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私は魔法学園の問題理事長です  作者: ゆうきちひろ
第1部 破綻からの出発編
19/20

第19話 同窓会という人脈ネットワーク

「50名の同窓会……これは絶好の機会ですね」


 翌朝、私は興奮していた。これまでで最大のネットワーキングチャンス。


「どのような機会でしょうか?」


 マリアが質問する。


「人脈ネットワークの構築です」


 私は前世で見た同窓会の実態を思い出していた。

 卒業生同士の利益供与、就職の口利き、ビジネスの紹介……。


「卒業生の中には、きっと各分野で成功している人がいるはずです」

「確かに、連絡をくれた方々の中には、立派な職業に就いている方も……」

「その人たちを学園の理事や顧問に迎えて、影響力を拡大するんです」


 完璧な利権構築システム。


「具体的には?」

「まず、事前に卒業生の現在の地位や資産状況を調査します」

「調査……」

「はい。政治家、官僚、大企業の重役、医師、法律家...影響力のある人物を特定します」

「次に、同窓会で彼らに特別待遇をして、学園への恩義を感じさせます」

「特別待遇?」

「貴賓席の設置、個別面談の実施、記念品の贈呈、それに寄付の依頼も」


 巧妙な心理操作。


「そして、定期的な関係維持システムを構築します」

「どのような?」

「年に数回の懇親会、ビジネス情報の交換、相互利益の提供など」


 これで学園を中心とした利権ネットワークが完成する。


「でも、卒業生の方々に失礼では……」


 マリアが心配そうな表情。


「失礼ではありません。Win-Winの関係です」


 そんな時、またソフィアがやってきた。


「理事長先生、同窓会の件でお話があります」


 また生徒会の提案?

 今度は同窓会まで口を出すの?


「どのような提案ですか?」

「卒業生の方々に、現在の学園を見ていただいてはどうでしょうか?」


 現在の学園を見せる……それは悪くない。

 変化をアピールできる。


「それに、私たちとの交流も」

「交流?」

「はい。卒業生の方々の体験談を聞かせていただいたり、私たちの学習成果を見ていただいたり」


 情報交換は確かに価値がある。


「でも、もっと大切なことがあると思うんです」

「大切なこと?」


 今度は何を言い出すの?


「学園への愛を確認し合うことです」


 学園への愛?

 利権ネットワークとは全く違う発想。


「なぜそれが大切なんですか?」

「卒業生の方々にとって、この学園は青春の思い出の場所だからです」


 思い出の場所……確かにそれは感情的価値がある。


「だから、懐かしい気持ちになってもらって、温かい気持ちで帰っていただきたいんです」


 温かい気持ち……。

 でも、それだけでは学園の利益にならない。


「ソフィアさん、それは理想論です」

「理想論?」

「はい。現実的には、卒業生のネットワークを活用した方が学園のためになります」


 私が説明すると、ソフィアが首を振った。


「でも、利用するための関係より、心からの絆の方が強いと思います」


 心からの絆……またそういう精神論。


「具体的にはどのような企画を?」

「まず、学園ツアーで変化を見ていただいて」

「それから、昔話に花を咲かせてもらって」

「最後に、みんなで一緒に食事をして」


 普通の同窓会。

 特別な戦略性がない。


「それだけですか?」

「はい。でも、きっと心に残る一日になると思います」


 心に残る……でも、ビジネス的な価値は薄い。


「理事長先生」


 ハンスも発言する。


「僕の父から聞いたんですが、本当に大切な関係は、お互いを利用しようとしない関係だそうです」


 利用しない関係……職人らしい考え方。


「利用し合う関係は、利益がなくなると終わってしまうけれど、心の絆は一生続くって」


 一生続く絆……。

 でも、現実的には利益も必要よね?

 どちらのアプローチが正しいのかしら?



 同窓会まで一週間。

 準備会議で方針を決めることになった。


「理事長案と生徒会案、どちらで行きますか?」


 レオンが確認する。


「まず、参加者の詳細を確認しましょう」


 私は調査結果を発表した。


「政府関係者2名、大企業役員3名、医師2名、法律家1名、教師8名、その他34名」


 影響力のある人物が8名。

 これは十分活用価値がある。


「理事長案なら、この8名を重点的に接待します」

「具体的には?」

「特別席での接待、個別面談、高級記念品の贈呈、寄付の依頼」


 計算された戦略。


「一方、生徒会案は?」


 ソフィアが説明する。


「全員を平等に温かく迎えます」

「平等に?」

「はい。地位や職業に関係なく、みんな大切な卒業生ですから」


 理想論だけれど、差別しないという点では好感が持てる。


「どちらが効果的でしょうか?」


 グリム先生が質問する。


「短期的には理事長案、長期的には生徒会案かもしれません」


 アルフレッド館長が答える。


「なぜですか?」

「人は、特別扱いされると一時的には嬉しいものです。でも、それが計算的だと分かると、かえって距離を置きたくなります」


 鋭い指摘。


「一方、心からの歓迎は、時間が経っても良い思い出として残ります」


 心からの歓迎……確かにそれは価値がある。


「でも、現実的な利益も必要では?」


 私が反論すると、マリアが意外な情報を教えてくれた。


「実は、既に寄付の申し出があります」

「え?」

「番組を見た卒業生の方から、『学園の発展のために』と200万ガルドの寄付申し出が」


 200万ガルド?

 何もしていないのに?


「理由をお聞きしましたか?」

「『理事長先生の教育への情熱に感動した』『母校が素晴らしい学園になって嬉しい』とのことです」


 情熱に感動……私の?


「つまり、特別な接待をしなくても、学園の価値を理解してもらえれば、自然に支援してもらえるということです」


 これは予想外の展開。


「なら、生徒会案で行きましょうか」


 私が言うと、みんなが安堵の表情。

 でも、本当にそれで良いのかしら?



 同窓会当日。

 50名の卒業生が学園に集まった。


「懐かしいですね」

「随分変わりましたね」

「でも、雰囲気は昔のままです」


 懐かしそうに学園を見回す卒業生たち。

 年齢は20代から50代まで様々。


「では、学園ツアーから始めましょう」


 ソフィアがガイド役を務める。


「こちらが新しくなった魔法実習室です」

「すごい……こんな設備があるなんて」

「私たちの時代とは大違いです」


 卒業生たちが感心している。


「でも、基本的な教育方針は変わっていません」


 レオンが説明する。


「一人一人を大切にする、という理念は創立当初から継承されています」

「そうですね。それが、この学園の良さでした」


 年配の卒業生が頷いている。



 図書館では、アルフレッド館長が説明してくれた。


「こちらの書架は、実は10年前の卒業生のエマさんが制作されたものです」

「え? エマが?」


 卒業生たちが驚いている。


「はい。今は家具職人として活躍されています」


 卒業生の活躍を紹介することで、みんなが誇らしい気持ちになっている。



 食堂では、地産地消メニューを味わってもらった。


「美味しいですね」

「私たちの時代は、もっと質素でしたが」

「でも、温かみは同じです」


 昔を懐かしむ声があちこちで聞こえる。



 私は見学しながら、複雑な気持ちだった。

 確かに、みんな心から楽しんでいる。

 でも、これだけで本当に学園のためになるのかしら?


 その時、一人の年配の男性が私に近づいてきた。


「新しい理事長先生ですね」


 50代後半の、穏やかな印象の男性。


「はい、エリザベートです」

「20年前の卒業生、クラウス・バウアーと申します」

「この1年間の学園の変化、本当に素晴らしいです」

「ありがとうございます」

「実は、私の息子も来年この学園を受験予定なんです」


 息子さんが?


「番組を見て、『お父さんの母校に行きたい』と言い出しまして」

「それは嬉しいですね」

「私が在学していた頃は、正直なところ、あまり誇れる学園ではありませんでした」


 厳しい評価。


「設備は古いし、先生方も諦めムードで……でも今は違う」

「どのような点で?」

「生徒たちの表情が全く違います。希望に満ちている」


 希望に満ちている……。


「それに、先生方も生き生きとされている。特に理事長先生の教育への情熱が伝わってきます」


 教育への情熱……私に?


「息子に胸を張って勧められる学園になりました」


 胸を張って勧められる……。


「ありがとうございます。とても励みになります」


 私は素直に感謝した。

 こんな風に評価してもらえるなんて。


 同窓会も終盤。

 最後に、みんなで円になって思い出を語り合った。


「この学園で学んだ一番大切なことは何ですか?」


 司会のソフィアが質問すると、次々と手が上がった。


「諦めないことの大切さです」

「一人一人が大切にされているという実感です」

「先生方の温かさです」


 どれも心からの言葉。


「私は、失敗を恐れずに挑戦することを学びました」


 クラウスさんが発言する。


「在学中は自信がありませんでしたが、この学園で『一人一人に価値がある』という理念を学びました」


 一人一人に価値がある……確かにそれは大切な考え方。


「僕は、仲間の大切さを学びました」


 別の卒業生が続ける。


「みんなで協力することで、一人では不可能なことも実現できると」


 協力の大切さ……。


「私は、地域とのつながりです」


 職人として働いている卒業生。


「学園で学んだことを地域に還元することで、みんなが幸せになれると分かりました」


 地域への還元……。

 

 みんなの発言を聞いていて、私は気づいた。

 この学園は、確かに人を育てているのね。

 単なる知識や技術じゃなくて、人としての大切なものを。


「理事長先生はいかがですか?」


 突然、私に質問が向けられた。


「この学園で学んだこと?」

「はい」


 私は正直に答えた。


「実は、私の方が皆さんから学んでいます」

「どのようなことを?」

「本当の教育の意味です」


 みんなが真剣に聞いている。


「お金や地位より大切なものがあること。人と人との絆の価値。そして……」


 言葉が詰まる。


「愛することの大切さです」


 静寂が流れる。

 そして、温かい拍手。


「先生」


 クラウスさんが感慨深そうに言う。


「この1年間で、本当に素晴らしい学園になりましたね」

「そうでしょうか?」

「はい。息子にも、きっと良い教育を受けさせていただけると確信しています」


 息子さんの教育……その責任の重さを感じる。


「私たちがいただいた愛を、今度は後輩たちに伝えていきます」


 愛を伝える……。

 これって、人脈ネットワークより、はるかに価値のあるものよね。

 お金では買えない、心の絆。


「ありがとうございました」


 みんなが口々に感謝を述べて帰っていく。

 私は、完全に価値観が変わったのを感じていた。



 同窓会が終わった後、私は一人で学園を歩いていた。


「また利権構築に失敗しました...」


 でも、今回は「失敗」という言葉が適切じゃない気がする。


「得られたものの方が、はるかに大きかった」


 卒業生たちの感謝、温かい言葉、そして私への愛情。

 これは、どんな利権より価値がある。


「人脈ネットワークより、心の絆の方が強いのね」


 前世では、利害関係だけの薄っぺらい人間関係ばかりだった。

 でも、本当に大切なのは、心からの信頼関係。


「クラウスさんが言っていた言葉...」


 息子さんを胸を張って勧められる学園にしたいという言葉。

 それが一人の人生に影響を与えている。


「信頼の重さって、すごいのね」


 そして、その言葉を言った本人も、結果的に変わっている。


「私も、みんなから愛をもらっているのね」


 そこにマリアがやってきた。


「理事長、お疲れ様でした。最後の決算作業をしましょうか?」

「決算作業?」

「はい。1年間の総まとめです」


 そうか、もう1年が経ったのね。


「私の悪徳理事長計画は、どの程度成功したのかしら?」


 数字で見れば分かるはず。


「資料を用意しましたので、明日確認しましょう」



 明日は、ついに第1年度の決算。

 私の「搾取」の成果を確認する日。

 

 でも、なぜか数字より大切なものを得た気がしている。

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