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私は魔法学園の問題理事長です  作者: ゆうきちひろ
第1部 破綻からの出発編
10/20

第10話 保護者懇談会という営業機会

「保護者懇談会の資料、完成しました」


 マリアが分厚いファイルを机に置いた。


「ご苦労様。内容を確認させてください」


 私は資料を開きながら、内心で邪悪な計画を練っていた。

 保護者懇談会こそ、追加料金徴収の絶好のチャンス。

 保護者の不安を煽って、オプション講座や個別指導、特別教材などを売りつける。

 現代日本の塾業界でよく使われる手法よ。


「お子さんの成績、このままで大丈夫ですか?」「他の子に遅れていませんか?」という不安を刺激して、「特別コースをお勧めします」という流れに持ち込むの。


「各生徒の成績分析と、今後の課題、推奨する対策案をまとめました」

「対策案?」

「はい。例えば、魔法理論が苦手な生徒には補習授業、実技が物足りない生徒には発展クラス……」


 完璧。

 これで保護者の不安を刺激して、「うちの子が遅れているなら、なんとかしなければ」という心理に持ち込む。


「費用の設定は?」

「え? 費用ですか?」

「ええ。補習授業や発展クラスの費用です」


 マリアが困惑した表情。


「あの……それは通常の授業の範囲内で対応する予定でしたが……」

「それじゃあ商売になりません」


 あ、つい本音が出てしまった。


「商売……ですか?」

「いえ、その……適切な対価をいただかないと、質の高いサービスは提供できませんから」


 マリアの表情がさらに困惑。

 でも、私の計画は揺るがない。


「補習は1回2時間で5000ガルド、個別指導は1時間8000ガルド、特別教材は1セット15000ガルドで設定しましょう」


 これなら月に数万ガルドの追加収入になる。


「でも、理事長...保護者の経済状況を考えると……」

「大丈夫です。子供のためなら、親は無理をしてでもお金を出すものです」


 前世でブラック塾の営業トークを散々見てきたから、手法は熟知している。


「それに、『今しかできない投資』『将来への保険』という言葉を使えば、罪悪感を軽減できます」


 マリアが青ざめている。


「準備はこれで十分です。明日が楽しみね」


 懇談会当日。

 最初にやってきたのは、ソフィアの母親。


「本日はお忙しい中、ありがとうございます」

「こちらこそ、いつもソフィアがお世話になっております」


 40代の上品な女性。

 服装から察するに、やはり経済的に厳しそう。

 でも、それがむしろ好都合。

 困窮している保護者ほど、子供への投資には敏感なの。


「ソフィアさんの成績についてご報告します」


 私は準備した資料を広げた。

 これから不安を煽って、追加指導の必要性を……。


「治癒魔法は全学年トップの成績です」

「本当ですか?」


 ソフィアの母親の目が輝く。


「ええ。それに、来月の全国コンクール出場も決定しました」

「全国コンクール……そんな……」


 涙ぐんでいる。

 でも、ここからが本番よ。


「ただし」


 ここから不安を煽るのよ。


「より高いレベルを目指すには、特別な指導が必要かもしれません」

「特別な指導……」


 来た。

 保護者の不安。


「はい。例えば、外部講師による個別指導とか、専門的な教材とか……」

「費用は……どの程度……」


 震え声。

 経済的な不安を刺激する作戦成功。


「月額3万ガルド程度を想定しています。ソフィアさんの才能を考えれば、必要な投資かと」


 その時、ソフィアの母親が言った言葉で、私の計画は崩れた。


「先生、申し訳ありません。今の我が家には、追加の費用を出す余裕がありません」

「そうですか……」


 計画通り。

 ここで罪悪感を刺激する番。


「でも、もしソフィアのためになるなら……何か、私にできることはありませんか?」


 え?


「例えば、学園の掃除をお手伝いするとか、事務作業をお手伝いするとか……」


 なんで?

 なんで金銭的な負担を申し出るんじゃなくて、労働提供を?


「あの……費用の方は……」

「お金がないので、代わりに何か貢献させてください。ソフィアがこんなに成長できたのは、学園のおかげです」


 純粋な愛情。

 お金がなくても、娘のために何かしたいという親心。


 私の胸に、何かが刺さった。


「それは……お気持ちだけで十分です」

「でも……」

「ソフィアさんが頑張っていることが、何よりの貢献です」


 なんで私はそんなことを言っているの?



 次にやってきたのは、ローターさん。


「息子がお世話になっております」

「こちらこそ。ハンスくんの件でお話があります」


 私は作戦を変更した。

 さっきの失敗を踏まえて、もっと巧妙に。


「実践コースの効果が出ています。ハンスくんの才能が開花しつつあります」

「ありがとうございます」

「ただし、さらなる成長のためには……」


 ここから追加講座の営業。


「専門的な工具や教材が必要になるかもしれません」

「はい」

「費用は月額2万ガルド程度を……」

「先生」


 ローターさんが私の言葉を遮った。


「息子から聞きました。実践コースを作ってくださったこと」

「ええ」

「正直に言います。息子は諦めていたんです。自分には学問は向いていないって」


 ローターさんの目が潤んでいる。


「でも、先生が新しい道を示してくださった。息子が初めて『学校が楽しい』と言ったんです」

「それは……」

「これまで、息子の成績表を見るたびに申し訳ない気持ちでした。学費を払っているのに、息子が成果を出せていない。先生方に迷惑をかけているんじゃないかと」

「そんなことは……」

「でも、息子が変わりました。毎日、『今日はこんなことを作った』『こんなことを学んだ』と嬉しそうに話してくれます」


 ローターさんが涙を拭う。


「費用のことは心配しないでください。息子のためなら、何だってします」


 また。

 また親の愛情に直面してしまった。


「でも、そもそも新しい工具や教材は必要ありません」

「え?」

「ハンスくんの才能があれば、既存の設備で十分です」


 なんで私は営業トークを否定しているの?


「それに、実践コースは通常の授業料に含まれています」

「そんな……申し訳ありません」


 なんで私はお金を取らないことを宣言しているの?



 個別面談の後、全体会を開催した。


「皆様、本日はありがとうございます」


 30名ほどの保護者が集まっている。

 ここで一気に追加サービスを売り込むつもりだったのに……。


「まず、学園全体の近況をご報告します」


 私は準備していた営業資料ではなく、生徒たちの成長記録を映写した。


「入学時と比較して、全生徒の平均成績が15%向上しています」


 拍手が起こる。


「特に、一人一人の個性に合わせた指導の効果が出ています」


 ソフィアの治癒魔法、ハンスの実践的技能、他の生徒たちの様々な才能……。


「ただし、これは追加料金をいただいての特別サービスではありません」


 え?

 なんで私はそんなことを言っているの?


「これは、当学園の基本方針です。一人一人を大切にする教育」


 保護者たちの表情が明るくなる。


「大規模校では真似できない、きめ細かな指導。それこそが、当学園の存在意義です」

「そのために、今後も創意工夫を重ねて参ります」


 完全に営業トークじゃなくて、教育方針の説明になってしまった……。


 私の発表が終わると、一人の保護者が手を挙げた。


「理事長先生、ご質問があります」

「はい」

「これだけ充実した教育を提供していただいて、学費はむしろ安すぎるのではないでしょうか?」


 え?

 安すぎる?


「私たちの方から、学園への寄付を提案したいのですが」


 寄付?

 追加料金を取るつもりが、向こうから寄付の申し出?


「いえいえ、そんな……」

「ぜひ、お願いします」


 別の保護者も立ち上がる。


「うちも協力します。子供たちがこんなに成長できる環境を作ってくださって」

「学園祭の準備も手伝わせてください」

「PTA活動も活発化させましょう」


 次々と協力の申し出。


「あの……皆さん、お気持ちは嬉しいのですが……」


 私は混乱していた。

 追加料金を搾取するつもりが、なんで保護者の方から積極的な支援の申し出が?


「先生」


 ソフィアの母親が立ち上がった。


「私たち保護者は分かっています。先生が本当に子供たちのことを思ってくださっていることを」

「そんな……」

「だから、私たちも学園のために何かしたいんです」

「そうです!」

「うちの子がこんなに変わるなんて」

「毎日楽しそうに学校の話をしてくれます」

「先生方の指導があってこそです」


 暖かい拍手が会場を包む。


 私は、完全に戸惑っていた。

 搾取するつもりが、なんで感謝されているの?


「皆さんのお気持ちは本当に嬉しいです」


 私は震える声で答えた。


「でも、子供たちが成長してくれることが、何よりの報酬です」

「それに、継続して通っていただくことが、最大の支援になります」


 なんで私はこんなことを言っているの?

 お金を断っているじゃない。


 でも、保護者たちの温かい表情を見ていると、これで良いような気がしてくる。



 懇談会が終わった後、私は一人で理事長室にいた。


「また失敗した……」


 保護者から追加料金を搾取するつもりが、逆に寄付の申し出を受けてしまった。


「でも、あの保護者たちの表情……」


 子供の成長を喜ぶ親の顔。

 学園への信頼と愛情。

 そして、私への感謝。


「私、本当に悪いことをしようとしているのかしら?」


 前世では、保護者に金額を請求するたびに罪悪感を感じていた。

 でも今日は違った。

 保護者の感謝の言葉、子供たちの成長への喜び、学園への愛情……。


「もしかして、教育って……お金じゃないのかも」


 そこにレオンがやってきた。


「理事長、お疲れ様でした。人事制度改革の件ですが……」


 人事制度改革。

 今度こそ、教職員を管理下に置いて支配してやる。


「分かりました。明日から準備しましょう」


 でも、本当に支配なんてできるのかしら?

 今日の保護者たちの顔を思い出すと、なんだか支配とか搾取とかいう言葉が、とても小さく感じる。


「私、何を目指していたんだっけ?」


 でも、まだまだ諦めるのは早いわ。

 次こそは、本当の悪徳理事長の手腕を見せてやる。


 ……でも、ソフィアの母親の「お金がないので、代わりに何か貢献させてください」という言葉が、頭から離れない。

 あの純粋な愛情を利用するなんて、本当にできるのかしら?

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