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第35話 帰郷

 兵士に守られ、国王、アトラス、ルイーズは一路シオンへ向かう。

 アトラスとルイーズは同じ馬車に乗っていたが、シオンでは見たことがないほど豪華で大きな馬車は、まったく揺れず乗り心地は最高だった。

 数日してオルナンドが落とした砦からシオンへ入った一行は、そこから王城への道を進む。街道沿いの大きな町でさえもうまったく活気はなく、オルナンドの旗を掲げた一行を見ると、食べ物を恵んでくれと痩せた市民が群がった。

 整備が不十分でガタガタの街道を進み、城下町に入ると遠くに見えだした城を見つめアトラスは眉を歪めた。


「アトラス様」


 膝の上できつく握り締められた手に、ルイーズがそっと自分の手を重ねる。

 じっと目を見つめると、アトラスは心を落ち着かせるように息を吐き、ぎこちなくだが笑みを作った。


「さすがに緊張するな」

「私も同じです」

「二人で乗り切ろう」

「はい」


 二人は微笑み合うと、ギュッと手を握り合った。

 城に到着すると、騎士たちがずらりと並び、物々しい出迎えを受けた。緊張感の漂う城内に入ると、国王の後ろに二人並んで歩く。

 アトラスは髪を黒く染めている。オルナンド王と同じ髪色だからか、並んでいると確かに親子のように見える。子供だましではあるが、これで少しは人の目をごまかせるだろう。

 大きな両扉が開かれ、謁見の大広間に入ると、ざわめいていた広間が静まり返った。玉座の前まで進むと、シオン王が玉座から立ち上がった。


「よく参られた。どうぞ、壇上へ」


 敗戦国の立場でありながら、へりくだることもなくシオン王がこちらに向けて言う。

 オルナンド王は顔色を変えることなく壇を上がる。アトラスとルイーズも同じように階段を上がり始めると、シオン王の顔が驚きに変わった。


「そ、その者は?」

「ああ。息子のキールだ。そちらの姫君を妻にしたよしみで、挨拶をと思って連れてきたのだ」

「息子?」


 シオン王の顔がみるみる青ざめていく。

 ルイーズはシオン王の顔から視線を巡らせると、背後にいたカーティスとコンスタンスに目をやった。カーティスは驚きと困惑を綯い交ぜにしたような顔でアトラスを食い入るように見つめている。そしてコンスタンスは、同じような表情でルイーズを見ていた。

 コンスタンスと目が合ったルイーズは、にこりと笑ってみせる。けれどコンスタンスはサッと視線を逸らすと、それきり目を合わせようとはしなかった。


「キール・オルナンドと申します。お目に掛かれて恐悦至極に存じます。この度は、ルイーズ姫を妻にすることができ、大変嬉しく思っております。私たちが貴国とオルナンドの架け橋になるよう努力を惜しまぬつもりです」

「そ、そうか……」

「ルイーズは余の王妃にとこちらに来たが、キールが丁度良い年齢だったので、王太子妃にすることにした。とても素晴らしい女性だったからか、キールもすぐにルイーズを気に入ってな。今ではとても仲睦まじくしている。本当に良い姫を送ってくれて感謝している」

「それは良かった……」


 最初の態度とは打って変わって、弱い声で言ったシオン王はなぜかルイーズに視線を向けた。


「ルイーズ、よくしてもらっているようだな」

「は、はい、陛下。オルナンドの方々は皆優しく、わたくしを受け入れて下さいました。キール様と結婚できて、今とても幸せです」

「そうか……。オルナンド王、今日は歓迎の宴を開く。どうかゆるりと過ごされよ」

「それはありがたい」


 これで謁見は終わりだった。大広間から廊下に出て歩いていると、別のドアから出てきたコンスタンスの姿を見つけた。


「お姉様……」


 こちらに気付いて顔を向けたコンスタンスが顔を顰めて呟く。

 ルイーズはアトラスの腕から手を放すと、コンスタンスのそばに歩み寄った。


「久しぶりね、コンスタンス」

「お姉様……」

「元気にしてた?」


 そう訊ねると、コンスタンスは表情をどうにか戻し、ぎこちない笑みを浮かべる。


「私はもちろん元気よ。お姉様も随分顔色が良いじゃない。あちらでは美味しいものをたくさん食べられたみたいね」

「ええ、本当に。あちらは山も海もあるから、美味しいものがたくさんあるの」

「王太子様と……、結婚したの?」

「ええ。ああ、改めて紹介するわ」


 後ろで待ってくれていたアトラスに顔を向けると、アトラスはすぐに歩み寄って隣に並んだ。


「キール・オルナンド王太子様よ。キール様、こちらは私の妹のコンスタンス。王太子妃なの」

「ああ、君が。ルイーズから話は聞いているよ。血は繋がっていないそうだね」

「え、ええ……。でも仲はとても良いのですよ。ね? お姉様」


 取り繕うようにコンスタンスが言ってきて、ルイーズは小さく頷く。

 そこにカーティスが現れた。


「キール殿」


 硬い表情で名前を呼んだカーティスは、コンスタンスの隣に並ぶとアトラスと対峙した。


「初めまして、カーティス殿」

「……初めまして」

「私の顔に何かついているか?」

「い、いや……。少し知り合いに似ている気がして……」

「そうか。そういえばこちらに来る途中、街道が随分荒れていたように見えたが、復旧する予定はあるのか?」

「は? あ、いや、もちろんある。戦争でごたついていたが、すぐにでも直す予定だ」


 動揺を隠すように語気を強くしたカーティスはそう答えると、ルイーズをちらりと見た。


「久しぶりだな、ルイーズ」

「はい、カーティス様。お久しぶりにございます」


 ルイーズは少し恐怖を感じながらも、どうにか笑顔で答える。カーティスは眉を寄せると、それ以上何も言ってこない。少しだけ妙な間が空くと、アトラスがルイーズの肩を抱き寄せた。


「すまないが、妃は長旅で疲れている。部屋に下がらせてもらうよ」


 アトラスはそう言うと答えを聞くこともなく歩きだす。ルイーズは少しだけ二人の表情が気になったが、振り返ることはせずアトラスと共にその場を離れた。

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