011 努力の成果と親愛(1)
一章 六話(1)
いよいよ、昇格試験の日がやってきた。私は冒険者ギルド、サクラさんは案内人ギルドが会場だ。
朝食は、いつも案内人ギルドの食堂でいただいている。冒険者ギルドに併設された場所は、朝でも食事と言うよりお酒を飲みながら楽しく食べる場所になっている。当然、騒がしい。
案内人ギルドの食堂は、早朝から配達に向かうD級の案内人も食事をする場所なので、いつも静かだ。
それに、メニューも豊富で美味しい。名誉貴族であるサクラさん家族も普通にみんなと同じ料理を同じ場所で食べている。
ただ、こんな風景は、この入り口の町だけだそうだ。他の国に行くと、貴族と平民は身分でしっかりと分けられている。
ここが普通と思っていると大変な目に合うようだ。ラウネンさんの夜の講義でも注意するように言われている。
「ど、どうしましょう。私、すごく緊張してきました」
私からプレゼントされた桜色の万年筆を右手で握りしめ、左手で猫のしっぽを握りながら、サクラさんがオロオロしている。
小学校や中学校のような普通学校がないこの町では、試験は昇格試験ぐらいしかない。サクラさんにとっては初めての試験だ。緊張するのも無理はない。
「カナデさんは、ずいぶん落ち着いていますね。試験の経験があるのですか」
サクラ母のビオラさんが尋ねてきた。
「私の国には、学校がありましたので試験は常について回りました。だから、あまり緊張はしないですね」
私がそう答えると、
「何か、緊張を解くいい方法はありませんか……」
と、サクラさんが泣きそうな顔で懇願してきた。
うーんとしばらく考えてから、
「手のひらに『試験』と書いて、それを飲み込む真似をするのはどうでしょう。私の国で緊張した人が『人』と書いてそれをやっていました」
サクラさんが実践していたが、あまり効果はないようだった。残念。
まだ、アワアワしているサクラさんの顔を猫が「ニャッ」と鳴いてペロペロと舐めだした。すると、効果は絶大だった。サクラさんの緊張がすっと治まったのだ。ナイスだつくも(猫)。
「ねこちゃんお手柄よ」
ビオラ様からも褒められて、つくも(猫)もゴロゴロと満足そうだった。
朝食を食べ終わり、いよいよ私たちは試験会場に向かったのだ。歩いて5分だけど……。
冒険者ギルドの裏側には、広いグラウンドがある。新人冒険者がここでトレーニングを受けている。
その敷地内に室内運動場のような設備もある。ここは、結界が張れるようになっていて、魔物との戦闘シミュレーションの様なことができる。
この町に、普通学校は無い。だが、案内人でも冒険者でも、専門の教育を受けることができる専門学校のような機関は充実している。
試験は、その室内運動場がある建物で行われる。
ホールには、50人ぐらいの冒険者が集まっていた。同じD級なので、知っている顔もちらほらいた。しかし、知らない顔の方が多かった。
ラウネンさんから聞いた情報では、他国から試験を受けに来る人も多いらしい。特にスター冒険者の試験は、ここでしか実施されていない。
スター冒険者の試験を受ける受験者だけ、別室に案内された。50人の内10人位がスター冒険者の試験を受けるようだ。全員、知らない顔だった。
C級昇格試験は年1回行われるが、スター冒険者昇格試験は3年に1回しか行われない。そして、毎回1人か2人合格者が出ればすごいらしい。1人も合格しない回もめずらしくない。
試験官は、『エレウレーシス連合王国』『カロスト王国』『アルエパ公国』から1人ずつ選出される。
試験問題もその年の試験官が作っている。採点にも厳重な審査があり、一切の不正はできない仕組みになっている。
「それでは、これからC級スター冒険者昇格試験を始めます。試験は、我々3名が担当します」
エレウレーシス連合王国の試験官が宣言をする。
「試験は、午前に筆記試験、午後に実技試験を行います。どちらも身体強化の試験を兼ねています。他に、これまでの実績審査があります。筆記試験は、基礎問題が500問、応用問題が10問です。途中の休憩はありません。トイレに行く場合は、私たちとは別の監視員が付き添うことになりますので、ご了承ください」
カロスト王国の試験官が説明をする。
「午後の実技試験は、模擬戦闘になります。また、これまでの実績についてはすでに各国の関係機関から資料をいただいていますので、書類審査にになります」
アルエパ公国の試験官が説明をする。
「質問はございますか……なければ始めたいと思います。ああ、大事な説明を忘れていました。この試験の様子は、特別な方法で監視されています。不正があった場合はその場で失格になりますので、気をつけてください。では、やめと言うまで、問題を解いてください」
エレウレーシス連合王国の試験官が宣言する。
問題用紙が配られ試験が始まった。全て記述式で穴埋めはない。終わりの時間も教えられていない。
そもそも、時計が会場にない。なので時間配分がわからない。とにかく、どんどん解いていくしかなさそうだ。
基礎問題500問。問題を確認する時間を入れると1問15秒はかかるだろう。つまり、2時間近くかかる計算だ。
応用問題もある。時間がない。ラウネンさんから聞いた過去問の傾向から、この記述試験は、実は集中力と持久力と冷静な判断力が試されている……と、私は推測した。
そして、ラウネンさんには、
「そこまでしなくてもいいんじゃね」
と、あきれられたが、この日のために特別丈夫な万年筆を用意したのだ。
全身に神装力第三権限貸与の身体強化をかけて、2時間休みなく万年筆を動かしても体がぶれないようにする。
これで、安定した腕と手先の動きができるはずだ。
さあ、準備は万端だ。やはり、問題事態は簡単だ。真面目に勉強をしていれば答えられるものばかりだ。
私はリズムよく淡々と答えを書きこんでいった。
1時間30分ぐらいで全て書き終えることができた。
たぶんだが、満点だろう。
余裕があったので、誤字も二重線を引いて訂正しといてあげた。5つあった。
もしかしたら、これも採点される点数に入っているかもしれない。この試験は油断はできない。
次に応用問題に取りかかる。
基礎問題に2時間、応用問題に1時間の時間配分が設定されていたとしたら、後1時間30分時間がある。
1問あたり10分位時間がかけられそうだ。
応用問題は、苦戦した。設問をさらっと読んだだけでは、肝心な部分を答えないままの表面的な回答になってしまう。
例えばだ、次のような設問があった。
【問題3】
パートナーであるC級案内人が、ある商人から、次のような依頼を受けた場合、C級スター冒険者にはどのような支援ができますか。考えられる事を全て答えなさい。なお、出発は3日後である。
①1層で、脅威度D判定の魔物の魔石を 50個確保したい。
はっきり言って、この問題の答えに模範解答はない。
商人と言っても、大商人と小規模商人では、案内人の対応に差が出る。
また、D判定のどの魔物なのかが指定されていないので何を準備したらいいかが判断できない。
50個という数も曖昧だ。
兎型魔物『まちぼうけ』みたいなタイプの魔物だとしたら、並のC級冒険者なら、確保に3日はかかるはずだ。そうなると、野営の準備が必要だ。
つまり、この問題は、答えをいくらでも書ける。しかし、そんなことをしていたら他の問題に取りかかれない。だから、私はこう答えた。
【解答】
この依頼内容には、事前に確認しなければいけない事柄が多数あるので、もう一度案内人ギルド職員を交えて依頼主と交渉しましょう。
これが正解かは解らないが、この場面なら、私なら確実にこうアドバイスをするだろう。
私の予想は、30分ほど外れた。設定された時間は。3時間30分だった。だが、おかげで応用問題も全て私なりの考えを書くことができた。
最後の設問は、『あなたが大事にしている心情はなんですか』だった。
これはいわゆるサービス問題だ。何を書いても正解だ。案内人が心懸けることはこれにつきるのではないだろうか。
『おもてなしの心』だ、これで完璧のはずだ。
筆記試験は終了した。用紙は全部で30枚ある。全てに受験番号と氏名が書いてあることを確認して、用意されていた袋に入れて提出した。
ちなみに、私の受験番号は9番だ。
お昼はなんと、たっぷり2時間取れるようだ。
午後は、身体強化を使った模擬戦闘だが、過去の様子では、対人ではなくゴーレム型の魔道具との対戦だったはずだ。
さて、今年はどんな模擬戦闘になるのだろうか。
お昼も、案内人ギルドの食堂で食べる予定だ。サクラさんの試験の様子もきっとそこで聞けるだろう。
案内人ギルドの食堂は、受験者で混雑しているだろうと思っていたが、そんなことはなく、いつも通りの食堂の姿だった。そして、食堂には、いるだろうなと思っていた面々がそろっていた。
「カナデさん。お疲れ様でした。筆記試験はどうでしたか。わたしは、たぶんよい点が取れていると思います」
私を見つけたサクラさんが駆け寄ってくると、そう言って胸の前で両拳を握って2回ほど上下させた。自信がありそうだ。よかった。
本日12時頃 6話(2)の投稿をする予定です。