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001

新作です、よろしくお願いします。

この話だけは、ヒロインの登場まで進ませるので、やや文字数多めとなっています。

 気が付けば、僕は何も無い空間に立っていた。


 光も、音も、感触も、自身が呼吸している感覚さえない。文字通り何も存在しない虚無。その中に、僕だけが取り残されていた。


(……死んだ?)


 不思議な空間を前に、ふとそんな考えが浮かぶ。


 この空間が死を体現しているものだと言われれば、どこか納得出来る部分もある。

 だが、死んでしまえば思考することさえできないはずで、こうして考えを巡らせている現状とは矛盾していた。


(じゃあこれは一体……えっ?)


 思考の海に沈みかけた時、不意に異変が訪れた。


 指先が、音もなく身体から剥がれたのだ。

 剥がれた指先は、しばし宙を漂ったのちに、虚空へと呑まれて消えていった。


 あまりに現実離れした光景に、言葉も出ない。


 呆気に取られていると、今度は脇腹だった。

 乖離し、僕の身体から離れていく。それも、ただの乖離ではない。削れるたびに、心の奥底がぽっかりと空いていくような感覚があった。


 やがて、それは全身に及ぶ。

 肉体、感覚、記憶、感情――己を構成する要素の全てが次々と削ぎ落とされていく。このままでは存在そのものが世界から跡形もなく消える、そんな確信を抱く。


 頭で考えるよりも早く、身体は必死に足掻き始めていた。しかし剥離と消滅はとめどなく進行し、どれだけ足掻こうとも止まる気配は無い。


 きっとこの先に待っているのは、本当の「死」だ。


(嫌だ……!)


 底知れぬ恐怖が胸を締め付けるが、その感情さえもみるみるうちに薄れていく。


(死にたくない……!)


 この状況から脱却する術を考える余裕も無く、その一言だけが削られた意識を占める。

 もし死ぬことがこれほど辛いものだと知っていたなら、もっと必死に生きていたのに。どんな手を使ってでも、死なない術を探し求めていたのに。


 僕は足掻く。気が付けば、足掻いてた手足はとうに失われていた。それでも、残された僅かな肉体を駆使して芋虫のように無様に蠢く。


 やがて、肉体すら無くなった後も、精神だけで抵抗し続けた。一秒でも長く、僕が僕であり続けるために。


 だが、どれほど強く願おうとも、どれほど必死に足掻こうとも、この状況を覆す奇跡は起きなかった。喪失は無情に続き、僕から全てを奪い去っていく。


「……死にたくない」


 避けられぬ末路を悟ったその瞬間、僕は心の底から「死」を呪った。


 そして――この世界から消えた。




 * * *




 ――闇の底から、意識が浮かび上がる。


 差し込む光に照らされて、僕は目を覚ました。


「ここは……」


 真っ先に眼前に飛び込むのは、落ち葉と湿った土で構成された地面。

 見上げれば、濃緑の葉が重なり合い、その隙間から陽の光が差し込んでいる。鳥の囀りや木々のざわめきが風に乗って耳に届く。


「どこだ?」


 深い森の中だった。


 ここがどこの森なのか、どうして僕はここに居るのか、分からないことだらけだ。

 それでも、ここにある全ての物体が確かな実体を有している。ここはあの虚無の世界ではない……それが分かるだけで落ち着ける余裕がある。


 しかし、湿った土の匂い、風に揺れる枝のざわめき、差し込む光の揺らぎ――どれも現実感に満ちているのに、どうにも自分だけがその風景から浮いている気がした。


 疑問に思いながら身を起こそうとして――手が地面をすり抜けた。


 慌ててそちらに顔を向け、気付く。


 僕は、薄い灰色の、輪郭の曖昧な存在になっていた。完全に透明というわけではないが、ぼんやりと霞んでいて、何ひとつ触れられず、感触もなく、呼吸も鼓動も感じない。


「幽霊……?」


 今の僕は、まさにそれだった。地に足をつけることもできず、半透明のまま、宙に漂う存在。


「やっぱり……僕は死んだのか?」


 思い当たる節があるとすれば、あの死の直前の記憶だ。あの世界が何かを引き起こした可能性はある。

 しかし、それも所詮は憶測にすぎない。今の僕にできるのは、この現実を受け入れることだけだ。


 何であれ、僕の意識は確かにここにある。思考も、記憶も、さっきまでの恐怖さえも――全てそのまま僕の中に残っている。


 そして、なぜか分かる。もしここで死ぬことになれば、再びあの虚無の世界へ行くことになるだろうと。そんな確信めいた予感が、胸の奥に渦巻いていた。


 ならば、やるべきことは一つしかない。


 ――この第二の人生を、生き抜くしかない。




 * * *




「おっ、エネルギーが入ってきた」


 この世界に来てから、数日が経った。辺りの探索を続けるうちに、いくつかのことが分かってきた。


 まず、ここは地球ではない。


 見慣れない草木が生い茂り、夜空の星々は不規則な軌道を描く。そして決定的だったのは、動物とはかけ離れた姿をした異形の生命体――魔物の存在だった。


 森の奥では、人間の二回りはあるような巨大な狼が闊歩していた。

 他にも、浅いところでは頭に小さな角を生やし、醜い顔をした人間の子供ほどの大きさの異形たち――ゴブリン。それが数体が群れを成して洞窟に生息している。


 ゲームやファンタジーでよく見かける存在だが、まさか現実で目にするとは。僕は異世界に来てしまったらしい。


 次に判明したのは、僕がこの世界で幽霊として存在しているということ。


 地面や木々、生き物の身体さえもすり抜けるこの身体は、物理法則を超越していた。空気のように漂い、音も立てずに移動することができる。

 魔物や動物には存在が見えているようで、視線を向けられることはあるが、今のところ襲われることはない。深部で遭遇した巨大な狼型の魔物も、僕を気にも留めていなかった。

 もしかすると、彼らにとって僕は敵ではなく、同族のような存在なのかもしれない。


 いずれにせよ、襲われる危険が少ないというのは僥倖だった。仮に襲われたとしても、この身体なら攻撃をすり抜けるし、しばらくは"死”を心配せずに済みそうだ。


 そして、活動には“エネルギー”が必要になることも分かった。


 エネルギーとは、僕がそう呼んでいるだけで、その実態は生命力に近い何かだ。新鮮な動物や魔物の死体には、命の残滓のようなものがあり、近付くと僕の身体に取り込まれていく。


 取り込むたび、感覚が鋭利になり、身体の奥から力が湧いてくる感覚があった。

 速く移動したり空高く飛び上がったりするとエネルギーを消費している実感があるので、これはこの身体の動力源のようなものなのだろう。


 それが尽きた時、どうなるかは――考えたくない。


 更に興味深いことに、死体の中に入り込むことで、一時的にその身体を借りることができた。

 死体の大半は傷を負った四足歩行の獣ばかりなので、借りたところで大した動きは出来ないが、間違いなく有用な能力ではあるだろう。


 なお、エネルギーは生者にも豊富に含まれているが、僕の力が足りないのか、それともそういうシステムなのか、取り込むことはできなかった。


 だから今は、死んだばかりの死体を探して回るか、身体を借りて簡易的な罠を仕掛けることで、エネルギーを得ている。


 ……改めて状況を整理しても、分からないことばかりだ。


 ここはどのような世界なのか、人間のような話が通じる者は存在しているのか。……そもそも、何故僕は幽霊として生まれたのか。


 その答えを探るべく、僕はこの広大な森の浅い場所、人の手が届く可能性のある地へと向かっていたのだが――。




「……何か居る?」


 ある時、異質な気配を察知した。


 金属がぶつかり合う乾いた音、低く抑えられた人の声――道中、死体からエネルギーを取り込んだことで鋭くなった聴覚が、それらの情報を拾った。


 気配のする方へ向かうと、木々の隙間から数人の人影が見えた。

 軽装の小柄な男が先頭に立ち、後ろには弓を携えた長身の男と、大剣を腰に下げた筋骨隆々の男が続く。擦り切れた装備と使い込まれた道具類が、彼らが場数を踏んだ戦士であることを物語っていた。


「おーい」


 警戒している素振りの三人に、物陰から声を掛けてみる。だが、誰一人反応しない。動物も同じだったので薄々察してはいたが、どうやら僕の声は皆に届いていないらしい。


 仕方なく、地面をすり抜けながら尾行し、三人の会話に耳を澄ませる。

 どうやら彼らは“冒険者”と呼ばれる存在で、魔物の討伐を目的にこの森へ足を踏み入れたらしい。ゴブリンとの遭遇時には、躊躇なく襲いかかって斬り伏せていた。


 だが、敵地だからか不用意に声を発することはなく、会話からはそれくらいの情報しか得られなかった。


 この世界に来て、初めて出会った人間。僅かな情報だけで見逃すには、あまりにも惜しい。すぐ近くに“保険”も用意してある。

 僕は意を決して、彼らの前に姿を現すことにした。


「何だ!?」


「あれは……ゴーストか? なんでこんな所に?」


「森に出るなんて聞いたことがないぞ?」


 一応、敵意がないことを伝えるべく正面から堂々と姿を見せたのだが、三人は困惑の表情を浮かべていた。


「ゴーストは物理攻撃が効かないが……」


「簡単な魔法くらいは使える。撃ってみるか」


 弓を構えた男の一言に、僕の背筋が凍る。

 魔法? そんなものまであるのか。


 口振りからして、今の僕に効く恐れがある。

 慌てて距離を取ろうとするが、保険の用意で多くのエネルギーを消費してしまったから、素早く動くことができない。逃げるより早く、男の手に生み出された小型の水の球体がこちらに飛来した。


「くっ……」


 それは僕の身体をすり抜けず、確かに当たった。痛みはないが、内部のエネルギーが僅かに減ったのが分かる。


「おい! 逃げるぞ!」


「なんか怪しいな、追ってみよう」


 背後から声と足音が迫る。だが僕はそれに構わず、一直線にある所へと向かった。


 そこにあったのは、巨大な熊の死骸だ。以前に少し離れたところで見つけたのを、憑依して運んできたのだ。

 すぐさま意識を沈めて中に潜り込む。冷たい肉の感触、重たい四肢、ぼんやりとした視界……気持ち悪い感触だが、運んだ経験もあるので思い通りに動かすことができる。


「チッ、簡単に木々をすり抜けやがって――」


 程なくして、小柄の男の声がする。

 探さずとも、生きた人間に宿る濃密なエネルギーの気配で、どこにいるか分かる。


 僕は迷わず、熊の巨体ごと突進した。鉤爪など使う必要はない。この質量さえあれば十分だ。


「――熊!?」


 男は突然迫り来る巨躯に目を丸くするが、軽やかな足取りで身を翻し、回避する。

 しかし、その後方に控えていた筋肉質の男は反応が遅れた。剣を抜く暇もなく、その身体を巻き込んで巨木に叩きつける。


 骨の砕ける音と共に、口から血が噴き出た。


 その直後、肩に矢が突き刺さる。憑依した状態で傷を負うのは初めてだったが、やはり痛みはなかった。


「嘘だろ……」


 振り向けば、呆然と立ち尽くす弓を構えた男と目が合う。攻撃するか迷うが……すぐに視線を正面に戻す。

 僕はまず確実にエネルギーを得ることを選んだ。


 巨木にグッタリともたれかかる男に、鉤爪を何度も振り下ろす。仲間たちは阻止しようと攻撃を仕掛けてくるが、熊の肉体は頑丈で、簡単には止まらない。彼らは焦るあまり、これが死骸であることに気付いていないらしい。


 やがて男の命が尽き、体内のエネルギーが取り込み可能な状態になったのを確認する。


「うおっ!」


 後方に一閃。鉤爪を薙いで敵を一瞬怯ませ、その隙に熊の身体から抜け出し、倒れた男の上に浮かび上がる。そして、その命の残滓に触れた。


「――いただくよ」


 体内へ流れ込んでくるのは、これまでにない濃密なエネルギー。熱く、奔流のように力が満ちてくる。視界が開け、音が鮮明になり、全身に万能感が満ちる。


 仲間たちが事態を理解して駆け寄るよりも早く、僕はエネルギーを使って高速移動を行い、そのまま森の奥へと姿を消した。




 * * *




「しかし、どうしたものか……」


 人間と接触してから数日。やや不本意な形で元いた森の深部へと戻ってきた僕は、頭を悩ませていた。


 この世界も人間が存在することは確認できた。

 だが、言葉は通じず、僕は討伐されて当然の存在であるらしい。無敵だと思っていたこの身体も、魔法という対抗手段があることが確認できてしまった。


 これでは呑気に人里に向かうなどと言ってられない。

 だからといって、いつまでも森に籠もっていても状況は変わらない。この身体にも寿命があるかもしれないのだ。

 情報も乏しいまま、ただ漂っているわけにもいかない。


「……僕と同じ境遇の魔物を探してみるか?」


 こんな目に遭っているのが僕だけとは限らない。仲間を探してみるのも手ではなかろうか。


 ――そう考え始めた、その時だった。


「……見つけたぞ」


「え?」


 不意に、澄んだ女性の声が耳を打った。

 反射的に振り向くと、そこには冒険者たちとは明らかに異なる気配を纏った二人の女性が立っていた。一人は、騎士のような銀の意匠があしらわれた甲冑に身を包み、もう一人は修道服のような露出のない白黒の衣を纏っている。

 ここは深部。強そうな魔物も結構居たのだが……。


「殺れ」


 行動を起こす間もなく、騎士の女が一言告げた。


 それを受けて、修道服の女が何かを呟きを始める。その瞬間、冒険者が魔法を使っていた時とは比にならない、異質な力の波動が空気を震わせた。


 ――不味い。


 直感が警鐘を鳴らす。

 人間から取り込んだことで豊富にあったエネルギーを、一気に開放させて全速力で距離を取った。


 ――だが、遅かった。


 次の瞬間、全身に焼け付くような痛みが襲いかかった。


 痛い。痛い。肌や骨ではない、身体の内側から灼かれるような、魂を削られる感覚。幽霊であるはずの僕に、痛覚が残っていたとは。


「ッ……ぐ、ああああっ……!」


 言葉すら出ず、ただ悶絶することしかできない。激痛のあまり意識が引き裂かれそうになる。

 それでも、逃げなければ。少しでも距離を取らなければ。本当に死んでしまう。その先に待ち受けているのは――。


(嫌だ……!)


 体内の残るエネルギーを掻き集めて、更に加速させる。身体が崩れていくような錯覚に襲われながら、それでも生き延びるために、少しでも遠くへ――。


 僕はただ無我夢中に、森の奥部へと逃げ続けた。




 どれほどの距離を移動したのか分からない。

 気が付けば、灼熱の魔法の余韻は跡形もなく消え去さっており、僕は形を保つのがやっとという有様だった。


 エネルギーが、足りない。

 このままでは、遠からず完全に消滅してしまう。


 いい。ほんの少しでいい。僅かでもエネルギーがあれば――。


 そう願いながら、半ば霧のように揺らぐ身体を引きずるようにして、僕は漂い始めた。苔むした岩を越え、樹々の根を縫うように、深く暗い森の中を彷徨う。


 ――その時だった。


 突如、周囲の空気が震えた。濃密で、圧倒的なエネルギーの波動が押し寄せてきたのだ。

 ただの動物や小型の魔物から発せられるものとは桁が違う。以前に取り込んだ冒険者の男ですら、比較にならない異常な量。


 ほとんど消えかかっていた意識を振り絞り、その御馳走の気配がする方へと進む。


 やがて辿り着いたのは、緑に囲まれて僅かに開けた空間だった。


 そこに倒れていたのは、長く尖った耳と中性的で端正な顔立ちをした青年――俗に言うエルフだった。

 胸元には深く突き刺さった刃の痕があり、そこから周囲の草木へと鮮やかな赤が広がっている。

 まだ微かに息をしているが、もう間もなく死ぬと見受けられた。


 そして、彼のすぐ傍に――もう一人。


 青年と同じ特徴を備えたエルフの少女。

 華奢な身体に、幼さの残る顔立ち。年若く見えるが、その手には、滴る鮮血を纏った短剣が固く握られていた。


 僕の存在に気付いたようで、少女は目を見開き、しばらく倒れた青年と僕を交互に見比べる。

 やがて僕の方へ視線を定めると、短剣を胸元に手繰り寄せながら、無邪気な笑みを浮かべた。


「てへっ」

皆さんこんにちは。こちらは以前お話ししていた新たな案を、衝動的に書き上げたものになります。


まだ方向性は定まっていませんが、「ダークファンタジー×スローライフ」といった雰囲気を、なんとなく目指しています。


今作は息抜きとして超気楽に綴っていく予定です。

肩の力を抜いて、のんびりお付き合いいただければ幸いです。

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