013 試験官達の内緒話と探求者★
一章 七話 (三人称……かな)
ここは、試験の採点をする部屋である。そこには、3人の試験官が大きなテーブルに座りその作業をしている。
そのテーブルの側には、試験官を監視するための男が1人座っていた。
「トリコン様、何かいいことがあったのですか」
エレウレーシス連合王国の試験官『リザルト』が、ちょっと気になった程度に尋ねると、
「おや、そう見えたのかい。そうか、ぼくは嬉しそうなんだね。うん、何しろ21年ぶりだからね。楽しみなんだよ」
「なにが21年ぶりなんですか」
カロスト王国の試験官『エフォール』が尋ねた。
「記録の更新だよ」
何を言っているのかがよく分からないが、これ以上は聞いてはいけないと判断したのだろう。2人の試験官は、試験の採点作業に戻った。
「さて、それでは9番の採点に入りましょう。10番が棄権したので、これが最後の受験者になります」
アルエパ公国の試験官『ペイラー』が分厚く膨らんだ袋から紙の束を取り出した。
「9番は、よく覚えています。午後の実技で完璧な『活動停止』をやって見せた受験者ですよね」
エファールがうっとりした表情でつぶやいた。
「ええ、あれには、私もびっくりしました」
リザルトが隣でうなずいている。
「びっくりと言えば、試験が始まる前に『サルース』様がいきなり近寄ったこともびっくりですね」
ペイラーが作業の手を止めて話しに参加しだした。
「ええ、でもその後ゴーレムがいきなり『狂乱状態』になったので、きっとあれは『サルース』様なりに何かお考えがあったのでしょうね」
リザルトが考える仕草をする
「ええ、結果として、9番の彼は救われましたからね。さすがです」
エフォールがうっとりする。
「そうですね、あれが他の受験者と同じ通常状態だったら、彼が8分間の中で攻撃した時に、多分活動停止になっていたでしょう。
『狂乱状態』で、ランクが一つ上がっていたから、復活できたんだと思いますよ。ただ、他の受験者が彼と同じ内容で試験を受けたら、みんな恐怖で逃げだしていたでしょうがね」
ペイラーがやれやれといった表情で話をまとめた。
「さて、500問は、私とエフォールで採点します。応用問題は、ペイラーさんにお願いします。では、採点を始めますので、トリコン様私たちの監視をお願いします」
「ああ、わかったよ」
エルフとしては少し年齢を感じる白髪交じりの長い髪の毛をくるくると指で回しながらトリコンが答えた。その右肩には、白いフクロウが止まっていた。
シーンと静まりかえった室内に、採点するペンの音が……全く響いていなかった。
採点が始まった時から後数問で終わるというこの時まで……、3人の試験官達が顔を見合わせた。
緊張が走る。そう、間違えをチェックするペンの音が一度もしていないのだ。
「おい、じょうだんだろ」
「まさかね」
「でも、事実だ」
「満点だ……」
3人の声が重なった。
「それも、ご丁寧に5つの誤字を訂正してあるわ」
エフォールがあきれたように言った。
「おい、過去に満点の記録はあったか」
リザルトが焦ったように叫ぶ。
「今確認しているわ」
エフォールが、資料をすごい勢いでめくっていく。
「あったわ、21年前。えーと、ちがう。496点が最高よ。加点を入れての満点だわ」
加点とは、誤字の訂正だ。まず、あり得ないことだが、2人の最高点が同点だった時のためにトップ合格を決める判断材料にするための処置だ。
つまり、21年前の時は、496点が2人いたということだ。
「おい、と言うことは……満点は今回が初めてだぞ」
ペイラーが興奮している。
「おどろいたわね……あっ、トリコン様、記録更新てもしかして……」
エフォールがトリコン様を見ると、微笑んでトリコンがうなずいた。
「今年はね、筆記試験で2人の受験者が身体強化をしていたのさ。だから、つい、期待しちゃってね」
トリコンが照れ笑いをしながら髪の毛をくるくると回した。
「確かに最近の試験では身体強化をして筆記試験をしている受験者はいなかったですね……そもそも、なんで身体強化しないと満点が取れないような課題をC級の昇格試験でやっているのでしょうか」
リザルトが不思議そうにつぶやく。
「そうですよね、2時間近く身体強化を続けられる魔力をほとんどの冒険者は持っていませんよね。何ででしょう」
ペイラーも首をかしげる。
「それはね、それぐらいできないと、資格持ち風使いのパートナーにふさわしくないからだよ」
トリコン様が小さくつぶやいた言葉は、3人の試験官には届かなかった。
次に、応用問題のすりあわせが行われた。基本的な点数は、ペイラーがしている。後は、A評価にするかどうかだ。
「設問3は、Aプラス評価でいいわ。すごいわね、この考えにたどり着いたのは彼だけだわ」
採点が進み、最後の第10問だ。これは、答えればA判定になるサービス問題だ。
「ん、この『おもてなし』ってどういう意味だ」
リザルトが悩んでる。
「さあ、私も分からないわ。誰か知っている人いる」
エフォールが周りを見渡す。トリコン様を見る。首を横に振られた。
誰も知らなかった。
「この、入り口の町の一部だけで使われている言葉のようですね。意味がよく分からないので残念ですが減点です。B判定です」
サービス問題がまさかのB判定だった。
「では、9番の成績は、筆記試験が満点なのでA判定ですね。前回は496点、本来ならB判定だからね。完璧な満点は彼が初めてだ。それと、加点の扱いはどうしたらいいかね」
リザルトが他の2人を見る。
「同点の時の判断材料ですから、今回は該当しないですね。しかたないです」
ペイラーが残念そうだ。
「ただね、今後、まず考えられないが、満点が出た時に、歴代最高点が誰になるか……揉めないだろうか」
「確かに……」
全員が悩んでいると、
「Aプラスでいいんじゃないかな」
と、トリコン様が結論を出した。
「決まりだ。筆記試験はAプラスです。次に、応用問題ですがプラスもあるが減点もあるからA判定です。実技試験はAプラス判定でいいですね。そして、実績ですが……恐ろしいですね」
リザルトは、資料を見ながらいったん手を止めて他の2人を見る。
「ええ、たった3ヶ月で、素材集めの最高記録を全て塗り替えていますね。予算が底をつくなんて考えられないです」
ペイラーが続けて発言した。
「問題があった冒険者が更生して、すごい実績を上げています。そして、他のE級、D級の実力が跳ね上がっています」
エフォールも資料の続きを見て発言する。
「何か、画期的な効率化を行ったに違いないね。すごく、興味がわくね。ワクワクするよ」
今まで黙っていたトリコン様が話しに参加した。
「ふー……。みんな、いったん落ち着きましょう。では、実績は文句なくAプラスですね」
全員が異論はないとうなずいた。
「これで、全員の採点が終わりました。次に、今回のトップ合格ですが……今回は悩む必要ななさそうですね」
「ああ、そうだね。9番のカナデ君がトップ合格だね。しかも、歴代最高記録更新のおまけ付きだね」
トリコン様が宣言したのでこれで決定だ。
普通なら、これで採点の会議は終わりだ。しかし、試験官達の表情は浮かない。
「残る問題は……」
リザルトがつぶやく
「ああ、受験番号1番、ストラミア帝国受験者の『イローニャ』ですね。はあー」
ペイラーがため息をつく
「私、帰りたくなりました」
フェロンが泣きそうな顔になる。
「悩んでいても仕方がない。よい案がないかみんなで考えよう」
リザルトが前向きだ。
「その事なら心配しなくていいのだよ。今回は特別な事情があるのだよ。私が出るのだよ」
トリコン様がいる方から声がした……が、トリコン様の声ではなかった。
「え、『サルース』様が自ら動かれるのですか。本当ですか『神獣様』……」
入り口の町に籍を置き、大陸公認の探求者である『トリコン』様の守護者『サルース』様が、羽をパサッと広げてから閉じて、首をクルクルッと動かしたのだった。
(君が自分から進んで動くなんて、めずらしいね。風使いの少女のことが気になるのかな)
(それは、君も同じだろ。それにだ、あの黒髪の少年も気になるのだよ)
(そう言えば、模擬戦闘の時にわざわざ近くに行っていたね。何か感じたのかい)
(彼の力が気になったのだよ。彼の力は、私たちに近いのではと感じるのだよ)
(なるほどね。ならば、私たちが知らない新たな『神獣』が現れたのかもしれないね。ふふふ、楽しみだね)
2人の会話を3人の試験官が聞くことはなかった。それは、2人の会話が念話でおこなわれていたからだ。
その3日後、今回の試験結果について次のような通知が関係機関に正式な文書として送られた。
告 知
今回の試験結果については、探求者トリコン及びその守護者ルーサスが立会人となり厳正な審査がおこなわれた。よって、一切の不正がなく、この結果が全てであることを宣言する。
以上
本日は7話8話を3回で投稿する予定です。後の2回は、12時と5時頃になります。
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