第1話 私、悪徳理事長になります
頭が割れるように痛い。
体が鉛のように重い。
そして、見覚えのない天井。
「あれ……私、確か残業中に倒れて……」
川島美咲としての記憶がゆっくりと蘇る。
連日の残業、理不尽な要求、そして最後に机に突っ伏した感覚。
ああ、私死んだんだ。過労死って奴ね。
でも、なぜ意識があるの?
恐る恐る起き上がると、そこは見たことのない豪華な部屋だった。
まるで中世ヨーロッパの貴族の寝室のような……いや、待って。
「これは……魔法?」
宙に浮く光の球。明らかに電球ではない照明が、部屋を暖かく照らしている。
魔法なんて、ファンタジー小説の中だけの話だと思っていたのに。
「理事長、お目覚めですか」
振り返ると、メイド服を着た女性が心配そうにこちらを見ていた。
「理事長……? 私が?」
「はい。アルトハイム魔法学園の新理事長、エリザベート・フォン・アルトハイム様でいらっしゃいます」
……魔法学園の理事長。
私が。
川島美咲が。
これは、転生ってやつ?
頭の中に、エリザベートとしての記憶も少しずつ流れ込んでくる。
この世界では魔法が一般的で、魔法学園はいわば高等学校のような存在。
そして私は、その学園の経営者らしい。
でも、なんでこのメイドさんはこんなに暗い顔をしているの?
「あの……学園の状況は……?」
「それは……総務部長のマリア様からご説明いただいた方が……」
ますます不安になってきた。
何かとんでもない問題があるのかしら。
メイドさんに案内されて、学園の建物内を歩く。確かに立派な造りだけど、あちこちに古さが目立つ。壁の亀裂、剥がれた装飾、薄汚れた窓――。
「こちらが理事長室になります」
通された部屋は確かに豪華だったが、やはり古めかしい。
そして、そこには一人の女性が待っていた。
「お目覚めになられましたか、新理事長。総務部長のマリア・シュナイダーと申します」
40代半ばくらいの、きちんとした印象の女性。でも、その表情は重い。
「では、財政状況をご報告いたします」
マリアは、分厚い資料を机に置いた。彼女の表情は、まるで死刑宣告を下すかのように重い。
「現在の借入金総額は……2億ガルドです」
「に、2億……」
「はい。返済期限まで残り2年。入学者数は年々減少し、昨年度は定員の3割程度でした」
2億ガルド。この世界の貨幣価値は分からないが、マリアの表情を見る限り、とんでもない額らしい。
「つまり、このままだと……」
「学園は破綻し、閉校になります」
ああ、これはひどい。
前世では搾取される側だったのに、今度は破綻寸前の学園を押しつけられるなんて。
「教職員の給与も、既に3ヶ月遅配しております。設備の維持費もままならず、先月は魔法実習室で小さな爆発事故も……」
「爆発?」
「はい。幸い怪我人は出ませんでしたが、安全魔法陣の更新ができておらず……」
どんどん状況が悪くなっていく。これは本格的にヤバい状況ね。
「近隣には王立魔法学院をはじめとする名門校があり、優秀な生徒はそちらに流れてしまいます。我が学園に残るのは……」
「どこにも行けない生徒だけ、ってことね」
「……はい」
マリアが申し訳なさそうに頷く。
でも、待って。
考えてみれば、これはチャンスじゃない?
前世では、散々ブラック企業に搾取されて、最後は使い捨てられた。今度は違う。今度は私が経営者なのよ。
搾取される側から、搾取する側へ。
今度こそ、私が勝つ番。
そうよ。今度は私が悪徳経営者になって、散々甘い汁を吸ってやる。
2億ガルドの借金?
上等じゃない。この学園を使って、がっぽり稼いでやるわ。
生徒からは学費を搾り取り、教職員は安い給料でこき使い、設備投資は最低限に抑えて、私だけが豪華な生活を送る。
そう、私は悪徳理事長になるのよ!
「マリアさん」
「はい」
「私、やります」
「え?」
「この学園を立て直します。いえ、立て直して見せます」
マリアの目が驚きで見開かれる。
「ただし、私のやり方で。効率重視、利益最優先で行きますからね」
「り、理事長……」
「もう甘いことは言わせません。今日からアルトハイム魔法学園は変わります!」
内心では『ふふふ、今度こそ私が搾取する番よ!』と思いながら、表面では毅然とした理事長らしさを演出する。
マリアが感動したような顔をしている。
まあ、絶望的な状況から立ち上がろうとする理事長を見て、希望を感じているのでしょうね。
でも、私の本当の目的を知ったら、どんな顔をするかしら。
意気込んでいる私に、マリアがおずおずと声をかけた。
「あの、理事長……一つお聞きしたいことが」
「何ですか?」
「理事長は……魔法、お使いになれるのでしょうか?」
「え?」
「まさか……魔法学園の理事長が魔法を使えないなんてことは……」
「……」
「ああ……」
そういえば、転生モノでよくあるパターンね、これ。
魔法が使えない魔法学園の理事長。
これは、なかなか面倒なことになりそうね……。
でも、大丈夫。魔法が使えなくても、経営手腕で学園を乗っ取って見せるわ。
今度こそ、私が勝者になるのよ!