第4話 船の棺
一人で城に戻ったルイーズは、その日から4日間、とても豪華な部屋で過ごした。とはいえ部屋から出ることは許されず半ば軟禁状態で、誰に会うことも許されず過ごした。
そうしてアトラス王太子の処刑の日、ルイーズは飾り気のない白いドレスに着替えさせられると、港へと連れて行かれた。
港にはたくさんの市民が詰めかけており、人で埋め尽くされている。全員の視線の先には中型の船が停泊しており、今は兵士たちが何かの荷を積み込んでいた。
「ルイーズ・クライン、来たな」
「カーティス殿下」
カーティスは兵士に指示を出していたが、こちらに気付くと声を掛けた。
どこか晴れやかな様子なのは、ルイーズの勘違いではないだろう。
「あの船に兄上は乗せられている。お前は共に船に乗り、結婚式を挙げる。そして月が中点になるまで共に過ごした後、刑が執行され、船が燃やされる」
「燃やす?」
「ああ。謀反は大罪だからな、亡骸も墓には入れない。あの船が兄上の棺になるのさ」
カーティスの言葉に、どこか現実味がなかった処刑というものが身に迫ってきて、ルイーズはぶるりと震えた。
「怖がることはないさ。お前は先に船から下ろされて、小舟でこの港に戻ってこられる」
「そう、ですか……」
ルイーズはそれだけしか言葉が出てこず頷くと、周囲に目をやった。
間もなく夕日が沈む。市民たちの泣き声がここまで聞こえてくる。
(王太子様は国民にも人気だったから、皆信じられないわよね……)
市民の悲しみをひしひしと感じながらも、ルイーズはただ自分のこれからを思わずにはいられなかった。
この処刑が終われば、自分はもう城から出ることもなく、祈りの日々になる。それがまだどうしても納得できないのだ。
古いしきたりだとしても、こんな理不尽などあっていいはずがない。
(落ち着いたら、陛下にお願いしてみよう)
船を悲しげに見つめたまま立ち尽くす国王の横顔を見つめ、ルイーズはそう自分に言い聞かせた。
そして日が暮れると、ルイーズや司祭を乗せ、船は港を出航した。
◇◇◇
初めて船に乗ったルイーズは、滑るように動きだしたことに少し驚いた。
「あまり揺れないのね……」
「船は初めてですか?」
「あ、はい」
思わず独り言を呟くと、隣に控えていた兵士が話し掛けてきた。
「まだ湾内だからあまり波は高くないんです。この先、あの岬を抜けると少し揺れてくるのでご注意下さい」
兵士が指を差す先には、暗闇の中に尖った崖がうっすらと見える。それが徐々に近付いてくると、その先にはもう広い海原しかない。
本当ならこんなにワクワクする景色はない。幼い頃、港に停泊する船に乗りたいとよく父にせがんだ。それから大人になっても一度も船に乗る機会はなく今日まできたが、こんな風に乗ることになるとは思ってもみなかった。
しばらく何を考えるでもなく景色を見つめていると、少し経って司祭が近付いてきた。
「ルイーズ様、こちらへどうぞ」
「は、はい」
名前を呼ばれ、緊張が身体を強張らせる。
ぎこちなく歩き船倉に入ると、部屋の奥に牢が見えた。
その中に手枷をつけられた男性が床に座り込んでいる。
「アトラス様、ルイーズ様をお連れしました」
「そうか」
低い声にビクリと身体を震わせる。
ルイーズの戸惑いをよそに、司祭は牢の鍵を開けてこちらに視線を向ける。
「どうぞ、ルイーズ様」
「…………」
ルイーズは声もなく頷き、意を決して牢の中に入る。
そうしてゆっくりと近付くと、ぼんやりとしたランプの灯りに照らされたアトラスの顔を見つめた。