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第39話 調印式

 城に戻ると、部屋でアシュリーの報告を聞いた。


「オルナンドの密偵の方たちと協力して、必要な書類を手に入れることに成功しました」

「あちらに気取られてはいないか?」

「ご心配には及びません」

「そうか」


 アトラスは静かに返事をすると、アシュリーから手渡された書類の束をめくり確認する。


「やはり偽造されたのは砦に配備するための武器の増強の要望書と考えてよさそうだ」

「覚えておいでなのですか?」

「大体はな。書類は国王に承認されればサインしていただき保管される。あの時期、確か砦に投石器を追加する要望書を書いた。急いでいたので直接私が国王に持っていったのを覚えている。その書類がこの中に入っていない」


 ルイーズはアトラスの記憶力の良さに感心しながらも考える。


「じゃあ、その書類をカーティス様が盗んで、バルザス侯爵が偽造したということですか?」

「そういうことになりますね」

「偽造はどうやったの?」

「あれからまた調べが進み、署名の偽造を行う者の他に、羊皮紙自体を偽造できる者がバルザス侯爵と繋がりがあることが分かりました。その者は破れた羊皮紙を繋ぎ合わせて、継ぎ目を限りなく消すことができるそうです」


 アシュリーの説明に、アトラスはなるほどと頷くと顔を上げた。


「なるほど……。では署名の部分だけを切り離し、国王を暗殺する文章が書かれた部分と繋ぎ合わせたということか……。その者は?」

「捕えてあります。まだ自白はしていませんが」

「切り離された元の部分は?」

「すでに処分されている可能性が大きいですが、その者の家を捜索中です」

「よし、よくやった」


 これまでの停滞が嘘のようにすべてが順調に進んでいるようにルイーズには思えた。アトラスがシオンに戻り、書類を偽造した者を捕え、あとはカーティスやバルザスとの繋がりを明かせばいいだけだ。

 上手くいくかどうか不安で仕方なかったが、これならばきっと大丈夫だとルイーズは胸を撫で下ろした。


「アシュリーは引き続きオルナンドの密偵たちと動け」

「はい、分かりました」

「アシュリー、カゼール村には立ち寄った?」


 ルイーズが訊ねると、アシュリーは笑顔で頷く。


「はい。少し前にダンと話しましたよ」

「みんな元気だった?」

「ええ。今はオルナンドから支援を受けて、食べるものも十分に行き渡っています。ご安心下さい」


 アシュリーの言葉に、ルイーズは安堵しながらもハッとしてアトラスの顔を見た。


「アトラス様がご指示を?」

「ああ。ルイーズが心配していたし、とても世話になったからな」

「そうだったのですね。ありがとうございます、アトラス様」


 アトラスの優しい気遣いに感謝してそう言うと、アトラスはフッと笑みを浮かべルイーズの頭を優しく撫でた。


「当たり前のことをしているだけだ。君を助けてくれた者たちを放ってはおけない。全部終わったら、私の方こそ感謝を伝えに行くよ」

「アトラス様……」


 ルイーズが微笑むと、アトラスは静かに頷く。

 その二人の様子を、アシュリーは目を細めて見つめていた。



◇◇◇



 次の日――。

 停戦の調印式は、カーティスとコンスタンスが結婚式を挙げた場所で行われる。貴族たちや大勢の市民がすでに集まっているなか、今にも雨が降り出しそうな曇天の空を見上げ、ルイーズは両手を胸の前で合わせた。


(どうか無事に終わりますように……)


 初日に会ってからずっと姿を見せなかったシオン王が壇上に現れると、調印式が始まった。

 中央に置かれた机にシオン王がつくと、平和条約に調印する。シオン王はどこか暗い表情でペンを走らせている。

 すぐに羽ペンを置くと、次はオルナンド王が入れ替わりで席につく。その背後にはアトラスが立った。

 オルナンド王が羽ペンを手に取るのを、全員が固唾を飲んで見守る。その時、数歩離れた場所に立っていたカーティスが、突然剣を引き抜きオルナンド王に切りかかった。


「陛下!!」


 すぐに反応したのはアトラスだった。オルナンド王の前に身体を投げ出すと、カーティスの振り下ろす剣をまともに受けてしまう。


「キール様!!」


 アトラスがドサリと床に倒れ込むのを見て、ルイーズは叫び声を上げながらその身体に縋り付く。

 騒然とするなか、カーティスは剣をオルナンド王に突き付けた。


「オルナンド王! 我が国は調印などせぬ! お前たちをおびき出すために和平を受け入れた振りをしたのだ!!」

「な、なんだと!?」

「野蛮なオルナンドなどと手を組むわけがないだろう! 王太子は死んだ! オルナンド王、お前もここで死ねば、オルナンドはシオンのものだ!!」


 カーティスは勝ち誇った顔でそう言うと、青い顔で驚きに顔を歪めているシオン王に顔を向けた。


「父上! どうですか!? 私ならやれると言ったでしょう?」

「な、なんということを……」


 シオン王は真っ青な顔でよろりとよろけると、机に手をつく。


「お姉様、お可哀想に。また夫に死なれましたわね。お姉様は聖女なんかじゃなくて、死神なんじゃなくて?」


 コンスタンスが笑いながら言ってくる。

 ルイーズはアトラスの身体を胸に抱きながら、コンスタンスを睨みつける。


「コンスタンス、これがどういうことか分かっているの?」

「ええ、もちろん。シオン王国はオルナンドなどに負けないわ。カーティス様がいらっしゃるんですもの」

「愚かな妹。あなたは何も見えていない。この国が今どんな状況なのか。何が正しくて、何が間違っているのか」


 ルイーズが冷えた声で言うと、コンスタンスは怒りに顔を歪めた。


「お姉様こそ何も分かっていないわ! 今あなたがやるべきことは、私に頭を下げて命乞いをすることでしょう!?」

「私は命乞いなどしない!」


 はっきりと拒否すると、コンスタンスは燃えるような目でルイーズを激しく睨み付け、持っていた扇を床に叩きつけた。


「私にひれ伏せば命だけは助けてあげようと思っていたのに……! もういいわ! カーティス様!」


 コンスタンスが名前を呼ぶと、カーティスはオルナンド王に向けていた剣先をルイーズに向ける。いつの間にかその背後に現れたシオンの騎士たちも剣を抜き、ルイーズを取り囲む。


「最初からアトラスと死んでいれば良かったんだ」

「カーティス様……」


 カーティスがどんよりとした暗い顔でそう言うと、大きく剣を振りかぶった。

 ルイーズが恐怖で身を竦ませたその時、視界に白い影が走った。

 バリバリと雷のような音と衝撃が走り、カーティスと騎士たちが倒れ込む。


「な、なんだ!? 魔法か!?」


 床に倒れ込んだ情けない格好で声を出すカーティスを見ながら、ルイーズは首元にふわりと巻き付いた白いふわふわと毛皮にそっと手を添えた。


「レア、あなたが助けてくれたの?」

「魔物!?」


 ルイーズがホッとしてそう言うと、コンスタンスは恐ろしいものを見るような目でルイーズを見つめた。

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