第6話 処刑
「嵌められたって……、それって冤罪ということですか?」
「そうだ」
「誰がそんな……」
「私は王太子として、懸命に働いてきたつもりだ。……だがそれをよく思っていなかった者がいた。不正を暴こうと色々と調べていたが、先手を打たれて罠に嵌ってしまったようだ」
「罠……」
アトラスの言葉にルイーズは眉を歪め呟く。
「謀反など起こしていないと父上には訴えたが、証拠があると聞く耳を持ってもらえなかった」
「証拠?」
「ああ。父上を暗殺し、私が国王になるということが書かれた誓約書だ。それに加担した者たちと私の署名が入ったな」
「署名って、アトラス様が書いたんですか?」
「まさか。そんなもの書いたつもりはない。だが署名は確かに私のものだった。偽造されたにしてはあまりにも本物のようで、自分でも目を疑ったよ」
ルイーズはあまりの話にそれきり黙り込んだ。
まさか謀反の話が、こんな複雑な話だとは思わなかった。
(断罪間際にこんな嘘をつくとは思えない……)
まだ刑が決まっていないのなら、自分を懐柔するために嘘をつくこともあるだろうが、そんなことをしてももう意味はない。
まもなく彼は死んでしまうのだから。
「こんな話、信じられないか……」
アトラスは自嘲気味にそう言うと俯いてしまう。
「すまない。ただ聞いてほしかったんだ。一緒に戦ってきた部下たちもまもなく処刑される。だから……」
言葉を途切れさせ押し黙ってしまったアトラスに掛ける言葉もなく、ルイーズも口を噤んだ。
沈黙が続いたが、しばらくしてアトラスは顔を上げた。
「君はこの後どうなるんだ?」
「私は城の中の教会で、祈りの日々を送るそうです」
「そうか……。申し訳ない。君の人生を台無しにしてしまった。まったく関係ない君にこんな迷惑を掛けるなんてな……」
「本当にそうです」
ルイーズがはっきりとそう答えると、アトラスは目を瞬かせて驚いた顔をする。
「こんなに人から迷惑を掛けられたのは初めてです」
「え?」
「でも、実は少しだけ感謝もしています」
「感謝? なぜ?」
ルイーズはふふっと笑って続ける。
「今回のことで、結婚の約束をしていた男性が、最低な人だってことが分かったんです。私を守るどころか、うさぎのように一目散に逃げだした。あんな人だとは思いませんでした。本当に結婚しなくてよかったです」
「君も色々、大変なんだな……」
呆気にとられたような顔でそう言うアトラスに、ルイーズは肩を竦めたみせた。
「私のことは心配しないで下さい。私はへこたれない性格ですから。どうにかして城から出て、こんなことを押しつけた王家と家族を懲らしめてやります!」
父が亡くなってから、継母や妹から散々意地悪をされて、ルイーズは精神的にとても強くなった。今回のことはあまりに急で、最初はどうしたらいいか分からず悲しみに暮れていたが、城に閉じ込められている間にじっくりと考えて気持ちを立て直した。
(悲しんでなんていられない。自分の力でどうにかしなければ、誰も助けてなどくれないんだから)
両手を握り締めて決然と言ったルイーズを見たアトラスは、キョトンとした顔をした後、突然笑いだした。
腹を抱えて大きな声で笑う。その姿を見てルイーズも一緒に笑った。
「君は面白いな!」
本当に楽しそうに笑ったアトラスは、やっと笑いを収めると、ルイーズに顔を向けた。
「断罪の前にこんなに笑うとは思わなかったよ。最期に話せたのが君で良かった。ルイーズ、ありがとう」
「アトラス様……」
右手を差し出すアトラスの手を見て、ルイーズは一瞬ためらったが、その手を握り返した。
「私も、アトラス様に会えて良かったです」
「君が自由になり、幸せになることを祈っているよ」
「…………」
その言葉に何と返していいのか分からず、ルイーズはただ頷いた。
それから時間になり司祭が船倉に入ってきた。
「お時間です」
牢を開けて呼びかける司祭に、どうしていいか分からず戸惑っていると、背中をそっと押された。
「外へ」
「アトラス様……」
振り返るとアトラスが優しく微笑んでいる。
ルイーズはゆっくりと立ち上がると、笑うこともできずただ頭を下げた。
「お別れだ」
「はい……」
微かにそれだけを言うのが精いっぱいだった。
何の関係もない、さっき初めて話したばかりの人なのに、今から処刑されるのだと思うと、悲しくて仕方ない。
震える足をもつれさせながら牢の外に出ると、剣を持った処刑人とすれ違った。
兵士に促されて甲板を歩くと、船には小舟が二艘つけられていて、ルイーズはそこに乗り移った。
暗闇の中、しばらく待っていると、処刑人と司祭が現れる。血がべっとりと付いた剣を持った司祭がルイーズと同じ小舟に乗り込むと、繋がれていたロープが切られた。
「火をかけよ!」
司祭の掛け声と共に、弓を持っていた兵士が矢をつがえる。火のついた矢が放物線を描いてアトラスの乗る船に放たれると、あっという間に火が燃え上がった。
ルイーズは顔を歪め火を見つめる。
「さぁ、戻ろう」
兵士が櫂を動かし、小舟は徐々に港へ向かって進みだす。
司祭が祈りの言葉を唱える。その声を聞きながらルイーズは暗闇を赤く照らす船を見つめ、両手を胸の前で合わせると、やるせない思いに心を震わせたのだった。