も歩けば、町に行く道に出るはずだ」
「うわーまだまだだね。でも、町があるんだ。楽しみだな。どんな種族の人たちがいるんだろう。猫耳いるかなぁ~」
「猫耳は知らんが、いろいろな種族がいるぞ。ただ、遠くに離れてしまった種族も多いようだな」
「……どうしてそんなに詳しいの?」
「俺様は神様だぞ。この世界の情報にアクセスする権限があるぞ」
「確かに……で、遠くに離れた種族って……」
「きゃーぁぁぁー」
最後まで言う前に、突然、少女のような声の悲鳴が聞こえてきた。つくも(猫)を見ると「どうする」というように丸い目で私を見上げていた。
どうするか。この展開は、間違いなくお姫様を助けてお城に招待されるパターンだ。ここは、助けるの一択でしょう。
「つくも(猫)、場所分かる」
「距離50メートル、あっちだ」
猫が指さした、ん、猫前足指した?方向に向かって、『神装力第三権限貸与』の身体強化を両足にかけて一気に走り出す・・・と考えている間に、つくも(猫)が文字通り飛んで行った。
少し遅れて声がした場所に着くと、そこにはワゴン車ぐらいの大きさの猪に似た魔物が、折れた太い幹に挟まれて倒れていた。
どうやらつくも(猫)のねこパンチで吹っ飛ばされたようだ。
その10メートル手前には、やはりワゴン車ぐらいの大きさの馬車のような乗り物が車輪ごと横滑りした後があった。
左側のドアが陥没しているので、かなりの衝撃を横から受けたのだろう。
周りには、同じ大きさで同じ形をした木の箱が数十個散らばって地面に落ちていた。
そして、そこには、御者台に座ったままの姿で、猫と向き合い、びっくりした様子の……耳の形に特徴がある美少女がいた。
あの形の耳は、エルフだよな。
ぼんやりとそう思いながら、つい全身を観察してしまった。
エルフの少女の服装は、前の世界でいうとどこかの会社の制服のような感じだ。
スパッツの上は短めなスカートで、それがスッと伸びた太股を隠している。上着は森の中で動きやすいようにとシンプルなデザインだがおしゃれな作りになっていて、ほっそりとした体型によく似合っている。
靴は、森の中を動きやすいようにかスニーカーのような作りだ。そして、エルフの特徴的なややとがった耳は、かわいく整った容姿を引き立てていた。その少女は、容姿全体が森に溶け込みそうな、森の民だった。
少女は、猪型魔物を吹っ飛ばしたのが猫で、さらに「けがはないか」と話しかけられたことにびっくりしたようだ。
そして、あ、そうだったと思い出したように
「助けていただいてありがとうございました」
と、お礼の言葉を述べ、続けてこう言った。
「神獣様。そして、探求者様」
その少女の目は、もはや私達を自分が信じるものであることをひとかけらも疑っていない、無垢なものに見えた。
「えーと、神獣っていうのは、この猫のことかな。そして、探求者は、私のことかな」
「はい、言葉を操り会話ができる強獣はみな神獣様です。そして、神獣様と共にいるお方は、探求者様です。それが、この大陸の理です」
手を組みキラキラした目でそう語る美少女。
「……つくも(猫)さん、なにやってるの」
と、小声で猫に話しかける。
「すまん、ついうっかりだ。この世界の理を忘れていた。あの様子では、どうやら、おまえが探求者であることにした方がよさそうだな」
と、やはり小声で返してきた猫のイカ耳がかわいい。
「私の名前は、『サクラ』です。D級の案内人です。今は、配達の途中でした」
「サクラさんと言うんですか。花木の名前ですね。私は、『カナデ』といいます。この猫は『つくも』です。私たちは、近くの町に行きたいのですが、どうやら道に迷ってしまったようなのです」
「そうなんですか。ここは『大樹の森』の3層です。『入り口の町』までだと、歩けば15日はかかりますよ。もしよろしければ、私が町までご案内しますが……」
陥没したドアを見て
「ダメですね。『樹魔車両』のドアが壊れていて閉まりません。はあー、どうしましょう」
そう言って、ため息をついた。
「ドアが閉まらないと、この車両は動かないのですか」
と、私が聞くと、
「はい、このままでは『風の道』が使えないんです。あ、わたしは『風の加護』を授かっている案内人です」
詳しいことを聞くと変に思われそうなので、話を合わせることにした。
「もしかすると、私の身体強化で直せるかもしれないですね。やってみていいですか」
この世界は、人間も魔物を身体強化の魔法を使っていることはつくも(猫)が確認済みだ。
「はい、お願いします」
身体強化を指にかけて、陥没したドアを裏側から叩いてみた。車のボデーを直す板金の要領だ。
『神装力第三権限貸与』の身体強化なので、そうとう加減をしないと車ごと壊してしまうかもしれない。
「チョイチョイ、チョイっとな……」
と、人差し指で軽く叩いてみた。
ん、以外に堅いぞ。もう少し力を入れても良さそうだ。
「ねこパンチ、ふつうー」
拳で普通に叩いてみたら、少しずつへこみが直っていった。力加減を調節しながら、なんとか、ドアが閉まる程度に直すことができた。
「これでどうでしょう。何とかドアは閉まりました」
すぐ近くで私の作業をじっと見ていたサクラさんがぱっと笑顔になった。
「これで、風の道が使えます。町まで案内できそうです。よかったです」
私は、散らばった箱を見ながら
「荷物も散らばってしまいましたね。拾うの手伝いますね」
そう言って、近くに落ちているみかん箱ぐらいの大きさの箱を持ち上げた。
「はい、おねがいします」
サクラさんも、箱を持ち上げ樹魔車両に積み込むために歩きだした。
全ての箱を積み込むと、
「さあ、これで出発できます。つくも(猫)様、カナデ様、『ギンギツネ号』にどうぞ搭乗してください。入り口の町まで、この、D級案内人サクラがご案内します」
サクラさんは、にっこりと微笑み、どうぞと両手を樹魔車両の方に向けた。
「おじゃましまーす」
ギンギツネ号の外見は、馬車に似ている。外壁は、銀色のうろこのような物で覆われている。
きっと、何かの魔物素材なのだろう。車内は以外と広かった。荷物が積まれている部分は、座席としても利用できるようになっている。
いや、逆だ、本来は座席なのだろう。座席の背もたれが平になっている。リクライニングシートだ。
座席の座り心地はとてもよい。シートの布地は何だろう。その中身は何だろう。気になることがたくさんできた。
私が、座り心地を確かめていると、つくも(猫)がちょこんと座席に飛び乗ってきた。
前足で座席をフニフニと押しながら、ゴロゴロ喉を鳴らしている。気に入ったようだ。
「では、出発しますね。ペンテお願い」
サクラさんがそう言うと、駝鳥がふさふさになったような鳥型の魔物が走り出した。走る姿は駝鳥に似ている。
「2層までは、ペンテに頑張ってもらいます。2層に入ったら、風の道で高速移動しますね」
サクラさんが、風の道は、誰でも知っているでしょうと言うように話してくるので、そのままうなずく。
魔鳥が牽引する車両の中で、サクラさんにいろいろと教えてもらった。
車両は樹魔車両と呼ばれている。また、牽引している魔鳥は『賢魔鳥』と言う。とても、賢い魔鳥なので、この森ではなくてはならない存在とのことだ。
大樹の森には深度が10層あるらしい。
サクラさんと出会ったのが3層で、そこまでならD級案内人は入れるとのことだ。
10層には、『世界樹』が樹立しているらしい。らしいというのは、9層にある結界でその姿が見えないからだ。
深度は木の年輪のように広がっている。深度が深いほど幅が狭いがそこには強力な魔物が生息していて、B級案内人以上でないと入れない。
2層は、草原の所々に林がある地帯であり直線で150キロメートルほどだ。
1層は、一面の草原だ。しかし、その広さは広大で、真っ直ぐ進んでも200キロメートルほどの距離になる。なるほど、3層からだと歩けば15日ぐらいかかりそうだ。
周りの景色が明るくなってきた。こんもりとした森から、所々に草原が広がるアフリカのサバンナのような場所に出た。
「風の道を使いますね。だいたい3時間ぐらいで入り口の町に到着すると思います」
それから、思い出したように、
「それと、高速移動しますので、私は操縦に集中しなくてはいけないんです。すみません。」
と、申し訳なさそうに頭を下げた。
「では、旅を楽しんでくださいね」
サクラさんは右手を前に差し出した。
「世界樹の枝」
木の枝が右手に現れた。
その枝を、頭上にあげ、何もない空間を叩く仕草をする。
ビーン
空気が振動した。
「めざめよメーム」
キーン 空気が振動する。
「太古のメーム」
キーン 振動が魔方陣のように広がる。
「自我のメーム」
キーン 振動が樹魔を包み込む。
「ふるえよメーム ひとつになれ」
「ホスタンツァ ライエン」
そう言ってから、いつの間にか現れた木琴を鳴らす。
「シャラララーン」
木琴を左から右へ木の枝で打ち流したした。
すると、車輪だった部分が、12本の尖った触手に変形した。傘の骨のような感じだ。
「ギンギツネ号 高速形態よ」
木琴の奏でる音に合わせて、車軸の変形が始まった。
後ろの車軸がそり状に変形し、前の車軸がたたまれ翼のように平らな板が出てきた。
「風の道」
頭の上でクルクルッと世界樹の枝を回す。そこに風の渦ができた。
肩口で切りそろえられた髪が揺れ、ふわっとスカートが浮かび上がりパタパタしながらはためく。
その渦を、ポンと前に投げると、音もなく半透明の風の渦がスーと100メートル以上にわたって伸びていった。
そして、ギンギツネ号もその渦に包まれて静かに浮かび上がる。
車両を引いていた賢魔鳥も羽を広げた状態でいっしょに浮かび上がった。
「きれいだ」
思わず私はそうつぶやいていた。
半透明な風のトンネルのことか、それとも、前を見てキリッとした表情で集中するサクラさんの横顔のことか。
たぶん、両方だ。名前の色を持つ、桜色の髪の毛がやさしく揺らいでいた。
「ギンギツネ号出発よ」
高速移動なら、体が後ろに持っていかれるだろうと身構えたが、想像していた衝撃がこなかった。
ん、まだ出発していないのかなと窓の外を見ると、景色がすごい速さで後ろに流れていた。
まるで高速を走る車から見る車窓のようだった。時速80㎞ぐらいのスピードが出てる。
これが、異世界の魔法か。すごいな。ワクワクしてきた。
風の道の旅は快適だった。新幹線のグリーン席なみの乗り心地だ。
急に、空が広くなった。ギンギツネ号の周りには何もない。地平線が見える緑色の海に出た。
いや、海ではない。一面の草原だ。見渡す限り、草しかない。
「1層に出ました。速度を上げますね」
窓の外を流れる緑がぶれる。
「丁度、他の案内人達も帰還する時間帯なので、風の道が何本か見えますね」
緑の海の中を、半透明の風の渦が5本ぐらい浮かんでいる。
サクラさんの風の道は、その5本を追い越して、さらに加速していた。
町まであと1キロメートルのところで風の道を解除した。
今は、賢魔鳥がギンギツネ号を牽引している。なのでサクラさんとも会話ができるようになった。
「わかりました。神獣様も探求者様も、町では身分を伏せて置いた方がいいのですね。なら、神獣様は『ねこちゃん』でいいですか。かわいいのでそう呼ばせてください。探求者様は、『カナデ様』ですね」
「私のことは、『カナデ』でいいですよ」
「わかりました。カナデさんですね」
町は、高さが数メートルある木の壁で囲まれているようだ。
壁がかなり遠くまで続いているので終わりが分からない。
入り口は、樹魔車両や魔鳥車などの車両が出入りする場所になっている。みんな、車両に乗ったままだ。歩いている人はいない。
「サクラ様。お帰りなさい。今日は帰還にだいぶ時間がかかりましたね。何かありましたか」
入り口で門番に話しかけられた。
「はい、3層で『まっすぐ』に体当たりされ『ギンギツネ号』のドアが壊れてしまいました。それを直していたので時間がかかりました」
「それは大変でしたね。ところで、座席にいる方は、どなたですか。本日の業務は運搬だった気がするのですが」
「ええ、3層で、扉を直していただいた方です。どうやら、道に迷ったみたいなんです」
「大樹の森で迷うなんて……案内人は誰だったんですかね。分かりましたお通りください」
「ありがとうございます」
門を通り抜け、町の中に入った。エルフの町かと思い木の上の家を想像していたら、異世界物語に出てくる普通の町並みだった。
ただ、家は石造りよりも木造の方が多そうだ。
「私の家は、案内人ギルド本部の裏にあります。もうすぐです。ほら見えてきました。あの、建物の裏です」
案内人ギルド本部の前には、ギンギツネ号とよく似ているが、少しずつ色や形が違う樹魔車両が10台ほど停車していた。
ギンギツネ号は、そこには停車せずに、奥へと進んでいく。そこにはもう一つの家というよりは屋敷に近い建物が建っていた。
屋敷の前には、サクラさんと同じ形の耳を持つ成人男性と女性が少し心配した表情で立っていた。