第44話 罪と罰
それから10日を掛けて取り調べが行われた。腐敗した政治を正すためにも、今回とは関係のない不正などもすべて洗い出され、関係する貴族たちは軒並み捕縛された。
ルイーズは精神的に辛いだろうアトラスのことを思い、ずっとそばにいて支え続けた。
そうして、もう一度裁判の間へ全員が集められた。
手枷をさせられたカーティスたちは、とぼとぼと部屋へ入ってくるシオン王を見て目を見開いた。
「ち、父上、どうして!?」
「お父様!? なぜお父様が捕えられているの!?」
カーティスたちに目を向けることなく、シオン王はバルザスの隣の席に背を丸めて座る。それを待ってアトラスは話しだした。
「すべての取り調べが終わり刑が確定した。全員、心して聞くように」
傍聴席に集められた貴族たちは、固唾を飲んでアトラスに視線を向けた。
「兄上! なぜ父上を捕えたんだ! やはりお前――!」
「カーティス、お前を唆していたバルザスは、国王の指示ですべてを行っていたんだ」
「え……? う、嘘だ……、そんな訳……」
激しく動揺を見せるカーティスに向けて、アトラスは続ける。
「国王は自らの名を後世に残すため、王太子であった私を殺害しようとした。その実行役としてバルザス侯爵と第二王子であったカーティスを利用した。また国の荒廃が分かっていながら、貴族たちの不正を見て見ぬふりをし、兵士や国民を見殺しにした」
「そ、そんな……、父上……、違いますよね? 父上!」
いくらカーティスが呼び掛けても、シオン王は顔を上げない。それに比べ、隣に座るバルザスは、冷静な表情で真っ直ぐ前を向いたまま微動だにしていなかった。
「子を殺し、国民を見殺しにした。これは国王として許しがたい罪だ。……よって、国王デューク・シオンは極刑とする」
アトラスの静かな声に、貴族たちからざわめきが起こる。だがアトラスの言葉を聞いても、シオン王は顔を上げなかった。
カーティスはイスから立ち上がろうとするが、兵士に強く肩を押さえつけられる。シャノンは両手で顔を覆って泣き始めた。
「次にロドリグ・バルザス侯爵。あなたは私腹を肥やすため、何度となく不正に手を染めた。この国の政治や貴族たちが腐敗したのは、あなたが一端を担っていたのは確かだろう。何より国王からの指示とはいえ、王太子を殺そうとした罪は重い。よって、極刑とする。また侯爵家は取り潰し、親族はすべて平民へと格下げとする」
バルザスはすべてを聞き終わると、頷くように顎を引き目を閉じた。
「王太子カーティス・シオン。バルザスと共に私を無実の罪で捕え、さらに関係のない騎士たちを処刑した。また第二王子の頃より不正に手を染め、国費を無断で使用した。その後、王太子になったにも関わらず、国政を疎かにし、国を危機に晒した。よって、極刑とする」
「嫌だ! 兄上! どうして私が!!」
「静かにしろ!」
カーティスが声を上げて暴れると、兵士が二人がかりで取り押さえる。
重苦しい空気の中、アトラスがシャノンに視線を合わせると、シャノンは真っ青な顔で首を横に振った。
「お、お兄様……! 私は無実です! 何も知らなかったのです! ですから!」
「王女シャノン・シオン、そして王太子妃コンスタンス・シオン。確かにあなたたちは直接的な罪を犯してはいない。だが無知は罪だ。国を支える王家の一員としてやるべきことをせず、ただ自分たちの安寧のために目も耳も塞ぎ続けた。姉であるルイーズを人身御供とし、虐げたことも目を瞑ることはできない。よって二人は平民に降格とし、生涯を修道院で過ごし祈りの日々を送ることを命じる」
「そんな! お兄様! 私は実の妹なのよ!? 何もしていないのにどうして!?」
「私は王太子妃になったばかりです! 関係ないわ! お姉様! お姉様からも言ってちょうだい! 私は関係ないって!」
「コンスタンス……」
傍聴席の隅で話を聞いていたルイーズは、悲しげにコンスタンスを見つめる。
コンスタンスは今まで見たことがないほど青い顔でぶるぶると震えている。
(ごめんね、コンスタンス……)
それぞれの罰についてはアトラスに一任している。ルイーズは口を出すつもりはなかった。政治についてよく分からないルイーズが、ただ妹だからと赦免を訴えることはできない。
「そして、今日この日をもってシオン王家は解体とする。王族はすべて爵位を返上し平民に降格。また不正に手を染めていた貴族たちは、順次刑罰を与える。そして国が落ち着くまでは、国政をオルナンド王国に委ねるものとする」
「やはりそういう魂胆だったのか! 国をオルナンドに売り渡すなんて! お前こそ売国奴だ!!」
カーティスの怒鳴り声と、女性二人の泣き声が部屋に響き渡る。
(これで全部終わったのね……)
最後まで冷静に話し続けたアトラスは、カーティスの声に応じることはせず、背中を見せると部屋を出て行った。
ルイーズも後を追って部屋を出ると、少しして背後から名前を呼ばれた。
「ルイーズ!」
見知った声に振り返ると、ネイサンが青い顔で走り寄ってくる。
随分久しぶりに見た元恋人の姿に、ルイーズは思わず足を止めた。
「ネイサン、久しぶりね」
「ルイーズ、オルナンドはこの国をどうするつもりだ?」
「どうするとは?」
「このままシオンは野蛮なオルナンドの属国になるのか? 我等はどうなるんだ? 貴族がどんどん捕まっているけど、まさか全員捕まえるのか!?」
「落ち着いて、ネイサン。捕まったのは罪がある者だけよ。それに属国になんてならないから大丈夫よ」
動揺した様子で質問をどんどん投げかけるネイサンに、ルイーズは穏やかな声で答える。
「君はオルナンドの王太子妃になったんだろう!? お願いだ! 助けてくれ! 私は牢になんて入りたくない!」
情けない声を出すと、なぜか膝をついて頭を下げるネイサンに、ルイーズは以前と同じように落胆した。
「ネイサン、あなたが人として正しく生きているなら、怯えることなんてないわ。オルナンドは無実の人を捕えるつもりはないから」
「そ、そんなこと言われても、オルナンドは貴族の男性をどんどん捕えているじゃないか! 昔のよしみで助けてくれよ、ルイーズ!」
「ルイーズ!」
ルイーズの腕にすがるように掴んで放さないネイサンに困っていると、突然アトラスが現れその腕を振り払った。
「何をしているんだ!?」
「アトラス様!」
床に尻もちをついたネイサンは、アトラスの顔を見るなり「ひい!」と情けない悲鳴を上げる。
アトラスはルイーズを背中でかばうと、冷えた眼差しをネイサンに向けた。
「ノークス子爵の次男よ。……知り合いなの」
「そうか……。さきほども言ったが、貴族全員を罪に問うつもりはない」
「ほ、本当ですか!?」
「罪がなければな」
アトラスの言葉にネイサンが青ざめる。アトラスはルイーズの手を握ると、さっさとその場を後にした。
(ネイサン……、久しぶりだったけど、何も変わっていないのね……)
聖女としてアトラスの結婚が決まった時、ネイサンはまったく助けるそぶりを見せてはくれなかった。それを思い出してまた悲しい気持ちが広がる。
あんなに自分勝手な人を好きだったなんて、本当に今更ながら自分は見る目がなかったと思う。
「ルイーズ、どうした?」
「ううん、なんでもないの……」
やるせなく笑って首を振ると、ルイーズはアトラスの手をギュッと握った。
「これで全部終わったのね」
「ああ、あとはオルナンドに任せよう」
「ええ……」
アトラスは疲れた表情でそう答えると、ルイーズを抱き寄せて大きな溜め息をついた。




