第40話 舞台上の攻防
「信じられない……。もう魔物に憑りつかれているなんて……。何をぼうっとしているの! 早く殺しなさい!!」
ヒステリックにコンスタンスが叫ぶと、倒れていた騎士たちが慌てて立ち上がる。カーティスも立ち上がると、またルイーズに切りかかった。
レアが毛を逆立てて魔法を放ち、騎士が吹き飛ぶが、カーティスはその魔法をかいくぐり突っ込んでくる。
引き攣ったような笑みを浮かべたカーティスが剣を振り下ろす。その剣を受け止めたのは死んでいるはずのアトラスだった。
「い、生きていたのか!?」
「残念だったな、カーティス。私は二度も殺されてやるつもりはないぞ」
アトラスはそう言うと、カーティスの剣を払いサッと立ち上がる。ルイーズを背中にかばいしっかりと剣を構えると、カーティスは動揺を押し殺し同じように剣を構え直す。
「確かに手応えがあったはずなのに……」
「お前が切ったのはこいつだ」
アトラスが答えると、その身体から滑り出てくるようにテミスが姿を現した。
周囲から悲鳴が上がり、貴族たちが後退りする。カーティスは2歩ほど後ろに下がったが剣を下ろすことはしなかった。
「くっ……、魔物か……」
「テミスは普通の剣では傷つけられない。残念だったな」
「魔物がいようが関係ない! 何の警戒もせず少人数で敵のただ中に来たことを後悔するんだな! やれ!!」
カーティスが吐き捨てるように叫ぶと、演説台の後方で警備のために立っていた兵士が貴族の前に出てくる。
「陛下!」
「余に構う必要はない!」
アトラスがオルナンド王に呼びかけるが、オルナンド王は冷静な声を返し、どこに持っていたのか、大剣を引き抜いた。
「オルナンドはそれほど容易くないぞ」
不敵にオルナンド王が笑うと、演説台の下から大量のオルナンド兵が飛び込んできた。
「ど、どうやってこの高さを!?」
「こちらにもやることがあるのでな。全員捕らえよ!」
オルナンド王の声によって、舞台上は一瞬にして戦場となった。叫び声を上げて逃げ惑う貴族たちと、剣を交える兵士たちで大混乱のなか、ルイーズを守りながらアトラスが剣を振るう。
激しい打ち合いにルイーズは恐怖を覚えたが、ふと頬に冷たい水滴が当たって空を見上げた。降り始めた雨があっという間に身体を濡らしていく。
「ルイーズ! 離れるんじゃないぞ!」
「はい!」
ルイーズはアトラスの足手まといにならないように必死に動いた。肩に乗ったレアが魔法を放ち、アトラスの手助けをしている。
アトラスの守護聖獣であるテミスも舞台上を走り回り、シオン兵を倒していく。
そうしてあっという間に、シオン兵全員が床に倒れると、あとはシオン王とカーティスだけになった。
「ほ、他の兵士はどうした!? なぜここに来ない!?」
「残念だが、城はすでに我等が制圧した。お前たちが調印式にばかり気を取られている間にな」
「な、なんだと!?」
カーティスは怒りに燃えた目をアトラスに向けている。シオン王は青ざめた顔で何も言わずこちらを見ていたが、ふいによろりと前に進み出てきた。
「ま、まさか……」
「どうしました? シオン王」
驚愕に目を見開くシオン王に、アトラスが静かに訊ねる。
そうして鬱陶しそうに濡れた髪を掻き上がると、ふとその手を見つめて「ああ」と苦笑した。
「さすがにこの雨では髪も元に戻ってしまいました」
アトラスの黒髪は染料が溶け落ちて、元の薄茶色の髪が露わになっていた。
その姿にシオン王とカーティスは目を見開いた。
「そんな馬鹿な……」
「まさか……、アトラス……」
「そんな訳がない! アトラスは死んだ!! 父上! 騙されてはいけません!!」
わめくカーティスをよそに、一部始終を見ていた市民から、「アトラス様だ!」と声が上がる。歓声にも似た声にアトラスは笑みを作ると、市民に向かって剣を振り上げた。
「彼らの方がよほど分かっているようですよ。父上、カーティス」
アトラスが苦笑してそう言うと、シオン王はその場にガクッと膝をついた。
「ほ、本当に……、アトラスなのか?」
「ええ、父上」
「う、嘘だ!! アトラスは死んだ!! お前は魔物だろう!?」
「カーティス。私は本物だ。断罪のあの日、生き延びたのだ。傷を癒し戻ってきた。すべての嘘を暴くために」
アトラスの言葉にカーティスは顔を歪め、奥歯を噛み締めた。
激しさを増す雨音を掻き消すほどの歓声の中、アトラスはそんな二人を冷酷な目で見つめた。




