第3話 奨学金という名の搾取システム
「ソフィア・ランツベルクさんですね」
私の前に座っているのは、16歳の少女。水色の髪に青い瞳、清楚で品のある顔立ち。
でも、その表情は不安に満ちている。
「はい……」
「学費の件でお呼びしたのですが」
「申し訳ございません。来月には必ず……」
ソフィアの声が震えている。
マリアから聞いた話では、彼女の家は平民で、両親が体調を崩して働けなくなったとか。
それで学費の支払いが滞っているらしい。
「成績を見させていただきましたが……治癒魔法で全学年トップですね」
「は、はい」
「素晴らしい才能です」
でも、才能があっても学費が払えなければ退学。
これまでの理事長なら、容赦なく退学処分にしていただろう。
でも、私は違う。
私は悪徳理事長だから、もっと巧妙にやるのよ。
優秀な生徒を借金で縛る。
これは現代日本でもよくある手法ね。
奨学金という名目で金を貸し、卒業後に高い利息を付けて回収する。
さらに、その生徒が活躍すれば学園の宣伝になるし、感謝の気持ちで寄付もしてくれるでしょう。
一石三鳥の完璧な搾取システムよ。
「ソフィアさん、提案があります」
「え?」
「新しい奨学金制度を作ろうと思うんです。あなたが第一号になってもらえませんか?」
ソフィアの目が輝く。
でも、これから私が言うことを聞いたら、どんな反応をするかしら。
「奨学金の条件をご説明します」
私は書類を取り出した。
昨夜、入念に設計した「搾取システム」の詳細。
「まず、学費は全額免除」
「ぜ、全額……」
「さらに、生活費として月3万ガルドを支給します」
「え? でも、利息は……」
「利息? ああ、それについては成績次第ですね」
ソフィアが身を乗り出す。
「成績が学年上位10%を維持できれば、無利息。卒業時に成績が上位5%なら、返済も免除です」
「返済……免除?」
「ただし」
ここがポイント。
「卒業後、5年間は当学園の宣伝活動にご協力いただきます。年に数回、母校での講演や、学園案内への出演など」
これで彼女を5年間縛り付けて、宣伝塔として活用する。
完璧な計画ね。
「そ、それだけで……いいんですか?」
なんでそんなに驚いているの?
これは十分搾取的でしょう?
成績上位を維持させることで、必死に勉強させて学園の実績を上げさせる。
卒業後は5年間無償で宣伝活動をさせる。
どう考えても私の方が得じゃない。
「はい、それだけです。いかがでしょうか?」
「あ、ありがとうございます!」
ソフィアが涙を流している。
「こんな条件の良い奨学金、聞いたことがありません。私、絶対に期待に応えます!」
あれ?
そんな泣かなくても……。
私、なんか悪いことをしているような気分になってきた……。
でも大丈夫よ。
悪徳理事長なんだし、これは立派な投資よ。優秀な人材を確保して、将来的に学園の価値を高めるのだから。
翌日、私はマリアと制度の詳細を詰めていた。
「理事長、この制度は……」
マリアが困ったような顔をしている。
「問題がありますか?」
「いえ、問題というか……これ、完全に給付型奨学金ですよね?」
「そうですが?」
「つまり、ソフィアさんの場合、学園側にはほとんど利益がないと……」
あっ、そう言われてみれば……。
成績上位5%で返済免除って、ソフィアの能力なら余裕でクリアしそうだし。
宣伝活動だって、年に数回程度じゃ大した負担にもならない。
「でも、優秀な生徒を確保できます。それに、卒業後の宣伝効果も……」
「確かにそうですが、これだけ条件が良いと、他の生徒も同じ制度を求めてくるのでは?」
マリアの指摘はもっともだった。
でも、もうソフィア本人にも言ってしまったし……。
「大丈夫です。財政的な問題は、他の方法で解決しますから」
なんとかなるでしょう。
きっと……。
午後、全校集会で新制度を発表した。
「新しい奨学金制度を設立します」
講堂に集まった生徒たちがざわめく。この学園の生徒数は全校で120名程度。みんな身を乗り出している。
「対象は家計状況が困難で、かつ成績優秀な生徒。学費全額免除に加え、生活費も支給します」
どよめきが大きくなる。
「ただし、厳格な審査があります。成績、人物、将来性、全てを総合的に判断します」
本当は、困っている生徒全員から搾取したい。
でも、財政的にそれは無理。
だから、審査という名目で……。
「詳細は後日発表しますが、まずはソフィア・ランツベルクさんが第一号として承認されました」
拍手が起こる。
ソフィアが涙を流している。
でも、なんで私まで涙が出そうになっているの?
私は悪徳理事長のはずなのに。
「質問はありますか?」
一人の男子生徒が手を挙げた。
ハンス・ミューラー、3年生。職人の息子で、火魔法が得意だけど理論は苦手な生徒。
「僕みたいに成績が良くない生徒でも、何か支援制度はありますか?」
うーん、これは想定外の質問ね。
「ハンスさんは確か、実技の成績が優秀でしたね」
「はい、でも筆記試験が……」
「では、実技特待生制度も検討しましょう。学園には多様な才能が必要ですから」
あ、また余計なことを言ってしまった。
でも、ハンスの嬉しそうな顔を見ていると、悪い気はしない。
集会後、教職員室でレオンが興奮して話しかけてきた。
「理事長、素晴らしい制度です」
「これで、経済的理由で退学する生徒を減らせます」
「ええ、まあ……そうですね」
「でも、財政面は大丈夫でしょうか?」
そこなのよ、問題は。
「他の収益向上策と合わせて実行しますから」
「流石です。こんな制度を思いつくなんて……」
レオンの尊敬の眼差しが痛い。
私、別に立派なことをしているつもりじゃないのに。
1週間後、制度の効果が早くも現れ始めた。
ソフィアの成績がさらに向上している。これまでも優秀だったけど、今度は必死さが違う。
「私、絶対に期待に応えます」
彼女の目には強い決意が宿っている。
「でも、無理はしないでくださいね」
「大丈夫です。こんなに恵まれた環境で学べるなんて、夢みたいですから」
そんなソフィアを見ていると、なんだか胸が温かくなる。
これって……もしかして、教育者としての喜び?
でも私は悪徳理事長のはずなのに。
その夜、私は再び一人で理事長室にいた。
「また失敗した……」
奨学金制度は確かに学園の宣伝になるし、優秀な生徒を確保できる。
でも、これって普通に良い制度よね?
「搾取のつもりが、また社会貢献になってしまった」
でも、ソフィアの笑顔を思い出すと、悪い気はしない。
「次こそは……次こそは本当に搾取してやる」
そんな時、マリアがドアをノックした。
「理事長、他校からの問い合わせが殺到しています。制度の詳細を教えてほしいと……」
えっ、もうそんなに話が広がったの?
「王立魔法学院からも、『参考にしたい』という連絡が……」
あの名門校が?
私の制度に興味を?
「それと、設備投資の件ですが……」
あ、そうそう。次は設備で搾取よ。
今度こそ上手くいくはず……。
私はまだ諦めていない。
必ず悪徳理事長になってやるんだから!