第8話 優等生の囲い込み作戦
翌日、私はソフィアの治癒魔法実技を見学した。
「では、ソフィアさん、お願いします」
レオンの指示で、ソフィアが魔法陣の前に立つ。
対象は、羽根に怪我をした小さな鳥。
学園の庭で保護したもので、右の翼が折れている。
「治癒魔法、開始」
ソフィアの手から淡い光が放たれる。
その光は鳥を包み込み、見る見るうちに傷が癒えていく。
光は美しく、まるで水面に映る月光のように柔らかい。
「すごい……」
私は思わず声を漏らした。
これまで何度か治癒魔法は見たことがあるけれど、これほど美しく、効果的な魔法は初めて。
鳥が元気に羽ばたいて、ソフィアの手のひらから飛び立っていく。
「理事長、どうですか?」
「素晴らしいですね。これは確かに全国レベルです」
レオンが誇らしそうに頷く。
「ソフィアさん、いつからこんなに上達したんですか?」
「え、あの……最近、集中して練習できるようになって……」
そうか、奨学金制度で経済的不安が解消されたからね。
家計の心配をしなくて良くなって、勉強に集中できるようになった。
これは完璧な投資回収のチャンス。
彼女を学園の看板にして、大々的に宣伝すれば入学希望者が殺到する。
まさに人材の有効活用よ。
「全国魔法コンクール、治癒魔法部門で優勝も夢じゃありませんね」
「ゆ、優勝……そんな」
ソフィアが慌てたように手を振る。
「大丈夫です。才能は十分にあります」
優勝でもしようものなら、「全国優勝者を輩出した学園」として大々的に宣伝できる。
これほど効果的な広告はないわ。
「ソフィアさん、提案があります」
私は彼女を理事長室に呼んだ。
「はい」
「あなたの才能を、学園全体のために活用させてもらえませんか?」
ソフィアが困惑した表情。
でも、これは学園の発展のために必要なことよ。
「具体的には、特別指導プログラムを組みます。専任の指導教師を付けて、全国コンクール出場を目指しましょう」
「全国コンクール……」
「はい。あなたなら絶対に上位入賞できます」
これは学園の宣伝になる。
優勝でもしようものなら、入学希望者が殺到するでしょう。
「でも、私にそんな……」
「大丈夫です。才能はあります。後は環境を整えるだけ」
私は準備していた計画書を見せた。
「週3回の特別指導、外部講師による理論指導、それに最新の魔法具も用意します」
「そんなに……でも、費用が……」
「全て学園負担です」
当然。
これは投資だから。
将来的な宣伝効果を考えれば、安いものよ。
「ただし、条件があります」
「条件?」
ここからが本当の囲い込み。
「学園案内のパンフレットやホームページに、あなたの写真と成績を掲載させてもらいます」
「はい」
「それに、入学説明会での模範演技、見学者への指導実演なども……」
完全に宣伝塔として活用する計画。
でも、なんでソフィアは嬉しそうな顔をしているの?
「理事長、ありがとうございます」
「え?」
「こんなに私のことを考えてくださって……」
あれ?
私はソフィアのことを考えているんじゃなくて、学園の宣伝のことを考えているのよ?
「私、絶対に頑張ります。学園の期待に応えられるよう……」
ソフィアの瞳が輝いている。
その純粋な表情を見ていると、なんだか罪悪感が……。
翌週から、ソフィアの特別指導が始まった。
「今日は基礎理論の復習からです」
担当に付けたのは、グリム先生と外部から招いた治癒魔法の専門家。
「ソフィアさんの魔法は感覚的に優れていますが、理論的な裏付けを強化すれば、さらに向上するでしょう」
専門家の先生が丁寧に指導している。
「なるほど……今まで、なんとなくやっていたことに、ちゃんと理由があるんですね」
ソフィアが目を輝かせて学んでいる。
私は見学しながら内心でほくそ笑んでいた。
「完璧。この調子で成長すれば、全国コンクール優勝も夢じゃない。そうすれば学園の名声は……」
でも、ソフィアの真剣に学ぶ姿を見ていると、なんだか複雑な気持ちになってくる。
「私、本当に彼女を利用しているだけなのかしら……」
そんな時、ソフィアが話しかけてきた。
「理事長、ありがとうございます」
「え?」
「こんなに丁寧に指導していただいて……夢みたいです」
ソフィアの純粋な笑顔。
「治癒魔法の理論を深く学べて、本当に楽しいです」
あ、あれ?
なんか罪悪感が……。
「私、将来は治癒魔法師になって、多くの人を助けたいんです」
「そう……良い夢ね」
「はい。だから、今回の機会を本当に大切にします」
ソフィアの真摯な態度。
これって、私が思っていた「利用」とは違う……。
特別指導が始まって数日後、予想外のことが起こった。
「理事長、他の生徒たちの様子が変わってきました」
レオンが報告にやってきた。
「どのように?」
「ソフィアさんの特別指導を見て、みんなのやる気が上がっているんです」
そうなの?
「特に、『自分も頑張れば、特別指導を受けられるかもしれない』という声が」
「他の生徒も?」
「はい。それで、提案なんですが……」
レオンが遠慮がちに続ける。
「他の分野でも、才能のある生徒に特別指導を……」
「他の分野?」
「はい。ハンスくんの魔法工学とか、エマさんの錬金術とか……」
ちょっと待って。
それじゃあ特別指導だらけになっちゃう。
費用も膨大になるし、「特別」じゃなくなる。
「でも、予算が……」
「少人数だから可能なんです。大規模校では絶対に真似できない、個別の才能育成」
また「少人数だからこそ」の話になった。
「確かに……検討してみましょう」
あれ?
ソフィア一人を看板にするつもりが、学園全体の教育方針になってる?
午後、ハンスが私のところにやってきた。
「理事長、お話があります」
「何でしょう、ハンスくん?」
「僕も……特別指導を受けたいです」
ハンスの真剣な表情。
「君の魔法工学の才能は確かに素晴らしいわね」
「はい。ソフィア先輩を見ていて、僕も頑張りたいって思いました」
「そう……」
「父さんからも聞いたんです。理事長が『一人一人の才能を大切にしたい』って言ってくださったって」
え?
私、そんなこと言ったっけ?
「僕、理論は苦手だけど、実技は得意です。でも、それだけじゃダメだと思うんです」
「どうして?」
「将来、魔法工学の分野で活躍するには、理論も実技も両方必要だから」
ハンスの成長した考え方に驚く。
「分かったわ。検討してみましょう」
でも、これってもう「優等生の囲い込み」じゃなくて、「全生徒の才能開発」になってない?
一週間後、私は全校集会でソフィアの特別指導について発表した。
「この度、ソフィア・ランツベルクさんが全国魔法コンクールに出場することになりました」
拍手が起こる。
ソフィアが照れたように頭を下げている。
「これに伴い、当学園では『才能伸長プログラム』を新設します」
生徒たちの表情が変わる。
「各分野で才能を示した生徒に、個別の特別指導を提供します」
「各分野って?」
「治癒魔法、攻撃魔法、防御魔法、錬金術、魔法工学、魔法史研究……全ての分野です」
生徒たちがざわめく。
「ただし、これは選ばれた一部の生徒だけの特権ではありません」
私は続けた。
「努力次第で、誰でも参加できます。そのために、定期的な才能発掘テストも実施します」
これで競争意識が生まれて、全体のレベルが向上する。
まさに一石二鳥……。
「理事長!」
ハンスが手を挙げる。
「僕も頑張って、特別指導を受けたいです!」
「私も!」
「僕も!」
次々と手が上がる。
みんなの目が輝いている。
あれ?
これって、生徒のやる気向上にはなったけど、ソフィアを特別扱いして看板にする計画とは違う……。
でも、みんなの輝く目を見ていると、これはこれで良いかも?
「頑張る気持ちがあれば、みんなにチャンスがあります」
私は自然に言葉を続けていた。
「一人一人の個性を大切にして、それぞれの才能を最大限に伸ばしていきましょう」
あれ?
これって私の本心?
集会後、ソフィアが話しかけてきた。
「理事長、ありがとうございます」
「どうして?」
「私だけじゃなくて、みんなにもチャンスを作ってくださって」
「それは……」
「最初は『私だけ特別扱いしてもらって申し訳ない』って思っていたんです。でも、みんなも頑張れるって知って、安心しました」
ソフィアの優しい笑顔。
「これで、みんなで一緒に成長できますね」
あ……そうか。
ソフィアは最初から、自分だけが特別扱いされることに罪悪感を感じていたのね。
私が思っていた「囲い込み」とは、全然違う受け取り方をしていた。
その夜、私は一人で考え込んでいた。
「また計画が変わってしまった……」
ソフィア一人を看板にして宣伝に利用するつもりが、学園全体の才能育成プログラムになってしまった。
「でも、これって教育的には良いことよね」
生徒のやる気は向上したし、学園全体のレベルアップにもつながる。でも、費用が……。
「一人を特別扱いするより、みんなの才能を伸ばす方が良いのかも」
なんか、また良い理事長みたいなことを考えてしまった。
そもそも、ソフィアの純粋な笑顔を見ていると、「利用」なんて言葉が申し訳なくなる。
彼女は本当に治癒魔法を愛していて、人を助けたいという純粋な気持ちで頑張っている。
「私、本当は彼女を応援したいのかしら?」
そこにマリアがやってきた。
「理事長、落ちこぼれ対策の件でご相談が……」
「落ちこぼれ対策?」
「はい。優秀な生徒の特別指導は決まりましたが、逆に勉強についていけない生徒への対策も……」
そうね。
才能ある生徒だけじゃなく、困っている生徒も助けなければ。
「具体的には?」
「成績不振の生徒への補習制度、学習方法の個別指導、心理的サポートなど……」
また教育の質向上につながる提案ね。
今度こそ、落ちこぼれを有効活用……じゃなくて、支援してあげましょう。
でも、私、本当に何がしたいのかしら?