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第41話 父の言葉

「ど、どうやって助かったというんだ……。神官は確かにお前の腹を刺したと言っていたのに。それに船は燃え落ちた……」

「ああ、確かに私は致命傷を受けた。燃え盛る船の中、もう終わりだと覚悟を決めた。けれど神の助けか炎は私を燃やす前に牢を壊し、私は海に飛び込んだ」

「そんな……」


 カーティスは動揺を隠すこともせず、うろたえた声を出した。


「あとは見ての通り、オルナンドに助けられ、今に至る」

「オルナンド……。アトラス、なぜオルナンドに捕えられて無事だったのだ? 敵国だぞ?」

「ええ、父上。私も最初はそう思いました。すぐに殺されると。けれどオルナンドは皆が知るような野蛮な者たちではなかった。敵国の将を温かく迎え入れ、治療を施してくれるばかりか、事情を知り手助けを申し出てくれたのです」

「助けられた? はっ! 何を馬鹿な! オルナンドに利用されて、祖国を売っただけではないか!! お前は騙されているだけだ! 間抜けめ!!」


 喚き散らすカーティスを一瞥するだけで、アトラスはシオン王を真っ直ぐ見つめる。


「経緯はどうあれ、私がこの戦争を終わらせに来たことに間違いはありません。長く続く戦争でシオンはもう疲弊しきっている。一刻も早く和平協定を結び、国民に手を差し伸べなければ国が滅びてしまう」

「アトラス……、そなたそんなことを思って……」

「父上、なぜこんなことをしたのです? これではすべてが台無しだ」

「これは……、カーティスが提案してきたことなのだ。オルナンドに勝つためにはこれしかないと……」


 申し訳ない様子でシオン王が言うと、カーティスは叱られた子供のように顔を顰め、下を向く。

 アトラスはそんなカーティスを見て溜め息をつくと、剣を鞘に納めた。


「分かりました。詳しい事情は中で聞きましょう。これよりシオンはオルナンドの支配下となる! 投降する者には危害は加えぬ。しかし歯向かう者は容赦せぬ!」


 アトラスが声を上げると、まだ戦えるシオン兵が悔しそうに剣を床に落とした。その様子を見たカーティスは顔を歪めたが、オルナンド兵に四方から剣を向けられると、悔しそうに持っていた剣を投げ捨てた。


「父上、大人しく従っていただけますか?」

「分かった……」


 シオン王は低い声で頷くと、ゆっくりと立ち上がる。すると、顔を穏やかにさせてアトラスを見た。


「アトラス……、よく生きていてくれた」

「父上……」


 そこで初めてシオン王は父親の顔を見せた。アトラスも少しだけ表情を和らげると、小さく頷いた。


「よし、全員連れていけ」


 アトラスが指示を出すと、オルナンド兵がきびきびと動き出す。どの貴族も大人しく従い、静かに演説台を去っていく。だがそこでまだ声を荒げる者がいた。


「お姉様! お姉様、助けて! 私は何もしてないわ! お願い、助けて!!」

「コンスタンス……」


 必死に声を上げ、走り出てくるコンスタンスを兵士が押し留める。


「放しなさい! わたくしを誰だと思っているの!? 王太子妃に無礼でしょう!?」

「コンスタンス、素直に従ってちょうだい。さ、連れて行って」

「いや! 触らないで!」


 ルイーズがそう言うと、暴れるコンスタンスを兵士たちが連れて行く。その姿を見送ってルイーズは溜め息をついた。



◇◇◇



「殿下」


 城内に戻り廊下を歩いていると、正面からアシュリーとカミルが走り寄ってきた。


「首尾よくいったようですね」

「そちらはどうだ?」

「ご所望の書類はすべて回収できました。城内の制圧もすんなりと。兵士も騎士も骨のない奴らばかりでしたよ」


 アトラスは安堵したようながっかりしたような複雑な表情で頷くと、差し出された書類を受け取る。


「国王以外の王族はすべて牢へ。国王と貴族たちは、とりあえずそれぞれ部屋から出られないようにしておけ」

「分かりました」

「ルイーズ、着替えないと風邪をひく。行こう」

「ええ」


 アトラスに促されて歩きだしたルイーズは、そのまま部屋に戻った。

 すぐにメイドたちが濡れたドレスを脱がし、身体を拭いてくれる。その間、アトラスは難しい顔をしたまま押し黙っていた。

 新しいドレスを着て一段落すると、メイドがテーブルに温かい紅茶を用意してくれた。


「アトラス様、お茶を飲んで少し落ち着きましょう」

「ああ」


 ずっと書類に目を落としていたアトラスは、まだ濡れた髪のままソファに座る。ルイーズはそれを見てソファから立ち上がると、タオルを手に取りアトラスの髪を優しく拭いた。


「みんな、怪我もなくて良かったですね」

「ああ。ルイーズも、オルナンド王も怪我がなくて良かった」

「……アトラス様は大丈夫ですか?」

「私も怪我はしていない」


 アトラスがそう答えると、ルイーズは手を止めてアトラスの隣に座った。


「身体じゃありません。ここが辛くはありませんか?」


 ルイーズは手を伸ばすとアトラスの胸にそっと手を添える。それを見てアトラスは少しだけ悲しげな顔を見せたが、すぐに表情を戻し首を振った。


「大丈夫だ。私はそれほどやわじゃない。それにここまでは想定内だからな」

「シオン王はアトラス様が生きていて、嬉しそうでしたね」

「そうだな……」


 断罪を決めたのはシオン王だが、やはりアトラスを愛していたのだ。だからあんな風に言ったのだろう。

 シオン王が「よく生きていてくれた」と言った時、ルイーズはとても安堵した。弟はともかく、父親である国王がアトラスを認めなかったらどうしようかと不安だったのだ。

 でもこれでシオン王の力を借りることができれば、カーティスとそれに与する貴族たちの罪を暴くのもきっと上手くいくはずだ。


「すべて順調にいっている。ここからはもう危険もないだろう。心配はいらない」

「はい、アトラス様」


 ルイーズはアトラスの言葉に頷くと、肩から力を抜きホッと息を吐いた。

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