第13話 校外学習という集金システム
「年に一度の校外学習の時期が近づいてきました」
レオンが年間予定表を持って私のオフィスにやってきた。
「そういえば、去年はどのような内容だったんですか?」
「魔法博物館の見学と、近郊の魔法遺跡巡りでした」
「費用は?」
「一人当たり2万ガルドほどでした」
2万ガルド。
それは安すぎる。
これは大きなビジネスチャンスよ。
私は前世で見た修学旅行の実態を思い出していた。
表向きは「教育的価値」を謳いながら、実際は旅行業者と学校の癒着による高額設定。
豪華なホテル、高級な食事、不必要なオプション...保護者から搾り取る完璧なシステム。
「今年はもっと充実した内容にしましょう」
「具体的には?」
「まず、宿泊を伴う2泊3日のプログラムにします」
「2泊3日……それは費用が……」
「一人当たり10万ガルドを予定しています」
レオンが絶句している。
「10万ガルド?」
「はい。王都の一流ホテル宿泊、高級レストランでの食事、専属ガイド付きの特別ツアー」
完璧な高額パッケージ。
保護者に「特別感」を演出して、高額でも納得させる作戦。
「でも、保護者の経済的負担が...」
「大丈夫です。『一生に一度の特別な体験』『将来への投資』として売り込めば、多少高くても払ってもらえます」
前世でブラック塾の営業トークを見てきたから、手法は熟知している。
罪悪感を刺激して、「子供のためなら」という親心に付け込むの。
「それに、『他校との差別化』『うちの学園ならではの特別プログラム』という価値も演出できます」
これで学園の収益が大幅に向上する。
まさに合法的な集金システムよ。
「でも……」
レオンがまだ躊躇している時、ソフィアがノックした。
「理事長先生、校外学習の件でご相談があります」
「あら、どうぞ」
ソフィアが入ってくると、後ろからハンスと他の生徒会メンバーも続いた。
「私たち生徒会で、校外学習の企画を考えてみました」
「え?」
生徒会が企画?
それは困る。
私の高額プランが台無しになる。
「どのような内容ですか?」
「はい。近隣の職人工房見学と、地元の魔法農場での実習体験です」
ソフィアが企画書を差し出す。
「職人工房と魔法農場?」
「はい。ハンスくんのお父さんに相談したら、いろんな工房を紹介してくださって」
「それに、魔法農場では実際に農業魔法を体験できるんです」
ハンスが興奮して説明する。
「費用はどの程度を想定していますか?」
ここが重要。
きっと安すぎる設定でしょう。
「一人当たり5000ガルドです」
「5000ガルド?」
10万ガルドのつもりが、5000ガルド?
これじゃあ利益にならない。
「交通費と昼食代、それに体験料を含めてです」
「宿泊は?」
「日帰りです。でも、内容はすごく充実していると思います」
生徒たちの目が輝いている。
でも、これじゃあ私の集金計画が……。
「どのような体験ができるんですか?」
レオンが興味深そうに質問する。
「職人工房では、実際に道具を作る体験ができます」
「魔法農場では、種まきから収穫まで、農業魔法の全工程を学べます」
確かに実践的だけど、「特別感」がない。
翌日、私は両方の企画を比較検討する会議を開いた。
「では、理事長案と生徒会案を比較してみましょう」
私は準備したプレゼン資料を表示した。
「理事長案:王都での豪華3日間ツアー。費用10万ガルド」
「生徒会案:地元密着型1日体験学習。費用5000ガルド」
数字だけ見れば、私の案の方が「特別感」がある。
「理事長案の魅力は何でしょうか?」
レオンが質問する。
「まず、一流ホテルでの宿泊体験。生徒たちにとって特別な思い出になります」
「確かに……」
「それに、王都の一流レストランでの食事。普段体験できない『本物』の味を学べます」
「なるほど」
「さらに、専属ガイドによる特別解説付きツアー。教育効果も抜群です」
表面的には教育的価値を謳っているが、実際は豪華さによる差別化戦略。
「一方、生徒会案はどうでしょうか?」
ソフィアが立ち上がる。
「私たちの案は、実践的な学習を重視しています」
「実践的?」
「はい。職人工房では実際に道具を使って簡単な制作体験ができます」
「魔法農場では、農業魔法の基礎から応用まで、現役の農家さんから直接学べます」
確かに実践的だけど、「特別感」がない。
「それに、地元との連携も深まります」
ハンスが続ける。
「僕の父さんの知り合いの職人さんたちも、『ぜひ若い人たちに技術を伝えたい』と言ってくれています」
地元連携……それは想定外の効果ね。
「費用の内訳はどうなっていますか?」
マリアが実務的な質問をする。
「交通費2000ガルド、昼食代1500ガルド、体験料1500ガルドです」
「体験料が安いですね」
「はい。地元の方々が『教育のためなら』と、格安で協力してくださるそうです」
また人の善意に助けられている……。
翌週、両案を保護者に説明することになった。
「校外学習について、2つの案をご提案します」
私は複雑な気持ちで説明を始めた。
「案1は、王都での豪華3日間プログラム。一流ホテル宿泊、高級レストラン、専属ガイド付きツアーです」
保護者の何人かが興味深そうに聞いている。
「案2は、地元密着型の実践学習プログラム。職人工房見学と魔法農場体験です」
「費用はそれぞれいくらでしょうか?」
保護者の一人が質問する。
「案1は10万ガルド、案2は5000ガルドです」
どよめきが起こる。
「10万ガルドは……正直、厳しいです」
「うちも同じです」
「5000ガルドなら何とか……」
やっぱり。
経済的な現実は厳しい。
「でも、教育効果はどちらが高いでしょうか?」
別の保護者が質問する。
「それは……」
私が答えに困っていると、ソフィアの母親が発言した。
「私は、案2の方が教育的だと思います」
「なぜでしょうか?」
「豪華な体験も素晴らしいですが、実際に働いている方々から学ぶ方が、子供たちの将来に役立つのでは?」
他の保護者も頷いている。
「それに、地元との関係も深まりますし」
「費用も現実的ですし」
私の高額プランが、どんどん劣勢に……。
「では、どちらにするか決めましょう」
私は最後の説得を試みた。
「確かに案2は現実的ですが、一生に一度の特別な体験という意味では案1の方が……」
でも、その時、ハンスが手を挙げた。
「理事長先生、質問があります」
「何でしょう?」
「僕たちにとって『特別な体験』って、豪華なホテルに泊まることでしょうか?」
鋭い質問。
「それとも、普段できない体験を通じて成長することでしょうか?」
他の生徒たちも頷いている。
「僕は、職人さんから直接技術を学べる方が特別だと思います」
「私も、農業魔法を実際に体験してみたいです」
生徒たちの純粋な学習意欲。
「保護者の皆様はいかがでしょうか?」
レオンが確認する。
「案2に賛成です」
「同じく案2で」
「経済的にも教育的にも案2が良いと思います」
圧倒的に案2支持。
私の集金計画は完全に失敗したけれど、なぜか悪い気はしない。
校外学習当日。私も同行することにした。
「最初に訪れるのは、木工工房です」
ハンスの父親、ローターさんが案内してくれる。
「こちらが作業場です」
木の香りが漂う工房。職人たちが黙々と作業している。
「すごい……」
生徒たちが感嘆の声を上げる。
「魔法を使わずに、こんなに精密な加工ができるんですね」
「魔法と技術を組み合わせると、さらに可能性が広がります」
職人の説明に、生徒たちが真剣に聞き入っている。
「実際にやってみましょう」
生徒たちが小さな木工作品に挑戦する。
最初は不器用だが、だんだんコツを掴んできる。
「楽しい!」
「難しいけど、できたときの達成感がすごい」
この表情、10万ガルドの豪華ツアーでは見られなかったでしょうね。
「次は魔法農場です」
午後は場所を移して農場見学。
「こちらが成長促進魔法です」
農家の方が実演してくれる。
小さな芽が見る見るうちに成長していく。
「わあ……」
「私もやってみたい」
ソフィアが挑戦する。
最初は上手くいかないが、農家の方の丁寧な指導で、だんだん魔法をコントロールできるようになる。
「できた!」
小さなトマトが実った瞬間、みんなが拍手する。
「すごいじゃない、ソフィア」
「先生、私も農業魔法を勉強してみたいです」
生徒たちの目が輝いている。
私は見学しながら、複雑な気持ちになっていた。
確かに豪華ツアーなら「特別感」は演出できた。
でも、この実践的な学習体験の方が、はるかに教育的価値が高い。
「理事長先生、どうですか?」
ローターさんが声をかけてくる。
「素晴らしいですね。生徒たちがこんなに生き生きしているなんて」
「子供たちに喜んでもらえて、私たちも嬉しいです」
また、人の善意に支えられてしまった。
夕方、学園に戻ってきた。
「今日は本当に楽しかった」
「職人さんたちの技術、すごかったね」
「農業魔法も体験できて良かった」
生徒たちが興奮して感想を語り合っている。
私は一人で今日を振り返っていた。
「また集金に失敗した……」
10万ガルドの利益を見込んでいたのに、結果的には5000ガルドの最低限の費用のみ。
「でも、この満足感……」
生徒たちの笑顔、保護者からの感謝、地元の人々との交流。
お金では測れない価値がそこにあった。
「もしかして、教育の価値って……」
そこにソフィアがやってきた。
「理事長先生、今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
「私、将来は農業魔法の研究もしてみたいと思いました」
新たな夢を見つけた生徒。これは10万ガルドでは買えない価値よね。
「それと、図書館の本をもっと充実させませんか?」
え?
また新しい提案?
「実用書や技術書を増やして、もっと深く学べるようにしたいんです」
今度は図書館改革の話?
これも集金の機会かしら……。
でも、今日のような展開になりそうな予感がするのは気のせいかしら?