第19話 同窓会という人脈ネットワーク
「50名の同窓会……これは絶好の機会ですね」
翌朝、私は興奮していた。これまでで最大のネットワーキングチャンス。
「どのような機会でしょうか?」
マリアが質問する。
「人脈ネットワークの構築です」
私は前世で見た同窓会の実態を思い出していた。
卒業生同士の利益供与、就職の口利き、ビジネスの紹介……。
「卒業生の中には、きっと各分野で成功している人がいるはずです」
「確かに、連絡をくれた方々の中には、立派な職業に就いている方も……」
「その人たちを学園の理事や顧問に迎えて、影響力を拡大するんです」
完璧な利権構築システム。
「具体的には?」
「まず、事前に卒業生の現在の地位や資産状況を調査します」
「調査……」
「はい。政治家、官僚、大企業の重役、医師、法律家...影響力のある人物を特定します」
「次に、同窓会で彼らに特別待遇をして、学園への恩義を感じさせます」
「特別待遇?」
「貴賓席の設置、個別面談の実施、記念品の贈呈、それに寄付の依頼も」
巧妙な心理操作。
「そして、定期的な関係維持システムを構築します」
「どのような?」
「年に数回の懇親会、ビジネス情報の交換、相互利益の提供など」
これで学園を中心とした利権ネットワークが完成する。
「でも、卒業生の方々に失礼では……」
マリアが心配そうな表情。
「失礼ではありません。Win-Winの関係です」
そんな時、またソフィアがやってきた。
「理事長先生、同窓会の件でお話があります」
また生徒会の提案?
今度は同窓会まで口を出すの?
「どのような提案ですか?」
「卒業生の方々に、現在の学園を見ていただいてはどうでしょうか?」
現在の学園を見せる……それは悪くない。
変化をアピールできる。
「それに、私たちとの交流も」
「交流?」
「はい。卒業生の方々の体験談を聞かせていただいたり、私たちの学習成果を見ていただいたり」
情報交換は確かに価値がある。
「でも、もっと大切なことがあると思うんです」
「大切なこと?」
今度は何を言い出すの?
「学園への愛を確認し合うことです」
学園への愛?
利権ネットワークとは全く違う発想。
「なぜそれが大切なんですか?」
「卒業生の方々にとって、この学園は青春の思い出の場所だからです」
思い出の場所……確かにそれは感情的価値がある。
「だから、懐かしい気持ちになってもらって、温かい気持ちで帰っていただきたいんです」
温かい気持ち……。
でも、それだけでは学園の利益にならない。
「ソフィアさん、それは理想論です」
「理想論?」
「はい。現実的には、卒業生のネットワークを活用した方が学園のためになります」
私が説明すると、ソフィアが首を振った。
「でも、利用するための関係より、心からの絆の方が強いと思います」
心からの絆……またそういう精神論。
「具体的にはどのような企画を?」
「まず、学園ツアーで変化を見ていただいて」
「それから、昔話に花を咲かせてもらって」
「最後に、みんなで一緒に食事をして」
普通の同窓会。
特別な戦略性がない。
「それだけですか?」
「はい。でも、きっと心に残る一日になると思います」
心に残る……でも、ビジネス的な価値は薄い。
「理事長先生」
ハンスも発言する。
「僕の父から聞いたんですが、本当に大切な関係は、お互いを利用しようとしない関係だそうです」
利用しない関係……職人らしい考え方。
「利用し合う関係は、利益がなくなると終わってしまうけれど、心の絆は一生続くって」
一生続く絆……。
でも、現実的には利益も必要よね?
どちらのアプローチが正しいのかしら?
同窓会まで一週間。
準備会議で方針を決めることになった。
「理事長案と生徒会案、どちらで行きますか?」
レオンが確認する。
「まず、参加者の詳細を確認しましょう」
私は調査結果を発表した。
「政府関係者2名、大企業役員3名、医師2名、法律家1名、教師8名、その他34名」
影響力のある人物が8名。
これは十分活用価値がある。
「理事長案なら、この8名を重点的に接待します」
「具体的には?」
「特別席での接待、個別面談、高級記念品の贈呈、寄付の依頼」
計算された戦略。
「一方、生徒会案は?」
ソフィアが説明する。
「全員を平等に温かく迎えます」
「平等に?」
「はい。地位や職業に関係なく、みんな大切な卒業生ですから」
理想論だけれど、差別しないという点では好感が持てる。
「どちらが効果的でしょうか?」
グリム先生が質問する。
「短期的には理事長案、長期的には生徒会案かもしれません」
アルフレッド館長が答える。
「なぜですか?」
「人は、特別扱いされると一時的には嬉しいものです。でも、それが計算的だと分かると、かえって距離を置きたくなります」
鋭い指摘。
「一方、心からの歓迎は、時間が経っても良い思い出として残ります」
心からの歓迎……確かにそれは価値がある。
「でも、現実的な利益も必要では?」
私が反論すると、マリアが意外な情報を教えてくれた。
「実は、既に寄付の申し出があります」
「え?」
「番組を見た卒業生の方から、『学園の発展のために』と200万ガルドの寄付申し出が」
200万ガルド?
何もしていないのに?
「理由をお聞きしましたか?」
「『理事長先生の教育への情熱に感動した』『母校が素晴らしい学園になって嬉しい』とのことです」
情熱に感動……私の?
「つまり、特別な接待をしなくても、学園の価値を理解してもらえれば、自然に支援してもらえるということです」
これは予想外の展開。
「なら、生徒会案で行きましょうか」
私が言うと、みんなが安堵の表情。
でも、本当にそれで良いのかしら?
同窓会当日。
50名の卒業生が学園に集まった。
「懐かしいですね」
「随分変わりましたね」
「でも、雰囲気は昔のままです」
懐かしそうに学園を見回す卒業生たち。
年齢は20代から50代まで様々。
「では、学園ツアーから始めましょう」
ソフィアがガイド役を務める。
「こちらが新しくなった魔法実習室です」
「すごい……こんな設備があるなんて」
「私たちの時代とは大違いです」
卒業生たちが感心している。
「でも、基本的な教育方針は変わっていません」
レオンが説明する。
「一人一人を大切にする、という理念は創立当初から継承されています」
「そうですね。それが、この学園の良さでした」
年配の卒業生が頷いている。
図書館では、アルフレッド館長が説明してくれた。
「こちらの書架は、実は10年前の卒業生のエマさんが制作されたものです」
「え? エマが?」
卒業生たちが驚いている。
「はい。今は家具職人として活躍されています」
卒業生の活躍を紹介することで、みんなが誇らしい気持ちになっている。
食堂では、地産地消メニューを味わってもらった。
「美味しいですね」
「私たちの時代は、もっと質素でしたが」
「でも、温かみは同じです」
昔を懐かしむ声があちこちで聞こえる。
私は見学しながら、複雑な気持ちだった。
確かに、みんな心から楽しんでいる。
でも、これだけで本当に学園のためになるのかしら?
その時、一人の年配の男性が私に近づいてきた。
「新しい理事長先生ですね」
50代後半の、穏やかな印象の男性。
「はい、エリザベートです」
「20年前の卒業生、クラウス・バウアーと申します」
「この1年間の学園の変化、本当に素晴らしいです」
「ありがとうございます」
「実は、私の息子も来年この学園を受験予定なんです」
息子さんが?
「番組を見て、『お父さんの母校に行きたい』と言い出しまして」
「それは嬉しいですね」
「私が在学していた頃は、正直なところ、あまり誇れる学園ではありませんでした」
厳しい評価。
「設備は古いし、先生方も諦めムードで……でも今は違う」
「どのような点で?」
「生徒たちの表情が全く違います。希望に満ちている」
希望に満ちている……。
「それに、先生方も生き生きとされている。特に理事長先生の教育への情熱が伝わってきます」
教育への情熱……私に?
「息子に胸を張って勧められる学園になりました」
胸を張って勧められる……。
「ありがとうございます。とても励みになります」
私は素直に感謝した。
こんな風に評価してもらえるなんて。
同窓会も終盤。
最後に、みんなで円になって思い出を語り合った。
「この学園で学んだ一番大切なことは何ですか?」
司会のソフィアが質問すると、次々と手が上がった。
「諦めないことの大切さです」
「一人一人が大切にされているという実感です」
「先生方の温かさです」
どれも心からの言葉。
「私は、失敗を恐れずに挑戦することを学びました」
クラウスさんが発言する。
「在学中は自信がありませんでしたが、この学園で『一人一人に価値がある』という理念を学びました」
一人一人に価値がある……確かにそれは大切な考え方。
「僕は、仲間の大切さを学びました」
別の卒業生が続ける。
「みんなで協力することで、一人では不可能なことも実現できると」
協力の大切さ……。
「私は、地域とのつながりです」
職人として働いている卒業生。
「学園で学んだことを地域に還元することで、みんなが幸せになれると分かりました」
地域への還元……。
みんなの発言を聞いていて、私は気づいた。
この学園は、確かに人を育てているのね。
単なる知識や技術じゃなくて、人としての大切なものを。
「理事長先生はいかがですか?」
突然、私に質問が向けられた。
「この学園で学んだこと?」
「はい」
私は正直に答えた。
「実は、私の方が皆さんから学んでいます」
「どのようなことを?」
「本当の教育の意味です」
みんなが真剣に聞いている。
「お金や地位より大切なものがあること。人と人との絆の価値。そして……」
言葉が詰まる。
「愛することの大切さです」
静寂が流れる。
そして、温かい拍手。
「先生」
クラウスさんが感慨深そうに言う。
「この1年間で、本当に素晴らしい学園になりましたね」
「そうでしょうか?」
「はい。息子にも、きっと良い教育を受けさせていただけると確信しています」
息子さんの教育……その責任の重さを感じる。
「私たちがいただいた愛を、今度は後輩たちに伝えていきます」
愛を伝える……。
これって、人脈ネットワークより、はるかに価値のあるものよね。
お金では買えない、心の絆。
「ありがとうございました」
みんなが口々に感謝を述べて帰っていく。
私は、完全に価値観が変わったのを感じていた。
同窓会が終わった後、私は一人で学園を歩いていた。
「また利権構築に失敗しました...」
でも、今回は「失敗」という言葉が適切じゃない気がする。
「得られたものの方が、はるかに大きかった」
卒業生たちの感謝、温かい言葉、そして私への愛情。
これは、どんな利権より価値がある。
「人脈ネットワークより、心の絆の方が強いのね」
前世では、利害関係だけの薄っぺらい人間関係ばかりだった。
でも、本当に大切なのは、心からの信頼関係。
「クラウスさんが言っていた言葉...」
息子さんを胸を張って勧められる学園にしたいという言葉。
それが一人の人生に影響を与えている。
「信頼の重さって、すごいのね」
そして、その言葉を言った本人も、結果的に変わっている。
「私も、みんなから愛をもらっているのね」
そこにマリアがやってきた。
「理事長、お疲れ様でした。最後の決算作業をしましょうか?」
「決算作業?」
「はい。1年間の総まとめです」
そうか、もう1年が経ったのね。
「私の悪徳理事長計画は、どの程度成功したのかしら?」
数字で見れば分かるはず。
「資料を用意しましたので、明日確認しましょう」
明日は、ついに第1年度の決算。
私の「搾取」の成果を確認する日。
でも、なぜか数字より大切なものを得た気がしている。