第4話 設備投資は将来への投資?
翌朝、私は学園の施設を視察して回った。
そして、愕然とした。
「これ……大丈夫なんですか?」
魔法実習室の床は所々剥がれ、壁には亀裂が走っている。魔法陣も薄くなって、ところどころ消えかかっている。
これじゃあ魔法の制御に失敗したら、本当に事故が起きそう。
「ええ、まあ……なんとか」
案内してくれたレオンの声に自信がない。
「でも、先月も小さな爆発事故がありまして……」
「爆発?」
「はい。幸い怪我人は出ませんでしたが、安全魔法陣の反応が遅れて……」
これは危険すぎる。
いくら私が悪徳理事長になりたくても、生徒に怪我をさせるわけにはいかない。
「図書館も見せてください」
移動すると、今度は別の問題が……。
古い本が虫に食われ、魔法で保存されているはずの書物も劣化が激しい。
「予算が足りなくて、保存魔法の更新ができていないんです」
アルフレッド館長が申し訳なさそうに言う。
60年この学園にいるという彼の顔には、深い悲しみが浮かんでいる。
「この本は学園創立時からの貴重な資料なのですが……」
手に取った魔法理論書は、表紙がボロボロに崩れていた。
これは……確かに設備投資が必要ね。
でも、これは絶好のチャンス。設備投資こそ、搾取の絶好の機会よ。
豪華で見栄えの良い設備を作って、保護者に「うちの学園はこんなに立派です」とアピール。
そうすれば学費の値上げも正当化できるし、入学希望者も増える。
「まず、魔法実習室を最新設備に改装します」
午後、マリアと工事業者との打ち合わせをしていた。
「予算はどの程度で?」
「1000万ガルドで」
「せ、1000万?」
マリアが青ざめる。
「高級魔法石を使った実習台、最新の安全魔法陣、それに見学者用の特別席も設置します」
本当は安全性が第一だけど、見学者用席は完全に見栄のため。
これで「立派な学園」をアピールするのよ。
「理事長、予算が……」
「大丈夫です。これは投資ですから」
そう、投資。将来的に学費値上げで回収するの。
保護者たちが「こんな立派な設備なら学費が高くても仕方ない」と思うような、豪華絢爛な実習室を作るのよ。
「この工事、うちにやらせてもらえませんか?」
突然現れたのは、がっしりした体格の男性。見覚えがある顔だけど……。
「息子がいつもお世話になっていまして……」
ああ、ハンスの父親ね。
確か職人をやっているとか。
「でも、これだけの規模の工事は……」
アリスが尋ねる。
「大丈夫です。仲間を集めて、必ず良い仕事をします」
ハンスの父親の目が真剣だった。
「それに……正直に言うと、最近仕事が少なくて。この工事を任せてもらえれば、本当に助かります」
これは好都合ね。
地元の職人を使えば、コストも抑えられるし、地域との関係も良くなる。
何より、ハンスの成績向上にも繋がりそう。
「分かりました。お任せします」
「ありがとうございます! 必ず、息子が誇れる学園にします」
あれ?
なんかまた良い話になってしまってない?
でも大丈夫。
私の目的は豪華な設備で学費を値上げすることよ。
工事が始まると、予想以上のことが起こった。
ハンスの父親は、確かに腕の良い職人だった。
でも、それだけじゃない。
「理事長、ここの魔法陣の配置、もう少し変更した方が良いと思うんです」
「え?」
「息子から聞いたんですが、生徒たちがよく躓く場所があるって。安全性を考えると...」
職人の視点と生徒の視点、両方から改良案を提案してくる。
これは私一人では思いつかなかった。
「それに、この素材なんですが...同じ機能で、もっと安い代替品があります」
「でも、品質は大丈夫なの?」
「品質は同じです。見た目も変わりません。ただ、産地が違うだけで」
コスト削減まで提案してくれる。
これで予算内に収まりそう。
でも、これって搾取じゃなくて、普通に良い工事よね?
「あと、息子が『図書館の保存魔法陣も古い』って言ってまして」
「あ、それは別の案件で……」
「予算に余裕があるなら、一緒にやらせてもらえませんか? 材料費だけで」
え?
材料費だけ?
「学園のためですから。息子には本当にお世話になっているので」
なんて良い人なの……私、また人の善意に甘えてしまっている。
工事期間中、生徒たちも興味深そうに見学していた。
「父さん、すごいな!」
ハンスが誇らしそうに父親の仕事を見ている。
「ハンス、お前もこの道に進むか?」
「うーん……魔法工学っていう分野もあるって聞いたんだ。魔法と技術を組み合わせる」
「そうか、それも面白そうだな」
親子の会話を聞いていると、なんだか温かい気持ちになる。
そういえば、私には家族なんていなかったな……前世も今世も。
1ヶ月後、新しい魔法実習室が完成した。
「すごい……」
生徒たちが感嘆の声を上げる。
確かに立派になった。
でも、豪華すぎるというわけではない。
機能的で、安全で、そして美しい。
「安全魔法陣も最新式ですから、もう爆発事故の心配はありません」
レオンが嬉しそうに説明する。
「この実習台は魔法感知機能付きです。生徒の魔法レベルを自動測定して、最適な指導ができます」
最新機能?
そんなのオーダーしたっけ?
「あ、それは息子からのアイデアで……勝手に追加してしまいました。申し訳ありません」
ハンスの父親が照れたように言う。
「でも、追加料金は頂きません。息子がお世話になっているお礼です」
なんて良い人なの?
「それに、図書館の保存魔法陣も無料で更新させていただきました」
「え? それも?」
「学園のためですから」
また、人の善意に助けられてしまった……。
「理事長、これで実習の効率が格段に上がります」
ソフィアが嬉しそうに新しい実習台を触っている。
「治癒魔法の練習も、より安全にできますね」
確かに、これまでとは比べ物にならないほど充実した設備。
生徒たちの学習意欲も明らかに向上している。
でも……これって私の目的だった「豪華な設備で学費値上げ」とは違うのよね。
むしろ、教育の質が向上してしまった。
その夜、理事長室で一人、私は考えていた。
「また失敗した……」
確かに設備は良くなった。生徒の学習効率も上がるでしょう。
でも、これって投資としては微妙よね?
予算内で収まったから学費値上げの理由もないし、地元職人を使ったから地域からの評判も良い。
「なんで私の搾取計画は、いつも社会貢献になってしまうの?」
でも、生徒たちの嬉しそうな顔を思い出すと……。
「次は教師の待遇よ。今度こそ、本当に搾取してやる」
そこにマリアがやってきた。
「理事長、王立学院から設備見学の申し込みが……」
王立学院?
あの名門校が?
「『アルトハイム魔法学園の革新的な教育設備を拝見したい』とのことで……」
革新的?
私の設備が?
「それと、近隣の3つの学園からも同様の申し込みが……」
え?
そんなに注目されているの?
「それともう一つ、教職員の件ですが……」
そうそう、次は人件費の削減よ。
今度こそ上手くいくはず……。
私はまだ諦めていない。
絶対に悪徳理事長になってやるんだから!