第18話 メディア戦略という情報操作
「全国ネットの教育番組『明日の学び』への出演が決まりました」
翌朝、マリアが興奮して報告してきた。
「明日の学び?」
「はい。視聴率20%を超える人気番組です」
視聴率20%……。
それは全国に大きな影響力を持つということ。
「出演内容は?」
「『地域と連携した革新的教育実践』というテーマで、30分の特集です」
30分特集。
これは絶好の宣伝機会。
私は前世で見たメディア戦略を思い出していた。
情報を巧妙に操作し、自分に都合の良いイメージを植え付ける手法。
ブラック企業の広報部で見た完璧な印象操作技術よ。
「これは完璧な情報操作の機会ですね」
「情報操作?」
「はい。学園のイメージを理想化して、全国に発信するんです」
私は計画を練り始めた。
「まず、撮影シーンを厳選します。最も美しく、最も感動的な場面だけを見せる」
「具体的には?」
「生徒たちの笑顔、最新設備、地域との交流……問題のある部分は一切見せません」
完璧な演出。
問題や失敗は隠蔽し、成功例だけを強調する。
「次に、インタビューでは理想的な教育論を語ります」
「理想的な?」
「視聴者が感動するような、美しい教育理念です」
実際の苦労や試行錯誤は隠して、完璧な成功ストーリーとして見せる。
「それに、他校との差別化も図ります」
「差別化?」
「『従来の教育では限界がある。我々だけが真の教育を実践している』という印象を与えるんです」
巧妙な競合潰し戦略。
自分を際立たせるために、他を貶める手法。
「でも、それって……」
マリアが心配そうな表情。
「虚偽の情報にならないでしょうか?」
「虚偽ではありません。事実を選択的に提示するだけです」
前世で学んだテクニック。
嘘は言わないが、都合の悪い部分は隠す。
そこにソフィアがやってきた。
「理事長先生、テレビ出演おめでとうございます」
また生徒会が何か言い出すつもり?
「番組の件で、私たちからもお願いがあります」
「どのような?」
今度は何を提案するの?
「私たちの本当の姿を見せていただきたいんです」
また「本当の姿」論?
「本当の姿とは?」
「成功だけでなく、失敗や苦労も含めた、ありのままの学園です」
ありのまま……。
それじゃあ情報操作にならない。
「なぜそれが良いのですか?」
「視聴者の方に、正直な情報を伝えたいからです」
正直な情報……。
でも、それじゃあ魅力が半減する。
「例えば、どのような内容を?」
「最初は生徒数が少なくて困っていたこと、設備が古くて大変だったこと、でもみんなで協力して改善していったこと」
苦労話……。
確かに感動はするけれど、学園のブランドイメージが……。
「それに、失敗もありました」
「失敗?」
「最初の奨学金制度は計算が甘くて、予算オーバーしそうになりました」
そんな失敗談まで公開するの?
「でも、その経験があったから、今のより良い制度ができたんです」
失敗から学習……。
確かにそれは成長ストーリーだけど。
「地域連携も、最初は断られることが多くて」
ハンスが続ける。
「でも、諦めずに話し合いを続けて、今の関係ができました」
努力の過程……。
「私たちの学園の本当の価値は、完璧さじゃなくて、みんなで成長し続けることだと思うんです」
ソフィアの純粋な言葉。
でも、メディア戦略としては素人すぎる。
「ソフィアさん、メディアでは印象が全てなんです」
「印象?」
「はい。短時間で視聴者に良い印象を与えなければ、どんなに良い内容でも伝わりません」
これは事実。
「だから、最も魅力的な部分だけを見せる必要があるんです」
「でも、それって……」
ソフィアが言いかけた時、レオンがやってきた。
「理事長、番組の詳細が決まりました」
どんな内容?
「番組ディレクターのダニエラです」
やってきたのは30代の女性。
テレビ業界らしい、シャープな印象。
「今回の特集、とても楽しみにしています」
「ありがとうございます」
「特に、『奇跡の学園復活』というストーリーで構成したいと思っています」
奇跡の学園復活……。
確かにキャッチーなタイトル。
「具体的にはどのような内容を?」
「破綻寸前の学園が、理事長の革新的な改革で見事に復活する物語です」
私の手腕を強調するストーリー。
これは悪くない。
「撮影したい場面はありますか?」
「はい。最新の設備、生徒たちの成長の様子、地域との交流場面など」
私が想定していた通りの内容。
「それに、理事長のインタビューを中心に据えたいと思います」
「どのような質問を?」
「教育改革の秘訣、成功の要因、今後のビジョンなど」
完璧。
これなら私の教育論を全国に発信できる。
「では、明日撮影に入りましょう」
でも、その時ソフィアが割り込んだ。
「あの、お聞きしたいことがあります」
「何でしょうか?」
ディレクターが振り返る。
「学園の苦労していた時期も紹介していただけませんか?」
「苦労していた時期?」
「はい。最初は生徒も少なくて、みんなで一生懸命改善していった過程を」
ディレクターが困った表情。
「それは……視聴者が求めているのは成功ストーリーなので……」
「でも、その過程にこそ価値があると思うんです」
ソフィアが食い下がる。
「努力や協力の大切さが伝わると思います」
「確かにそうですが……時間の制約もありますし」
ディレクターが私に視線を向ける。
「理事長はどう思われますか?」
私は迷った。
確かにソフィアの言う通り、過程に価値がある。
でも、メディア戦略としては……。
「両方の要素を入れてはいかがでしょうか?」
「両方?」
「成功の部分を中心に、少しだけ苦労の過程も入れる」
折衷案を提示した。
「それなら可能ですね」
ディレクターが安堵の表情。
でも、ソフィアはまだ満足していない様子。
撮影当日。
カメラクルーが学園に到着した。
「まず、理事長のインタビューから始めましょう」
私は準備していた理想的な回答を用意していた。
「学園経営で最も大切にしていることは何ですか?」
「それは、一人一人の生徒の可能性を信じることです」
模範的な回答。
でも、なぜか本心からの言葉が出てきた。
「具体的な改革内容を教えてください」
「奨学金制度の充実、少人数制教育の導入、地域との連携強化などです」
事実だが、苦労の部分は省略するつもりだった。
「成功の秘訣は?」
「教職員と生徒、そして地域の皆さんとの信頼関係です」
気づけば、準備していた表面的な回答ではなく、心からの想いを語っていた。
でも、撮影が進むうちに、予想外のことが起こった。
「ソフィアさんにもインタビューをお願いします」
ディレクターがソフィアを呼んだ。
「理事長先生はどのような方ですか?」
ソフィアが答える。
「最初は怖い人だと思っていました」
え?
そんなこと言うの?
「でも、本当は私たちのことをとても大切に思ってくださっているんです」
「どのような点で?」
「私が学費を払えなくて困っていた時、新しい奨学金制度を作ってくださいました」
これは良い話。
「それに、落ちこぼれだと思われていたハンスくんのために、実践コースも作ってくださって」
実践コース……。
あれは労働力として利用するつもりだったのに。
「先生はいつも『今度こそ上手くやってやる』と言っているんですが、結果的にはいつも私たちのためになることばかりなんです」
え?
私の内心を見抜いている?
「上手くやってやる?」
ディレクターが興味深そうに聞く。
「はい。でも、その『上手く』というのは、きっと私たちを幸せにすることなんだと思います」
ソフィアの純粋な解釈。
これは……私の計算的な部分が露呈してしまう可能性が……。
でも、なぜか嫌な感じはしない。
「ハンスくんはいかがですか?」
今度はハンスの番。
「僕は理論が苦手で、普通の授業についていけませんでした」
「それで?」
「でも、理事長先生が実践コースを作ってくださって」
また実践コースの話。
「その時の先生の言葉を覚えています」
「どのような?」
「『君たちを有効活用してやる』って」
有効活用……。
それは露骨すぎる表現。
でも、ハンスは笑顔で続ける。
「最初は意味が分からなかったんですが、今なら分かります」
「どういう意味だったと思いますか?」
「僕たちの才能を最大限に活用して、成長させてくださるという意味だったんです」
またしても、善意の解釈。
「実際に、僕は自分の才能を発見できました」
「それは良かったですね」
「はい。理事長先生は、言葉は厳しいけれど、行動はとても優しいんです」
言葉は厳しいけれど行動は優しい……。
これって、私の本質を的確に表現している?
ディレクターが感動した様子で撮影を続けている。
私は複雑な気持ちだった。
計算的な部分を隠すつもりが、生徒たちの証言で逆に人間味のある理事長として描かれている。
これは情報操作の失敗?
それとも、もっと良い結果?
番組が放送された翌日、学園には大きな反響が寄せられた。
「電話が鳴りっぱなしです」
マリアが興奮して報告する。
「どのような内容ですか?」
「入学問い合わせが50件、見学申し込みが30件、それに……」
それに?
「他校からの教育相談が20件です」
「教育相談?」
「『同じような改革をしたいので、指導してほしい』という内容です」
他校からの相談……。
これは予想外。
「視聴者の反応はどうでしたか?」
レオンがネットの反応をまとめてくれた。
「『理事長の人間味が素晴らしい』『計算しているようで、結果的に愛情深い』『生徒を信じる姿勢が感動的』という声が多数です」
人間味?
計算しているようで愛情深い?
「特に印象的だったのは、『失敗を恐れず改革に取り組む姿勢』への評価です」
失敗を恐れず……。
でも、私は失敗ばかりしていたような。
「それに、『生徒たちの成長が本物』という評価も高いです」
本物の成長……確かに、ソフィアもハンスも、見違えるほど成長した。
「番組ディレクターからも連絡がありました」
マリアが続ける。
「『今年度最高の反響』だそうです」
「最高の?」
「はい。『理想論だけでなく、リアルな人間関係が描けた』と」
リアルな人間関係……。
「特に、理事長の『計算的だけれど結果的に愛情深い』キャラクターが視聴者に強く印象に残ったそうです」
計算的だけれど愛情深い……それって、私の本質?
そこにソフィアがやってきた。
「理事長先生、番組拝見しました」
「どうでしたか?」
「先生らしさが良く出ていたと思います」
私らしさ?
「どのような点で?」
「いつも『今度こそ上手くやってやる』と言いながら、結果的に私たちのことを一番に考えてくださる」
一番に考えている……私が?
「それが、とても温かくて安心できるんです」
温かくて安心……。
「他の学校の先生方からも連絡がありました」
ハンスも報告してくれる。
「『あんな理事長がいる学校で学びたい』『自分も生徒を信じて教育したい』という声が多いそうです」
生徒を信じて……。
そうか、私は生徒たちを信じるようになったのね。
「結果的には、最高の情報発信になりました」
レオンがまとめる。
でも、これって情報操作の完全な失敗よね?
計算的な部分を隠すつもりが、むしろそれが魅力として伝わってしまった。
でも、なぜか全然悔しくない。
むしろ、誇らしいような……。
その夜、私は番組の録画を一人で見返していた。
「確かに、私らしく映っているわね」
計算しているようで優しい、厳しいようで愛情深い。
そんな複雑なキャラクターとして描かれている。
「情報操作に失敗しました……」
でも、今回は失敗というより、新しい発見。
「本当の魅力は、完璧さじゃなくて人間らしさなのね」
前世では、自分の欠点を隠すことばかり考えていた。
でも、欠点も含めて受け入れてもらえることの方が、はるかに価値がある。
「誠実さが最高の情報戦略だったのね」
作られた理想像より、ありのままの姿の方が人の心を動かす。
そこにマリアがやってきた。
「理事長、同窓会の件ですが……」
「同窓会?」
「はい。番組を見た卒業生の方々から、『久しぶりに学園に帰りたい』という連絡が多数ありまして」
卒業生が戻ってくる……これはネットワーク構築のチャンス?
「どの程度の規模になりそうですか?」
「予想以上に多くて……50名ほどになりそうです」
50名の同窓会...これは大きなイベントね。
今度こそ、人脈ネットワークを……。
いえ、きっとまた生徒たちが私の計画を良い方向に導いてくれるのでしょうね。
そして、それが一番良い結果になるのも、もう分かっている。
計算通りにいかない人生も、悪くないものね。