この恋をもう一度
振り積もった雪の上を私はどんどん歩いていく。
重たい足を精一杯動かして。
私が歩いたところには私の足跡がくっきりと残されている。
そしてそこには赤黒い液体も染みていた。
その量はだんだん増えてきている。
ついに私の体は限界をむかえ、その場に倒れこんだ。
動かなくなった私の体は降り積もる雪で埋もれた。
厳しい冬の寒さにも負けず美しく花を咲かせる雪中花。
周りにはこの花以外は咲いていない。
雪中花は今日も氷を割って芽を生やし、春を告げる。
最近は雪解けもだいぶ進んできた。
まだ肌寒い時期ではあるが、雪は溶け始めてきている。
俺は窓の外の景色を眺めると、遠くに雪中花が花を咲かせているのが見えた。
気になった俺はそばまで行くと雪中花を見つめた。
この花が咲く季節になるとなにをしていても思い出す。
二年前のあの出来事を。
突然姿を消してしまった君のことを。
俺は彼女に対して、気づかないうちに恋心を抱いていたようだった。
しかし、彼女が居なくなってはこの恋は叶わない。
叶ったと思った恋はもう終わってしまったんだ。
俺が初めて恋をした相手。
最初で最後の恋は終わってしまった。
俺は彼女以外考えられなかった。
どんな時も優しくて困ってる時は助けてくれて、辛い時は寄り添ってくれた彼女のことを。
また彼女に会える日が来てはくれないだろうか。
俺は今日も星に願いを唱える。
いつか、この願いが叶ってくれないかと信じて。
あのころの雪はどこへ行ってしまったのかと聞きたいくらいに、雪の跡形もないこの野原。
今では緑色の草がいたるところに芽を出す。
最近はだんだんと気温が高くなってきた。
夜遅くに外へと出かければ聞こえてくるセミたちの鳴き声。
夜だとしても蒸し暑く感じる。
散歩に出かけた俺はサネカズラという真っ赤な実をつけた木の下に立った。
そして上を見上げる。
今日も星はキラキラと輝く。
そろそろ帰ろうかと目線をしたに下げると、そこには一人の女性がいた。
俺は目を疑った。
あの山吹色の美しい髪。
あの顔立ち。
俺の体は何も考えることなく動き始め、その女性の元へと向かった。
「あのっ、こんなところでなにをしているのですか?」
口が勝手に動く。
話しかけるつもりなんてなかったのに。
どうせ別人なんだから話しかけたって意味が無い。
そう思っていた。
だが互いに会話をしているうちに、この女性が信じられないほどに彼女と似ていることに気がついた。
容姿だけでなく性格も似ているだなんて。
俺は夢でも見ているのかと疑った。
そのため自分の頬をつねったが痛みを感じ、女性は不思議そうに俺を見つめていた。
このような状況下にいたら、どうしても期待してしまう。
この世から姿を消してしまった彼女が、本当は生きていたんじゃないかって。
そんな夢みたいなこと、あるはずがないのに。
そんなことを思っても、俺は心のどこかにあった微かな期待を捨てきることができなかった。
自分でも気づかないうちに、また期待をしてしまっていた。
俺が夢見、描いているような展開が来るんじゃないかって。
それでもやはり夢は夢。
現実は現実なんだ。
そんな待ち望んだ出来事がおとずれるはずがないんだよ。
そう考える俺を、女性はじっと見つめていた。
女性と出会って半年がたった。
女性はだいぶ心を開いてくれたようで、あの時よりも笑顔が増えた気がした。
それを見ていて俺は少し微笑ましく思った。
それと同時に思い出す。
三年前にいなくなってしまった彼女のことを。
彼女との出会いも同じような感じだったことを。
それを踏まえ、俺はさらに女性と彼女を重ねてしまう。
別人のはずなのに、恐ろしい程に全てが似ている彼女らを。
明日、女性をとある場所へと連れていこうと思う。
そこは俺と彼女が初めてであった場所。
二人の大切な思い出が詰まった場所。
なぜだか分からないけど、そこに行けば彼女に会える気がした。
次の日、俺は女性を誘ってあの場所へと向かった。
女性は不思議そうにしていた。
いきなりのことだから驚いたのだろう。
「ここだよ。」
俺は女性にこの景色を見せた。
いたるところに雪中花が咲き誇るこの場所は、俺たちしか知らない。
そして花の美しさに見とれている女性の片手を、俺は手に取った。
俺は女性にウインターコスモスの花束を渡すと、緊張で上手く動かない口を動かした。
「もう一度、俺と付き合ってくれませんか?」
彼女は頬をつたるしずくを拭き取ると、俺にニコッと微笑んだ。