第12話 生徒会という傀儡組織
「現在の生徒会の活動状況を報告します」
レオンが資料を持ってきた。
「どうですか?」
「正直に言うと、ほとんど機能していません」
「機能していない?」
「はい。年に数回の形式的な会議があるだけで、実質的な活動はゼロです」
これは予想通り。
多くの学校の生徒会は名ばかりの組織。
でも、私にとってはチャンス。
完璧な傀儡組織を作り上げる絶好の機会よ。
「理由は何だと思いますか?」
「生徒に権限が与えられていないからでしょう。何を提案しても『予算がない』『校則で決まっている』と却下されるので」
完璧。
無力感を植え付けられた生徒会なら、私の言いなりになる傀儡組織にするのは簡単。
前世で見た巧妙な学生管理システムを思い出すわ。
表面的には「民主的」「自治的」に見せながら、実際は大人が完全にコントロールする仕組み。
生徒たちは「自分たちで決めている」と錯覚するが、実際は誘導された選択肢の中から選ばされているだけ。
「では、改革しましょう」
「改革?」
「生徒会に『実権』を与えるんです」
レオンが驚いた表情。
「でも、生徒に実権を与えるのは危険では?」
「いえいえ、管理された実権です」
私は内心でほくそ笑んでいた。
「生徒会に予算執行権を与えます。ただし、使途は学園が決めた項目のみ」
「なるほど」
「生徒たちは『自分たちで決めている』と思い込みますが、実際は私たちが誘導した選択肢の中から選んでいるだけ」
完璧な管理システム。
自由を与えているフリをして、実際は完全にコントロールする。
民主主義の皮を被った独裁制よ。
「それに、生徒会活動を通じて、将来のリーダー候補を早期発見できます」
有望な生徒は早めに目をつけて、私の側に取り込む。
将来の人脈構築にも役立つ。
「分かりました。準備しましょう」
「新しい生徒会制度について説明します」
全校集会で、私は改革案を発表した。
「まず、生徒会に予算執行権を与えます。年間50万ガルドの範囲内で、自由に学園行事や設備改善に使えます」
生徒たちがざわめく。
これまで何の権限もなかった生徒会に、突然予算が与えられる。
「ただし、条件があります」
ここが重要。
「使途は事前に審査し、学園の教育方針に合致するもののみ承認します」
つまり、私が気に入った使い道だけを認める。
完璧な管理システム。
「それに、月次報告と年次決算報告も義務付けます」
監視体制も万全。
少しでも私の意向に反する動きがあれば、すぐに修正できる。
「では、新しい生徒会長選挙を行います。立候補者は?」
3名が手を挙げた。
その中に、予想外の人物が。
「ソフィア・ランツベルクです」
え?
ソフィアが立候補?
彼女なら扱いやすそう。
奨学金で恩を売っているし、真面目で従順な性格。
完璧な傀儡候補よ。
「なぜ立候補したいのですか?」
「はい。理事長先生が私たちに権限を与えてくださったので、学園をもっと良くしたいと思います」
純粋な動機。
これは利用しやすそう。
「他の候補者はいますか?」
ハンスも手を挙げた。
「僕も立候補します。実践コースを作ってもらって、学園の可能性を感じました。今度は僕たちが貢献したいです」
3人目は上級生の男子。
どの候補も、私にとって都合の良い人材。
あれ?
みんな、なんか前向きな理由で立候補している……。
でも、動機が純粋な方が操りやすいわ。
選挙の結果、ソフィアが生徒会長に当選した。
「第1回新生徒会会議を開きます」
私も監督として参加。
生徒たちの議論を聞いて、適切に誘導するつもり。
「まず、50万ガルドの使い道を決めましょう」
ソフィアが司会を進める。
「私は図書館の本を増やしたいです」
「僕は実習室の道具を充実させたい」
「食堂のメニューを増やすのはどう?」
「体育館の設備も古いよね」
次々と意見が出る。
どれも学園の改善につながる提案。
私は内心で計算していた。
どの提案を却下して、どれを承認するか。
生徒たちに「選択の自由がある」と錯覚させながら、実際は私の意図通りに誘導する。
「理事長先生、どう思われますか?」
ソフィアが質問してきた。
「どれも良い提案ですね」
「でも、予算が限られているので……」
「そうですね。優先順位を付けましょうか」
ここで私が誘導する番。
「まず、教育効果が高いものから順に……」
でも、その時、ソフィアが予想外の提案をした。
「みんなでアンケートを取ってはどうでしょうか?」
「アンケート?」
「はい。全校生徒に、何を一番改善してほしいか聞いてみる」
え?
それじゃあ私が誘導できない……。
「それは良いアイデアです」
他の生徒会メンバーも賛成している。
「民主的な方法ですね」
民主的?
それは困る。
私は独裁的に管理したいのに……。
「でも、アンケートの項目は事前に決めるべきでは?」
私が慌てて提案する。
「それもそうですね。でも、自由記述欄も作りましょう」
自由記述?
それじゃあコントロールできないじゃない。
「みんなが本当に望んでいることを知りたいですから」
ソフィアの純粋な表情。
彼女は本当に民主的な運営を望んでいる。
一週間後、アンケート結果が発表された。
「結果をご報告します」
ソフィアが集計表を読み上げる。
「第1位:図書館の充実(35票)」
「第2位:食堂の改善(28票)」
「第3位:実習設備の充実(25票)」
どれも学園の教育環境改善につながる項目。
予想以上にまともな結果。
「では、この順番で予算を配分しましょう」
ソフィアが提案する。
「ちょっと待って」
私が口を挟む。
ここで管理者としての権限を行使しないと。
「予算配分は、もう少し慎重に検討すべきでは?」
「どのような点でしょうか?」
ソフィアが真摯に質問する。
「例えば、図書館の本は高価ですし、効果測定も難しいです」
「確かにそうですね」
「でも、みんなが一番望んでいることですから」
ハンスが反論する。
「僕たちが決めたことを、僕たちで実行したいです」
他の生徒たちも頷いている。
あれ?
私が管理しようとしているのに、生徒たちの方が主体的になっている……。
「それに、図書館司書のアルフレッド先生にも相談してみました」
「相談?」
「はい。どんな本が必要か、予算内で何ができるか」
ソフィアが報告書を見せる。
「先生がとても協力的で、出版社との交渉も手伝ってくださるそうです」
もう私の許可を待たずに、どんどん話が進んでいる……。
「分かりました。皆さんの判断を尊重します」
なんで私はそんなことを言っているの?
一ヶ月後の成果報告で、私の計算は完全に覆された。
「理事長先生、報告があります」
ソフィアが活動報告にやってきた。
「どうぞ」
「図書館の新しい本、すごく人気です」
ソフィアが嬉しそうに報告する。
「利用者数が前月比で300%増えました」
「300%?」
「はい。特に、実用魔法の本や職業ガイドの本が人気で」
それは意外。
娯楽小説じゃなくて、実用書が人気なの?
「生徒たちが将来について真剣に考えるようになったみたいです」
「食堂の新メニューも好評です」
「どのような?」
「地元の野菜を使った健康メニューです。生徒会で栄養バランスを調べて、厨房の方と相談して作りました」
生徒会が自分たちで調査して企画した?
「それに、実習設備も改善しました」
「具体的には?」
「安全装置の追加と、作業効率の向上です。ハンスくんのアイデアで」
ハンスが照れたように頭を下げる。
「僕、父から聞いた話を参考にして……」
生徒たちが自分たちで問題を発見し、解決策を考え、実行している。
「それに、予算管理もちゃんとできています」
ソフィアが家計簿のような帳簿を見せる。
「収支はきっちり合わせてあります。無駄遣いはしていません」
これって、私が管理しなくても、生徒たちが自分たちで責任を持って運営しているということ?
「素晴らしいですね」
「ありがとうございます。でも、これは理事長先生が私たちを信頼してくださったからです」
信頼?
「最初は不安でした。でも、先生が権限を与えてくださって、『君たちならできる』と言ってくださったので」
私、そんなこと言ったっけ?
「これからも頑張ります」
ソフィアの輝く笑顔。
私は完全に困惑していた。
傀儡組織を作るつもりが、本当に自主的で責任感のある組織になってしまった。
「他の生徒たちの反応はどうですか?」
「みんな協力的です。『自分たちの学園を自分たちで良くしている』という実感があるみたいで」
「生徒会への参加希望者も増えました」
「委員会活動も活発になっています」
完全に予想と逆の結果。
管理するつもりが、逆に生徒の自主性を育ててしまった。
その夜、私は生徒会の活動報告書を読んでいた。
「また失敗した……」
生徒を管理下に置くつもりが、逆に自主性を育ててしまった。
「でも、この結果って...」
生徒たちの積極性、責任感、協力精神。
どれも教育の理想的な成果。
「管理するより、信頼する方が効果的だったのね」
前世では、生徒を管理することばかり考えていた。
でも、信頼して権限を与える方が、はるかに良い結果を生む。
「私、教育者として成長しているのかしら」
まだまだ序の口。次は校外学習で本格的に搾取を……。
そこにソフィアがやってきた。
「理事長先生、校外学習の企画書ができました」
「もう?」
「はい。みんなで議論して、すごく良い計画になりました」
え?
生徒会が校外学習まで企画しているの?
「見てください」
ソフィアが企画書を広げる。
「地元の職人さんたちを訪問して、実際の仕事を見学する計画です」
「費用は?」
「交通費だけです。職人さんたちが無償で協力してくださることになりました」
「無償で?」
「はい。ハンスくんのお父さんが紹介してくださって」
これじゃあ、私の出番がない……。
「それに、見学だけじゃなくて、実際に簡単な作業も体験させてもらえるそうです」
完全に教育的で、費用も最小限。
私が搾取する余地が全くない……。
「素晴らしい企画ですね」
「ありがとうございます!」
ソフィアの笑顔を見ていると、搾取なんて考えるのが馬鹿らしくなってくる。
私、本当に何がしたかったんだっけ?