018 ギンギツネ号と洩れた神力(2)
本日3回目の投稿です。
一章 十話(2)
ギンギツネ号の中は2人乗りで丁度よい大きさになっていた。
「こんな感じなんですがどうでしたか」
サクラさんが御者台から顔を出しにこにこしている。
「かっこいいです。ギンギツネ号最高です」
ギンギツネ号に乗り込むと、ドアは開けたまま固定し、直ぐに飛び出せるようにしておく。
「ギンギツネ号歩いて」
4本の触手が生き物のようにしなやかに動き出した。これが、樹魔の特長になる。樹魔は動くことができるのだ。これは木魔ではできない。
ギンギツネ号は地上からは1メートルほど浮いて進んでいるので、周りから見たら草の上をすべっているように見えるだろう。
一歩進む度に、外壁を覆った銀色のうろこが擦れ合うが、摩擦音がすることはない。職人技もあるだろうが、この素材自体が軽くて丈夫なのだろう。
ペンテは、歩行形態になったギンギツネ号の後ろをついてくる。首には結界の魔道具が掛かっている。
不意に襲われても1回は全身を守ってくれる。その時間があれば自分で逃げられるからだ。
「おかしいわ」
サクラさんが、御者台の上から辺りをキョロキョロ見ながらつぶやく。
「今日は魔物にまだ1度も合っていないわ」
ここは、5層である。脅威度Cレベルの魔物がちらほらと出てくる場所だ。しかも、ギンギツネ号は目立つので、好奇心からちょっかいを出してくる魔物もいるはずなのだ。
(つくも(猫)何かしてるの)
(ん、何もしてないぞ。結界も張っていないぞ)
後ろで丸くなっているつくも(猫)に念話で確認をしてみたが、特になにもしていないようだ。
魔物は相変わらす、姿も見せない。
「来ます」
神装力第三権限貸与の身体強化を感覚にかけておいた。それが反応した。
大きな魔物が一直線にこちらに向かって駆けてくる。猪型魔物『まっすぐ』だ。体長が3メートルはある大型だ。
「サクラさん、まっすぐです。どうします。私が排除しますか」
「いつもならギンギツネ号で排除できるけど、あのまっすぐちょっと変ね」
サクラさんが様子をうかがう。
その魔物は、目が真っ赤で、角が額に生えている……狂乱状態だ。
「狂乱状態です。私が排除します」
動こうとしたその時だった。
「火の玉」
まっすぐの側面から直径30センチぐらいの中型の火の玉が飛んできて、頭部に直撃した。
まっすぐの走る勢いが弱まる。小走りになりながら頭をブルブルと振って、頭部の炎を振り払う。
「身体強化 剛力」
体中の筋肉が盛り上がった、がっしりした体の男の冒険者が飛び出してきて、まっすぐの牙をつかむ。
「ふん」
その男は、牙をつかんだまま『まっすぐ』を首投げで横倒しにし、そのまま押さえ込む。
……10秒……まっすぐの動きが止まった。
「これで活動停止だ」
その男はそう言って、まっすぐの頭にそっと手を乗せた。
まっすぐの生命活動が全て止まった。
みごとな活動停止だった。きっと、高ランクの冒険者だ。
「マーレ、ありがとな。見事な牽制だったぞ」
「イグニスこそ、みごとな活動停止よ」
なんと、B級冒険者『風の森パーティー』の人たちだった。
「ん、なんだ、ギンギツネ号じゃないか。ということは、やっぱりカナデとサクラの嬢ちゃんか」
イグニスがニカッと笑った。
「でだ、こんな深い層で何やってるの」
おまえらC級だろが。と言う感じでイグニスが聞いてきた。
「千年樹の森に用事がありまして……」
私がつい言葉を濁して言うと、
「樹魔車両の『車軸』を見つけに行くんです」
サクラさんがすかさず本当のことを言ってくれた。
「2人でかい。護衛はいないのか」
イグニスが不思議そうに聞いてくる。
「はい、カナデさんがいますし、ギンギツネ号ですから5層の魔物なら相手になりませんので……2人だけです。はい……」
さすがに、サクラさんもC級2人には無理があったかと思い至ったようだ。
「なるほど、確かにそうだな。カナデがいるもんな。それに、ギンギツネ号だものな。うん、心配ないな」
イグニスが「うんうん」とうなづいている。単純なやつめ、でも、こういう人間は嫌いではない。
「だがよ、今日の森はちょっと変なんだよ。魔物がみんな怯えていて、気が弱いやつは狂乱状態になっちまう」
「そうなのよ。さっきのまっすぐも、いきなり狂乱状態になって駆けだしていくから追いかけていたのよ」
マーレさんが首をかしげる。
「もしかしたら、すげー強い魔物が近づいているかもしれないぞ。どうする、引き返すか」
「うーん」
私が悩んでいると、
(引き返さなくていいぞ。原因がわかった。俺様の神力が洩れていた)
つくも(猫)から念話が届いた。
「イグニスさん。アドバイスありがとうございます。でも、何とかなりそうなので、このまま千年樹の森に行きます」
私が自信ありげにそう言うと、
「そうか、おまえがそう言うなら心配はしねえぞ。マーレ行くぞ」
そう言って、イグニスは颯爽と立ち去った。うん、かっこいいぞ。
「すまん、カナデ。こいつ収納できる箱あるか」
へこへこ頭を下げて、イグニスが戻ってきた。
まあ、助けてはもらったので、特大の異次元収納箱を貸してやった。まっすぐ
を持ち帰るためだ。
他のパーティーメンバーが樹魔車両といっしょにすぐ来るということなので、そのまま2人を置き去りにして、ギンギツネ号は、颯爽と立ち去った。
3時間ぐらいたっただろうか。時速だと10㎞位のスピードなので30キロメートル位進んだはずだ。ギンギツネ号は、明らかに生態が違う森の中に入った。
そこは、あれほどうっそうとしていた植物はなくなり、下草をきれいに刈った整備された植林のような場所だった。
「着きました。ここが6層にある『千年樹の森』です」
サクラさんが御者台から周りを見回しながら、
「ギンギツネ号、止まって」
ギンギツネ号は静かに動かなくなった。
今の時間は11時頃だろう。
「魔物を警戒したので、ここまで休みなしできましたが…………結局全く合わずにここまで来ちゃいました。こんなこと初めてです」
サクラさんはギンギツネ号の御者台からピョンと飛び降り1歩2歩進んでから不思議そうにつぶやいた。
「でもまあ、おかげで予定よりもかなり早く着きました。丁度いいので、ここでお昼にしましょう」
本来なら、魔物と戦闘しながら進むので、ここには夕方頃着けばいいかという計画だった。もちろん、お昼なんて食べている余裕はなかったはずなのだ。
「サクラさん、その事なんですが、原因がわかりました。どうやら、つくも(猫)の神力が漏れ出ていたみたいなんです」
「ねこちゃんの神力ですか。なるほど、それじゃあ魔物達も怯えちゃいますね」
サクラさんが「うんうん」とうなづいている。もしかして、イグニスと同類なのだろうか……。
簡単なお昼を食べ、これからのことを相談する。
「その樹魔車両の車軸になる樹魔ってどうやって探すんですか」
「とりあえず、歩き回ります。すると、向こうからいろいろな反応をしてくるんです。例えば、枝で私たちの頭を叩こうとしたり、根を出して転ばそうとしたりするんです」
「いたずらしてくるんですね。でも、危ないですよね」
「はい、だからいたずらしてくるのにはお仕置きをします。まあ、こうやって蹴飛ばすんですけど」
サクラさんが蹴飛ばす真似をしながらテヘッと舌を出す。
「それで大人しくなるんですか」
「結構臆病なんです。だいたい静かになります。そうすると他の樹魔が同じようにブルブル震え出すんです」
サクラさんはそう言って体をぶるっと震わせてから、
「でも、その中に、震えもしないでじっとこちらを観察している樹魔がいるんです。わたしが探しているのは、そんな落ち着いていて強い樹魔です」
と言って、両拳を握り「ふんぬぅ」と気合いを入れた。
私とサクラさんとつくも(猫)で、かれこれ1時間近く森の中を歩き回っている。しかし、どうも様子が変なのだ。
「私の気のせいですか。みんなブルブル震えているように見えるんですが……」
「気のせいじゃないわ、わたしにも同じように見えているから……」
私たちが歩くと、いたずらをしてくるどころかみんな直立不動でブルブルと震え出すのだ。
(すまん、やはり俺様のせいだ)
つくも(猫)からすまなそうに念話がきた。
「どうやら樹魔達はつくも(猫)の力に怯えているみたいです」
隣で「うーん」と眉間にしわを寄せて悩んでいるサクラさんに話しかける。
「そうなんですか。困りましたね。ねこちゃん、その力もう少し弱められる」
「すまん、サクラ。これでもかなり押さえているんだよ」
つくも(猫)がテトテト走りながら申し訳なさそうに、しっぽを垂らした。
結局、その日は震えていない木を見つける事はできなかった。『千年樹の森』もかなり広いので、明日はもう少し奥まで行ってみることにした。
(つくも(猫)が制御できないなんてめずらしいね)
(昨日食べた何かが原因だな。猫の体なので、負荷がかかったようだ。なに、状態異常は直ぐに無効化できる。明日にはいつも通りだ)
(わかった。なら、安心だね。つくも(猫)本来、猫は食べたらいけない物が多いんだよ。気をつけてよ。それから、ちょっと太り過ぎだから、帰ったらダイエットだからね)
(……)
明日の投稿も3回になります。