第20話 第一期決算という収穫の時
1年間の集大成の日。
私は理事長室で、マリアが準備した決算資料と向き合っていた。
「では、第1年度の経営成果を発表します」
マリアが緊張した面持ちで資料を開く。
「まず、財務面から」
私も緊張している。
果たして1年間の「搾取」はどれだけ成功したのか?
「収入総額:3,200万ガルド(前年比180%)」
180%増……かなりの増収。
「支出総額:2,800万ガルド(前年比160%)」
支出も増えているが、収入の増加率の方が高い。
「純利益:400万ガルド(前年比300%)」
300%増の利益?
これは予想以上の成果。
「借入金残高:1億5,000万ガルド(前年比75%、2億ガルドから25%減)」
借金も着実に減少している。
「つまり、財政的には大幅な改善ということですね」
数字だけ見れば、確かに「搾取」に成功している。
「次に、教育指標です」
「在籍生徒数:145名(前年比220%)」
生徒数が倍以上に増加。
「退学者数:2名(前年比10%)」
退学者は激減。
「全国魔法コンクール入賞者:5名(前年は0名)」
学習成果も大幅向上。
「保護者満足度:95%(前年は60%)」
保護者からの評価も劇的改善。
「教職員満足度:92%(前年は45%)」
教職員も満足している。
「地域評価:『非常に良い』98%(前年は30%)」
地域からの評価も最高レベル。
すべての数字が改善している。完璧な経営改革の成果。
「素晴らしい結果ですね」
レオンが感心している。
でも、私は複雑な気持ちだった。
確かに数字は素晴らしい。
でも、これって本当に「搾取」の結果なの?
「理事長、どうかされましたか?」
マリアが心配そうに声をかけてくる。
「いえ……ちょっと考えごとを」
私は1年間を振り返っていた。
奨学金制度、設備投資、人事改革、生徒会制度、図書館改革、食堂改革、学園祭、政治家対応、メディア対応、同窓会……。
どれも「搾取」のつもりで始めたのに、結果的には全て学園の価値向上に繋がっている。
「私、本当に搾取していたのかしら……」
「数字以外の成果も確認してみましょう」
私は立ち上がって、学園内を歩くことにした。
まず向かったのは魔法実習室。
ハンスと仲間たちが新しい作品制作に取り組んでいる。
「理事長先生、見てください」
ハンスが誇らしげに作品を見せてくれる。
精巧な木工作品。職人の技術と魔法を見事に融合させている。
「素晴らしいですね。1年前とは別人のようです」
1年前のハンスは、理論についていけずに自信を失っていた。
今は、自分の才能を信じて堂々と制作している。
次に図書館。
多くの生徒が熱心に読書している。
「利用者数は5倍になりました」
アルフレッド館長が嬉しそうに報告する。
「それに、読書会も活発で、生徒たちの思考力が格段に向上しています」
思考力の向上……これは数字では測れない価値。
食堂では、生徒たちが楽しそうに食事をしている。
「今日のメニューも美味しそうですね」
「はい。地元の農家さんが、今朝採れたばかりの野菜を届けてくださいました」
新鮮な野菜、生徒たちの健康的な表情、和やかな雰囲気……。
これも、お金では買えない価値。
最後に、ソフィアの治癒魔法の練習を見学。
「随分上達しましたね」
「ありがとうございます。でも、技術の向上より大切なことを学びました」
「どのようなことですか?」
「人を癒すには、技術だけでなく、愛情が必要だということです」
愛情……。
「理事長先生から教わりました」
「私から?」
「はい。いつも私たちを愛情深く見守ってくださって」
愛情深く……私が?
歩いて回った結果、私は確信した。
この1年間で得られたものは、数字以上に大きい。
生徒の成長、教職員の満足、保護者の信頼、地域との絆……。
そして、何より……。
「私自身の成長よね」
夕方、私は一人で理事長室にいた。
「1年間の総括をしてみましょう」
私は手帳を開いて、計画と結果を比較し始めた。
「第1回:奨学金制度」
計画:「将来の高利回り投資として優秀な生徒を借金で縛る」
結果:「返済不要の給付型奨学金で、経済的困窮生徒を救済」
完全に逆の結果。
「第2回:設備投資」
計画:「豪華な設備で学費値上げを正当化」
結果:「機能的で安全な学習環境の提供」
これも搾取ではなく、教育環境改善。
「第3回:人事制度改革」
計画:「教職員を完全に管理下に置く支配システム」
結果:「公正で透明な評価制度による職場環境改善」
支配どころか、信頼関係の構築。
「第4回:生徒会制度」
計画:「生徒を傀儡組織で管理統制」
結果:「民主的な学園運営と生徒の自主性育成」
管理の失敗と自主性の成功。
「第5回:図書館改革」
計画:「情報統制による思想管理」
結果:「知的自由の保障と思考力向上」
統制の正反対の結果。
「第6回:食堂改革」
計画:「高利益率学食による搾取」
結果:「地産地消による健康的で安価な食事提供」
搾取どころか、生徒の健康増進。
「第7回:学園祭」
計画:「大規模集客による高額集金システム」
結果:「地域交流による温かい文化祭」
集金失敗と交流成功。
「第8回:政治対応」
計画:「権力者接待による利権獲得」
結果:「教育実践による正当な評価獲得」
利権ではなく、実力による評価。
「第9回:メディア対応」
計画:「情報操作による影響力拡大」
結果:「誠実な情報発信による信頼獲得」
操作失敗と誠実さの勝利。
「第10回:同窓会」
計画:「人脈ネットワーク構築による利権拡大」
結果:「心の絆深化による真の支援獲得」
利権ではなく、愛情による支援。
すべて、搾取の失敗と教育の成功。
「私、一度も成功していないのね...」
でも、なぜか全然悔しくない。
むしろ、誇らしいような。
「なぜかしら……」
そこに、ノックの音。
「失礼します」
入ってきたのは、ソフィア、ハンス、そして他の生徒会メンバー。
「どうしましたか?」
「理事長先生に、お礼を言いたくて」
お礼?
「この1年間、本当にありがとうございました」
ソフィアが代表して挨拶する。
「私たちのために、たくさんの改革をしてくださって」
「いえ、それは……」
私は言葉に詰まった。
彼らを搾取するつもりだったなんて、とても言えない。
「特に、一人一人を大切にしてくださったことが嬉しかったです」
一人一人を大切に……そうしていたのかしら?
「僕も、実践コースを作ってもらって、本当に変わりました」
ハンスが続ける。
「自分に自信が持てるようになりました」
「それに、将来の目標も見つかりました」
将来の目標?
「はい。職人技術を活かした魔法道具の制作です」
立派な目標。
「私は、治癒魔法の研究者になりたいです」
ソフィアも夢を語る。
「理事長先生に教わった『人を癒すには愛情が必要』という言葉を胸に」
私がそんなことを?
「それで、みんなでお礼の品を作りました」
生徒たちが小さな箱を差し出す。
「何でしょうか?」
「開けてみてください」
箱を開けると、美しい小さな魔法石が入っている。
「これは……」
「みんなで力を合わせて作った『感謝の石』です」
感謝の石?
「ハンスくんが台座を作って、私が治癒魔法を込めて、他のみんなが様々な魔法を重ねました」
「どのような効果があるんですか?」
「持っている人を、いつも温かい気持ちにしてくれます」
温かい気持ち……。
「理事長先生が私たちにしてくださったように」
私が彼らに?
でも、確かに最近、心が温かい。
前世では感じたことのない、満ち足りた気持ち。
「ありがとう……とても嬉しいです」
心から感謝の言葉が出てきた。
生徒たちが帰った後、今度は教職員がやってきた。
「理事長、1年間お疲れ様でした」
レオンが代表して挨拶する。
「こちらこそ、皆さんのおかげです」
「最初は、正直不安でした」
グリム先生が本音を語る。
「新しい理事長がどのような方針を取られるのか……」
「でも、すぐに分かりました」
マリアが続ける。
「理事長は、本当に教育を愛していらっしゃると」
教育を愛している……私が?
「特に印象的だったのは、生徒一人一人への配慮です」
アルフレッド館長が言う。
「どのような配慮でしょうか?」
「ソフィアさんの奨学金制度、ハンスくんの実践コース、他の生徒への個別指導……」
確かに、それぞれの生徒に合わせた対応をしていた。
「それに、私たち教職員への待遇改善も」
レオンが感謝を込めて言う。
「働きやすい環境を作ってくださって、教育に専念できるようになりました」
「結果として、生徒たちへのより良い指導が可能になりました」
良い循環が生まれている。
「理事長の改革は、すべて『人を大切にする』という一貫した理念に基づいていました」
人を大切にする理念……そうだったのかしら?
「来年度も、どうぞよろしくお願いします」
みんなが深く頭を下げる。
私は感動していた。
計算的に搾取しようとしていたのに、結果的には愛情深い理事長として評価されている。
これって、どういうことなのかしら?
深夜、学園は静まり返っている。
私は一人で校庭を歩いていた。
満月の光が学園を照らしている。
この1年間で見違えるほど美しくなった学園。
「私、一体何をしていたのかしら……」
1年前の自分を思い出す。
復讐心に燃えて、「今度は搾取する側になる」と決意した川島美咲。
「搾取しようとして、愛してしまった」
「利益を求めて、価値を創造してしまった」
「支配しようとして、信頼を築いてしまった」
すべて計画と逆の結果。
でも、その結果に心から満足している自分がいる。
「なぜかしら……」
ベンチに座って、生徒たちからもらった感謝の石を手のひらで転がす。
確かに温かい。
「前世で私が本当に求めていたもの……」
ブラック塾で働いていた時の記憶が蘇る。
過重労働、理不尽な要求、そして最後は使い捨て。
「でも、教師になった最初の動機は何だったかしら?」
そう、最初は純粋だった。
子供たちの成長を見たくて、教育に情熱を燃やしていた。
「それを失ったから、復讐心が生まれたのね」
でも、この1年間で取り戻した。
失った教育への愛を。
「認められること、必要とされること、そして……愛すること」
生徒たちの笑顔、教職員の信頼、保護者の感謝、地域の人々との絆。
「これが私の本当に欲しかったものだったのね」
お金や権力じゃない。
人との温かいつながり。
「でも……」
ここで重要な決意をする。
「悪徳理事長のキャラクターは続けるわ」
え?
なぜって?
「だって、この方が面白いもの」
そう、表面的には「今度こそ搾取してやる」と言いながら、実際は愛情深い改革を行う。
このギャップが、この1年間の面白さだった。
「それに、みんなも私のそういうところを理解してくれている」
ソフィアの「いつも『今度こそ上手くやってやる』と言いながら、結果的に私たちのためになることばかり」という言葉を思い出す。
「愛ある悪徳理事長……それが私の新しいアイデンティティね」
表面的には計算的で厳しいことを言うけれど、行動は常に愛情に基づいている。
そんなキャラクター。
「これからも、みんなを『搾取』し続けてあげましょう」
微笑みながら立ち上がる。
「愛という名の搾取をね」
空を見上げると、星がきれいに輝いている。
明日からまた新しい一年が始まる。
どんな「搾取計画」を立てて、どんな風に「失敗」してしまうのかしら。
「きっと、また予想外の幸せが待っているのね」
そう思うと、なんだかとても楽しみになってきた。
翌朝、私は理事長室で新年度の計画を立てていた。
「今年度の総括は完璧でした」
マリアが最終報告書を持ってきた。
「でも、また『搾取に失敗』してしまいましたね」
私が苦笑いすると、マリアも微笑んだ。
「理事長らしい失敗だと思います」
「らしい失敗?」
「はい。誰よりも生徒のことを考えていらっしゃる」
生徒のことを考えている……そうなのかもしれない。
「来年度の目標はどうされますか?」
「そうですね……」
私は少し考えてから答えた。
「今度こそ、本格的な搾取システムを構築してやります」
マリアが笑いを噛み殺している。
「具体的には?」
「より多くの奨学金制度、もっと充実した設備、さらに働きやすい職場環境……」
完全に逆の「搾取」計画。
「それに、地域との連携も強化して、より多くの人々を巻き込んでやります」
巻き込んで、みんなで幸せになるという意味で。
「素晴らしい搾取計画ですね」
マリアが真面目な顔で言う。
「はい。今度こそ失敗しませんよ」
失敗しない……つまり、みんなが幸せになるということ。
そこにレオンがやってきた。
「理事長、新入生の最終面接の準備をお願いします」
「新入生?」
「はい。今年は定員の3倍の応募がありまして」
3倍の応募……人気校になったのね。
「面接では、どのような点を重視されますか?」
「そうですね……」
私は迷わず答えた。
「一人一人の可能性を見抜いて、その子に最適な教育を提供できるかどうかです」
完全に教育者の発言。
「やはり理事長は、教育愛に満ちていらっしゃいますね」
レオンが感心している。
教育愛……そうかもしれない。
「でも、それも搾取の一環ですよ」
私は慌てて付け加える。
「優秀な人材を育成して、将来学園の宣伝塔として活用するんです」
完全に後付けの理由。
「なるほど、深謀遠慮ですね」
レオンが納得したような、していないような表情。
みんな、私の本質を分かっているのね。
これから始まる新しい1年。
また「搾取」に失敗して、「愛」に成功してしまうんでしょうね。
でも、それで良いのかもしれない。
私は愛ある悪徳理事長として、今日も学園の発展に「悪事」を働き続けよう。
生徒たちの笑顔のために。