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私は魔法学園の問題理事長です  作者: ゆうきちひろ
第1部 破綻からの出発編
7/11

第7話 競合他校との価格競争

「理事長、大変です!」


 翌朝、レオンが血相を変えて飛び込んできた。


「どうしたんですか?」

「ライバル校が大幅な学費値下げを発表しました」

「値下げ? どの程度の?」

「30%です」


 30%……それは相当な値下げね。


「セントラル魔法学園です。学費を年額150万ガルドから105万ガルドに引き下げると」


 セントラル魔法学園。

 うちから車で30分の距離にある、規模の大きな私立校。

 設備も立派で、生徒数もうちの3倍はある。

 資本力も十分な、まさに強敵よ。


「理由は何と?」

「『より多くの生徒に質の高い魔法教育を』だそうです」


 建前ね。

 本当の理由は、うちの学園の評判上昇への対抗策でしょう。

 新聞記事の掲載前だから、きっと業界内の噂を聞きつけたのね。


「それで、影響は?」

「既に数件の問い合わせ取り消しがありました。『やっぱりセントラルにする』と……」


 これは本格的な価格戦争の開始ね。

 でも、私には秘策がある。


 前世で学んだマーケティング理論の出番よ。

 価格競争は体力勝負。

 資本力で負ける小規模校が勝つには、別の戦略が必要なの。


「分かりました。対抗措置を取りましょう」

「値下げですか?」

「いえ、値上げです」


 あれ?

 自分で言っといてなんだけど、『値上げ』って言葉が出てきた。


 レオンとマリアが同時に振り返る。


「値上げ? 理事長、それは……」


 マリアが困惑している。

 まあ、普通はそう思うわよね。


「価格競争には参加しません。代わりに、付加価値で勝負します」


 私は前世で学んだマーケティング理論を思い出していた。


「安売り競争は消耗戦です。最終的には、資本力のある大手が勝つ。うちのような小規模校が勝つには、差別化しかありません」

「差別化……」

「そう。他校では絶対に真似できない、うちだけの付加価値を提供するんです」


 レオンが身を乗り出す。


「具体的には?」

「まず、完全個別指導制度。一人の教師が担当する生徒数を最大8名に制限します」

「8名?」

「他校は一クラス30名。うちは8名。これだけでも圧倒的な差別化です」

「でも……」

「教師一人当たりの生徒数を制限することで、きめ細かい指導が可能になります」


 マリアが心配そうに口を挟む。


「でも、それだと人件費が……」

「必要な投資です。教育の質で勝負するなら、コストを惜しんではいけません」


 実際は、8名制限にすることで必要教師数を計算したら、現在の教師陣でギリギリ回せることが分かったの。

 つまり、追加の人件費はそれほどかからない。

 

「次に、進路保証制度」

「進路保証?」

「卒業時に希望する進路に進めなかった場合、追加指導を無料で行います。1年間、完全サポートです」


 これも本来は「落第者をなくして評判を守る」つもりだったんだけど……。

 でも、保護者から見れば「少人数の贅沢な教育」に見える。これぞマーケティングの妙技よ。



 翌日、緊急保護者説明会を開催した。


「この度のセントラル校の値下げについて、ご質問をいただいております」


 集まった保護者の表情は複雑。

 値下げの魅力と、うちの学園への愛着の間で揺れているのが分かる。


「率直に申し上げます。当学園は値下げ競争には参加いたしません」


 ざわめきが起こる。

 やっぱり驚くわよね。


「代わりに、教育の質で勝負させていただきます」


 私は準備したプレゼン資料を示した。


「まず、来年度から導入する『完全個別指導制度』です」


 スクリーンに表示されたのは、少人数クラスの写真。


「一人の教師が担当する生徒数を8名以下に制限し、一人一人の個性と能力に合わせた指導を行います」


 保護者の一人が手を挙げる。


「それは素晴らしいですが、人件費が増えて、結果的に学費値上げになるのでは?」


 鋭い質問ね。

 でも、準備済みよ。


「確かに人件費は増加します。しかし、それは必要な投資です」


 私は堂々と答えた。


「お子さんの将来への投資として、私たちは最高の教育環境を提供したいんです」


 なんか、本当に教育者っぽいことを言ってしまった……。


「8名の少人数クラスなら、一人一人の理解度を確実に把握できます。つまづいている生徒を見逃すことがありません」


 これは事実ね。

 でも、本来の目的は効率化だったのに……。


「さらに、進路保証制度も導入します」

「進路保証?」

「はい。卒業時に希望する進路に進めなかった場合、1年間無料で追加指導を行います」


 保護者たちがざわめく。


「つまり、責任を持って生徒を送り出すということです」


 別の保護者が質問する。


「でも、セントラル校の105万ガルドと比べると……」

「価格だけで教育を選ばれますか?」


 私は真剣な表情で問いかけた。


「お子さんの人生は一度きりです。その大切な時期に、本当に質の高い教育を受けさせてあげたくありませんか?」


 あれ?

 これって、私の本心かも……。



 午後、私はグリム先生と話し合った。


「理事長の方針、素晴らしいと思います」

「ありがとうございます」

「でも、正直に言うと不安もあります」

「どのような?」

「8名の少人数クラス……本当に一人一人に向き合った指導ができるでしょうか?」


 グリム先生の真剣な表情。


「これまでも精一杯やってきたつもりですが、30名のクラスでは限界がありました」

「はい」

「でも、8名なら...本当に理想的な教育ができるかもしれません」


 グリム先生の目が輝いている。


「ただし、それだけの責任も感じます。一人一人の成長に、これまで以上に責任を持たなければ」

「先生なら大丈夫です」

「ありがとうございます。頑張ります」


 あれ?

 これって、教師のモチベーション向上にもなるのね。

 計算では人件費削減のはずだったのに、なんで教育の質向上になってるの?


 若手の女性教師も興奮して話しかけてきた。


「理事長、8名クラスなら本当にきめ細かい指導ができますね」

「ええ」

「一人一人の魔法の癖も把握できるし、個別の課題も設定できます」

「そうですね」

「これまでできなかった理想の教育が、ようやく実現できそうです」


 みんな、なんでこんなに嬉しそうなの?



 説明会から一週間後、マリアが報告にやってきた。


「理事長、驚くべき結果です」

「どうでした?」

「入学取り消しは、たったの2件でした」

「2件だけ?」

「はい。それどころか...」


 マリアが興奮した様子で続ける。


「新規の入学希望が15件も来ています」

「15件?」

「『個別指導制度に魅力を感じた』『セントラル校より質の高い教育を期待している』という声が多数」


 これは予想外。

 価格で負けても、価値で勝ったということ?


「それに、既存の保護者からも反響が……」

「どのような?」

「『多少学費が高くても、子供のためになるなら』『うちの学園を選んで良かった』という声が」


 レオンも嬉しそうに報告する。


「生徒たちの反応も良好です。『8人クラスになったら、もっと質問しやすくなる』『先生との距離が近くなりそう』と」


 ソフィアが代表して言いに来てくれた。


「理事長、ありがとうございます。私たち一人一人を大切にしてくださって」

「いえ、それは……」


 あれ?

 なんで私が感謝されているの?

 私は価格競争を避けて利益を守ろうとしただけなのに、なんで教育の質向上になってるのよ?


 ハンスも嬉しそうに話しかけてきた。


「理事長、僕、8人クラスになったら絶対に理論も頑張ります」

「そう……良かったわね」

「はい! 先生にもっと質問できるし、実習でも細かく教えてもらえそうです」


 生徒たちの輝く目を見ていると、なんだか胸が温かくなる。

 これって……教育者としての喜び?


 でも私は悪徳理事長のはずなのに。



 その夜、私は混乱していた。


「また、搾取に失敗した...」


 価格競争を避けて利益を確保するつもりが、教育の質向上で差別化を図ることになってしまった。


「でも、結果的には学園の評価が上がった」


 これは良いことなんだけど、私の悪徳理事長計画はどこへ行ったのよ?


「セントラル校の値下げ攻勢を跳ね返した」


 でも、それは私が本当に良い教育を提供しようとしたから?


「なんで私の計画は、いつも教育愛に変換されてしまうの?」


 そこにレオンがやってきた。


「理事長、ソフィアの件でご相談が……」

「ソフィアの?」

「はい。彼女の治癒魔法の才能、本当に素晴らしいんです。全国コンクールに出場させてはどうでしょうか?」


 全国コンクール?

 これは学園の宣伝になるわ。


「面白いですね。検討してみましょう」


 今度こそ、優秀な生徒を看板として利用してやるわ!


 ……でも、ソフィアの真剣な表情を思い出すと、利用って言葉が重く感じる。


 私、本当は何がしたいのかしら?

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